結婚式
そこは市街の隅にある場所だ。
静かで落ち着いた雰囲気があり、祭りの喧騒もここまで届かない。
そんな場所にソリアから呼び出しを受けた。
「お呼び立てしてすみません。精霊は大丈夫でしたか?」
「ああ、退治できたよ。でも転移ができる新しい種類だから忙しくなりそうだ」
「それは大変です。私でもできることがあれば言ってくださいね」
「助かるよ」
ソリアがいるのは結婚式の司祭をしてくれるためだ。
しばらく滞在するとのことだが、それまでに相談できることはしておきたいな。特に彼女は経験があるから頼りになる。
そのおかげで各所から地位や名声を与えられて忙しそうにしているけど、まったく苦にもしていないそうだ。
「それはそうと、先ほどは見事な食べっぷりでした」
ソリアが手を合わせながら先ほどの健闘を讃えてくれる。
「大会見ていたのか」
「遠巻きに眺めていた程度です。ルイナ様が登場してビックリしましたよ」
ああ、そういえば仮面を付けていたもんな。
魔力も匂いも佇まいも何から何までルイナだったけど、後から聞いた話によると誰も気がついていなかったみたいだった。
「そういえば俺に話があるとか言っていたよな」
「ええ、時機について考えていたんですけど、今がいいかなと思いまして」
「時機……?」
ソリアの大きな瞳が俺を捉えて離さない。俺の一挙手一投足を見過ごさない、そんな意気が感じられた。
「アステアに関連するものは歴史の記述に残すつもりです。時代がどれだけ過ぎ去っても忘れられないために」
「……それはアステアの本当の姿ということか?」
「ええ、いくつもの文明をリセットした、あの残虐で冷酷なシステムのことです」
腕を組んで、考える。
ソリアのことだから深い考えがあるのだろう。
あまり歴史というものに触れたことはないのだが、過去から学ぶのは大事なことのはずだ。
たとえば子供の時分に毒キノコを食べて死にかけたことがある。それを忘れていたらまた死にかけていただろう。
そういったことを受け継いでいけるのなら、似たようなことをしようとしている人に警告できる。歴史とはそういう側面があるはずだ。
しかし……
「アステア教はどうするんだ?」
「ええ、そこです。アステアを神として崇めている方々は大勢います。もしもアステアの本当の姿を伝えた場合、混乱が起きるでしょう」
「信じようとしないやつも出てくるだろうな」
「暴走が始まる恐れもあります。なにより信じていたものに裏切られることは辛い。多くの悲しみや涙が溢れるはずです」
何にせよ、遺恨を残すのは明白だ。
決して楽ではないだろう。
それならばいっそ歴史の闇に葬っても……と、考えてしまう。ソリアはきっと認めないだろう。
彼女の頭には天秤があるのだ。
歴史を残すことで救える命があるかもしれない。そちらの方が危機的状況になった時に役に立つのだと。
俺なんかは「アステアほどの危機なんて来るのだろうか」なんて考えてしまうが、この世界が未だにアステア以上の存在に支配されている可能性だって0じゃない。
あるいは俺達がアステアを生み出す可能性だってある。
「ソリアはどうしたいと思っているんだ?」
「私はアステアに関連する教団の全てを廃するような活動をしようと思っています。そのためには信心を失わせる必要があります」
「そうなると……どうなるんだ?」
「おそらく代わりに信じられるものが台頭してくるでしょう。歴史や実績で多少劣りますが、アステア以外の神を祀っている教団がありますから、そちらに流れるかもしれません」
「なるほどな。別の信じられるものを作って代えようってことか」
「元とはいえ、信者にしては私もドライな考え方ですね」
ソリアが自嘲気味に笑む。
端的に『信じるものを変える』なんて言っているが、これは世代を超えるレベルの時間を要するだろう。
それだけ困難で、積み重ねていかなければいけないことだ。
「いいや、それだけ人を想っている証だよ。ドライじゃない」
「……ありがとうございます。そう言っていただけたのだから、歴史の本当の姿を公表できる日を本気で目指します」
きっと手段を選ばなければ明日にでも行える。
しかし、ソリアは絶対にそれをしない。
もしかすると俺もソリアも老衰の方が先かもしれない。
「俺もやれることはやるよ。なんでも言ってくれ」
「いえ、極力は人の手を借りずに少数で行います。バレては元も子もないですから」
「いいのか?」
「はい。ジードさんには特に」
「俺?」
尋ね返すと、ソリアの顔は俯いて陰った。
「私はアステアの名の下に人々に支えてもらっています。もしも教団から心が離れていくと、きっと私はいらない子になります。世間から疎まれる存在になるでしょう」
どうやって人から不信を買うか。
真・アステア教のシンボルたるソリア自身の不祥事を公表することも考えているのだろう。実際にするわけではないだろうが、噂レベルでも効果的なはずだ。
ソリアは俯けていた顔を上げて、こちらを見た。
目尻には涙が溢れている。
「――そうなったら、ジードさんは私を受け入れてくれますか?」
ソリアが世間から疎まれる?
