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依頼中

 懐かしい禁忌の森底についた。

 どれくらいぶりだろうか。二桁年はここに来ていなかったか。



 外に面する場所にはあまり強大な魔物の気配はない。

 だが、内々まで行くと別格な強さを持つ魔物が探知魔法にかかる。

 フェンリルの群れやら、アーグと呼ばれる真っ黒な色で形は豹に似ており、闇に系統される魔法を使う、知能の高くて獰猛な、Sランクに分類される魔物が数多く生息している。



 そんな場所を前にして、俺を睨みつけて一瞥した依頼人がいた。例の勇者協会に所属している神官とやらだ。

 すぐにパっと目を逸らして、数にして十名から二十名ほどの冒険者たちを前に『依頼内容』を説明した。



「この『禁忌の森底』に存在するとされている『癒しの湖』から『癒しの水』を確保すること。それが今回の試験だ!」



 依頼を試験と替えて言った。

 彼からしたら依頼人ではなく試験官としての立場が強いのだ。



「皆もわかっているだろうが、これが最終試験となる。ギルドからの選出のため依頼という名目になっている。だから達成すれば報酬は渡す。達成できずとも多少は配布することになっているが。だが! 真に勇者パーティーの候補として選ばれるのは一番最初に持ってきた者のみだ!」



