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瓶の軽さ

 依頼・試験開始から数時間が経った。

 離脱者・辞退者は十名を超えていた。



 しかし、ここで森から出てきそうな冒険者がいた。

 クエナ。

 Sランクに近いとされる現状Aランクの冒険者だ。炎と見紛うほど鮮やかな赤色の髪と瞳を持っている。

 あとすこし。彼女は来た道を把握しているから理解していた。

 だが気配を感じる。そして声も。



「た、助けてくれ……!」



 ふり絞る声だ。

 声の方へクエナが向かうと深手を負った冒険者が倒れていた。



「大丈夫?」



 クエナが声をかける。

 彼もまた名の知れた冒険者だった。



「すまない、足が動かないんだ。なんとか戻ったがダメみたいだ……!」

「しっかりしなさい。あと少しよ」



 クエナが男のケガを目視で確認する。

 胸から腹部にかけて裂傷を負っている。ドクドクと大量の血も止めどなく溢れていた。足に目立った傷はない。足が動かないのは出血多量のためだ。

 この冒険者は死ぬ。

 クエナは一瞬で判断した。



「なんでこんな無茶をしたの」



 咎めるわけでもなく、クエナはただ純粋に問う。



「ゆ、勇者になれるかもしれねぇって思うと張り切っちまって……はは」



 男が情けないと自嘲する。

 勇者。それは人族なら誰しもが思うほどの憧れの的だ。それになれるというなら命の一つや二つくらい賭けても不思議にならない。



 だが冒険者は違う。とくにAランクにまで至った高ランクの冒険者は。

 自らの境地と環境と状況を即座に判断して絶対に死なないよう、深手を負わないようにする。それが冒険者だ。

 自業自得。

 揶揄されて当然だ。それが彼のついている職業なのだから。



 だからクエナが見捨てても陰口を叩かれる筋合いはない。むしろ置いて行かずに足手まといを担いだまま帰還しようとして道連れになってしまえば愚かの一言で終わる。

 だからと言ってクエナには治癒するアイテムはいくつかあるが、死を食い止める方法は一つしかない。

 今回の依頼の『癒しの水』のみ――。

 クエナは間違いなく一番だ。だからあとはこれを渡すだけで試験合格となる。勇者への道となる。候補となるだけでも知名度は伸びる。決してバカにできない。

 往復をすることもできる。だが次は無事に生きて帰れるか分からない。



 だというのに。

 にも関わらず。



「飲みなさい」



 クエナが男の口元に水を垂らした。

 ごくっと喉を通った音がする。すると傷がたちどころに癒え、血が止まった。



「こっ……これ……は……」



 癒えた傷を見て男が安堵から意識を失ってしまう。今までの疲れもピークに達していたのだろう。緊張もほぐれてしまったのだ。

 クエナは男がしっかり息をしていると確認する。



「いいのか。クエナ」



 ふと、クエナの後ろから男の声がした。

 ジードだ。



「……命を犠牲にしてまで称号に喰いつくつもりはないわ。そこまでしたら私をバカにしてきた奴らと同じだもの」

「ああ、だよな」

「なによ、その言い草」



 クエナが見透かしたような言い方をするジードに片方の眉を下げる。

 ジードがポケットを探り、瓶を取り出した。――それは癒しの水が入ったもの。



「やるよ」

「なっ。う、受け取れるわけないでしょ!?」

「なんで? 勇者になりたいんだろ?」

「そりゃ、なりたいけど……! でもだからって……!」

「俺は勇者ってものに詳しくないんだけど、おまえみたいに人を救えるやつが報われない世界はイヤなんだよ」

「……っ!」



 あっさりと言ってのけるジードに、思わずクエナの目じりから涙がこぼれそうになった。

 震える手でジードから癒しの水を受け取る。



「……返すから。絶対に」

「ん?」

「この恩は絶対に返すわ。ありがとう」



 それはクエナの素直な言葉だった。