実際のところ、ソリアの活動はアステアと深いところで結びついているとは思えない。いくら不祥事の話が出ても、過去の献身だけで支えてくれる人は多くいるだろう。
でも、違うな。
(……ソリアの欲しい言葉はコレじゃない)
俺だってバカじゃない。……いや、バカじゃない……かもしれない。断言ができるほど賢くはない。
しかし、こんな大事な話だ。
リフやルイナのいない場所でこんな大事な相談をしてきた理由はわかっている。
今まで寄り掛かっていた場所を失う。
それは心に大きな不安を呼びよせるだろう。
そして、彼女の気持ちにも気づいている。
俺に相談してきた理由は好意からだ。
「結婚しよう」
「あっ……ぅ」
喉が詰まったような声が返ってくる。
「……すまん。いきなりすぎた」
こめかみに指を当てる。
これでもしもソリアの好意が俺の勘違いだったらどうするつもりだったんだ、俺。
よく考えろ。そもそも段階を踏む必要があるじゃないか。
だから俺はバカだっていうんだ……!
なんて悩ませていると、ソリアは両手を前に出して振った。
「い、いえ、違うんです! わ、私がお願いすることかと思っていたからで…………はぅっ……い、今のは喋り過ぎました!」
あたふたと慌てている。
身体を小さく丸めて、目をぱちくりと閉じたり開けたりして、口ごもりながら髪を乱している。
なんて可愛いのだろう。
ピタリとソリアが止まる。
それから恍惚と頬を赤らめた顔を覗かせる。
「私いけない子ですね。明日、他の人のものになる殿方に言い寄っているのですから」
いつだったか、ソリアは自分は計算をして人に力を借りていると言っていた。
慌てていた姿も演技なのだろうか。
裏では逞しい考えをしているのだろうか。
――もはやそれでもいい。
それだけの魅力がソリアにはあった。
「ちなみに返事を聞いていないんだけど……?」
「もちろんっ、もちろんイエスです!」
ソリアが胸に手を当てる。
ああ、よかった。
同時にクエナが脳裏に浮かぶ。
『あんた私にどう説明すんの?』
たしかにそうだ。
また怒られてしまう……。
◆
その結婚式は華やかだった。
今までにはないほど多様な種族が参列している。
天気も麗らかで、人々の顔には笑顔が溢れていた。
ジードを傍らに置いたクエナが花束を投げる。
それはブーケトスだった。
ネリムは全力で逃げる。
花束は運命のようにシーラに落ち着いた。
「わー! やった!」
シーラが跳ねながら花束を抱きかかえる。
その姿を見ながら花嫁姿のクエナが「まぁ、順当ね」と呟いていた。
「……」
「くく、そう仲間になりたそうに見るな。おまえの居場所も確保してある」
ユイの無言で見つめる眼の意図をルイナが汲み取って頭を撫でる。
「ついに結婚ですか。私はルイナさんよりもクエナさんが先に結ばれると思っていましたけど」
「こうなれば、わらわ達あどけない女子組も張り切らねばなるまいて!」
スフィは純粋無垢に感想を漏らして、リフは顎に手を当てて目を輝かせていた。
スフィが首を傾げる。
「張り切るとは?」
「わらわはジードに寿命を伸ばしてもらったのじゃよ。世界を崩壊させる化け物と天秤にかけてなぁ。この老婆もさすがに胸がときめいてしまったわい」
「は、はあ……」
「随分とやる気がないのぅ」
スフィのノリの悪さにリフが肩を落とす。
仲間であると感じていただけに、やや残念そうである。
「いえ、よくわかりませんが、私もがんばります!」
「まぁ、おいおいのぅ」
リフが孫を見るような眼差しでスフィを眺めていた。
「むー、私じゃないのですか」
ソリアがブーケを見ながら頬を膨らませる。
他者の幸せを自分事のように喜べる彼女にしては珍しいことだった。
フィルがすかさずフォローに回る。
「ご、ご安心ください。ソリア様ならすぐでしょう」
「ええ、そこは心配していません。ちょっと羨ましいだけです」
「ソ、ソリア様のいらっしゃるところに私がいますから、わ、私も仕方なく、そう、仕方なく、ジードの傍に……」
フィルの目がチラチラとジードに向かう。
しかし、彼女の言葉に返したのはルイナだった。
「安心しろ、剣聖。おまえ用の犬小屋くらいは用意してやる」
「なっ……! ソリア様からもなんとか言ってください~!!!」
賑やかに、穏やかに、日々は過ぎていく。