 ごくり、と冒険者の誰かが喉を鳴らした。

 最終試験なだけあってメンツもなかなか強い。

 それでもクエナは遜色ない。

 ほとんどがAランクと見て間違いないだろう。ほかにSランクはいないようだ。クエナが依頼を一番最初に成功する確率が高くなって良かった。

 ほかのSランクを見たかったという気持ちもないわけではないが。



「それでは最終試験を始める!」



 試験官が開始の合図を口にした。

 冒険者たちが一切に走り出した。クエナも勢いよく行っている。



「おいっ! ジード!」



 走る冒険者の群れの中で一人、こちらを見ながら声をかけてきた者がいた。ウィーグだ。



「おまえは俺のライバル! 最初の試験では先を越されたが勇者になる運命を持っているのはこのウィー――ぶべっ!?」



 ウィーグが木にぶつかる。顔からダイレクトにいった。

 そりゃ前も見ずに俺のことを見てたらそうなるだろうに。幸先が不安だな。



「転移」



 一番最初に達成するつもりはない。

 だが、まぁ一番最初に癒しの水を回収しても問題ないだろう。




――懐かしい光景が目の前に広がっていた。



 太陽の光が大木の間を通り抜け、透き通った大きな湖を照らしている。

 周囲のひんやりとした岩には青々とした苔が生えていた。

 湖の中心部からは綺麗な水が溢れるように水面を隆起させている。

 絶えず生まれる水を、普段は喧噪的な魔物たちも争うことなく、ゴクゴクと喉を潤している。

 神秘的な光景、と言うのだろう。



 あらかじめ用意していた瓶を取り出して癒しの水を分けてもらった。



『あっ、あれ。ぬ、ぬ、ぬ、主様っ!?』



 と。

 テレパシー的なものが脳裏に響く。

 それは周囲にいる魔物が伝えてきたものだった。

 全員が怯えた様子でこちらを見ている。



『ぬ、主様が帰還なされた……!』

『群れに伝えろ! 喰われる前にどこへなりとて逃げろと!』

『ひぇえ……! この森の厄災が戻られた……!』



 なんだろう。この酷い言われようは。

 たしかに慣れた頃には雑食で色々な魔物を食べていたんだけど。

 もう結構な時が経った今でもこんな風に言われるのか。

 まぁどの魔物も長寿だから仕方ないのだが。

 それにしても……湖から一匹も魔物がいなくなるのはちょっとなぁ……。

 良い眺めだったのになんだか物寂しくなる。



 しかし、探知魔法を展開していて、つくづく思う。

 ここまで辿り着ける冒険者はいるのだろうか。

 ここはSランク指定の森だ。

 だが全体ではない。踏み入ってすこしのところはCランクでも死ぬことはない程度の魔物ばかり。

 それでも中に入っていくとAランク以上の魔物がうじゃうじゃと存在する。

 それをSランクにも満たない冒険者が乗り越えられるかと聞かれれば……肯定的な意見は出しづらい。



 ただクエナ辺りになると力量と経験で辿り着いてくるだろうな。

 さっそく探知魔法には脱落者も出ていた。

 まぁ成功者は出て数人といったところか。




◇◆



 ジュっと、炎剣に触れた魔物の血液が蒸発する。

 私の眼前には無数のアーグの死体が転がっていた。



 これくらいなら、まだ討伐可能だ。

 本当にやばい魔物はいくらでもいるけれど、なぜか近く一帯から逃げるように消えて行っているみたいだった。

 まぁ、もしも仮にいたとしても近づかないようにする術を身に付けているから問題ない。



「ふぅ……これでようやく終わりね」



 達成感から思わず呟いた。

 あらかじめ仕入れていた情報では、もう直に癒しの湖に着く。



 ああ……あった。

 噂に違わない綺麗な光景が広がっている。

 ただ湖と一緒に――黒い髪に黒い瞳、長身痩躯の男もいた。



 ジード。

 突然Sランクに成り上がった、元王国騎士団に所属していた化け物。

 飄々としていて、抜けているところが多くて、その割にはどこかしっかりと物事を見据えて考えている所がある……よくわからない男だ。

 今もこうして誰よりも先に湖に来ていた。



「よう。おつかれさん」



 ジードが軽快に声をかけてくる。

 ギルドマスター室で思わずぶつけてしまった私のイライラを歯牙にもかけない様子で。



「早いのね」



 瓶を取り出して水を掬う。



「ああ。転移を使ったからな」

「……――っ」



 ジードの言葉に胸が痛む。

 本来なら彼がギルドから選出された勇者候補となるべきだった。それは実力の面を見ても明らかだ。

 私がここに来るよりも先に、試験官に瓶を渡して試験に成功することもできるだろう。

 私が見てきたSランクは多くはない。

 けれど、彼の技量はギルドでもトップだろう。あの傑物と呼ばれているリフでさえも凌駕すると確信している。



『光星の聖女』ソリア・エイデンも私よりジードのほうが勇者に適任だと思うはず。

 いえ。だれが見ても彼が適任だ。



 すこし前の出来事。

 たった一人の少女のために騎士団を崩壊させていた。あの姿。

 あれはまさしく勇者と呼べるものだった。正義のために強大な組織に立ち向かえるのだから。

 ……まぁ彼自身が強大な組織を超すほどに強いという裏話つきではあるけれど。



 パシャパシャと湖の水で顔を洗う。

 それだけで身に染み、すべての疲労が取れる。さすがに瓶一本が金貨数十枚で取引されるだけはある効能だ。



「あの。ギルドマスター室でのことなんだけど……ごめんなさい」

「ん、いいよ。別に。気にしてない」



 本当に気にしていないのだろう。

 でも、私にとってはあまり後に残しておきたくないことだった。

 彼のことは……嫌いではないから。



 なんだかんだで私が勝負を挑んだ時は付き合ってくれたし、色々と抜けてて放っておけないところがあるし、逆に放っておかれるとなんだか腹が立つし。

 バカなリフは母性とか恋慕とか言うけど断じて違う。

 ただこれは………………なんだろう。うん。なにかは分からないけど放っておけないの。それだけ。

 だから、嫌いではない。



「さぁ、もう一周だ。がんばれ」



 その余裕そうな言葉にはイラっと来たけど。



「わかってるわよ!」



 ぶっきらぼうに返しておいた。

 にへら顔で笑う頬は引っぱたきたくなったけど、その分の力は温存しておくことにした。


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