 ジードは「俺が恩返しのつもりだったんだが……」と発したがクエナの耳にはもう届いていなかった。

 クエナはジードの恩を胸に試験官の元に向かう。



◆◇



 試験官の元にクエナが着く。



「これで依頼完了よね」



 クエナが癒しの水が入った瓶を差し出す。

 その中にはたしかに十分な量が入っている。なんの問題もない――はずだった。



「……」



 試験官が反応しない。

 クエナの方を見向きもしない。達成した瓶を受け取るだけでいいのにも関わらずだ。

――まるでクエナが存在していないかのように。



「ちょっと。依頼完了したって……」

「……」



 寝ているわけでもない。

 しっかり目を見開いている。

 ただ、クエナを見ていないのだ。

 ようやく言葉を発したかと思えば。



「あ~あ。勇者に相応しい方はいないか。『位の高い生まれで。見合った実力を持って。素晴らしいカリスマ性を持つお方』はいないかあ」



 まるでクエナに言い聞かせるかのように、ひけらかすほどの大声だ。

 クエナがギリっと奥歯を噛みしめた。



「これが勇者協会なの!? これが勇者試験なの!? ありえない……! 勇者っていうのは誰もがなれるものなはずでしょ!?」

「ふはっ」



 クエナの言葉に試験官がほくそ笑んだ。初めて反応したのだ。

 だが、飛び出てきた言葉はろくでもないものだった。



「勇者が誰にでもなれるってのは女神さまの神託があってこそだ。俺たち勇者協会が選ぶのは位の高い者。憧れの的として存在してくれるお方だ」



 鼻をほじり、頬を釣り上げながら男が続ける。



「おまえらのことは調べてある。どっちも出自が分からないぽっと出の怪しいやつらじゃねえか。んなやつらを勇者にしろ? ちょっと力があるからって生意気なこと言うんじゃねぇよ!」



 試験官がクエナの持っていた瓶を叩いた。

 唖然としていたクエナは力が抜けていたため、あっさりと瓶が転がり落ちる。パリンっと瓶が割れる。中身の水が地面に吸われていった。



「ゴミは光に集ってろ。光になろうとするんじゃねえよ」



 壊れた瓶を踏みつけながら神官が笑う。

 ようやく、されたことに理解がいったのかクエナが悔しそうに俯く。

 そんな彼らの間に割って入る人物がいた。



「あれ、これ要らないの?」



 ジードだった。

 片手には気絶している冒険者。

 もう片方の手には癒しの水が入った瓶があった。

 捨てられ壊された瓶を見ながら、ジードが聞いた。



「はぁ。また身の程知らずが来たか」



 今度は隠そうともせず試験官が言った。



「バイリアスさん。これあなたが依頼したものですよね? 俺の目にはクエナを叩いたように見えましたけど」

「あぁ? はっはっは。わかった。金に意地汚ねぇな。達成金分は払ってやるよ。だから勇者なんかになろうとせずに失せろ」

「んー。勇者には興味ないんだけど、不当な扱いを受けるのは理解できないな」



 癒しの水で湿った土を握る。

 そしてそれを無理やり握った試験官のバイリアスの手に乗せた。



「癒しの水はこの状態でも使えるのでどうぞ。それで、一番はクエナですよね?」

「……は? おまっ、おまえ! 俺の手に泥を……!」

「いやいや。癒しの水ですから。……ん、癒しの泥ですかね?」

「きっさまぁ……!」



 バイリアスが額に血管を浮かべながら怒鳴ろうとした瞬間。

 俯いていたクエナが言った。



「もういいよ。ありがとう、ジード」



 それだけ言うとクエナが歩き出す。



「そっ、そうだそうだ! 身分を理解したら、とっとと失せ――ぶべっ!?」



 クエナに追い打ちをかけようとしたバイリアスの顔に、ジードが泥を塗り黙らせた。これ以上はもうなにも喋るなと口にはしないが行動で示していた。



――ギルドの勇者候補試験は散々なものとなった。

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