相談
夜の寝室。
ふかふかのベッドに俺とルイナは寝そべっている。
復旧活動や残った精霊の鎮圧に勤しむ日々が多く、休みは中々訪れない。
俺としては1日に数時間程度の休みがあれば残りのすべてを労働にあてられるのだが、休日の長閑な空気が何よりも大事だと感じられるようになっていた。
今はその数時間程度の休みの最中だ。
緊急で呼び出されることもあるので、近くの椅子には衣服が用意されている。
「なぁ、ジード」
「どうした?」
赤く鮮やかな髪が俺の胸板に垂れる。
ルイナが俺を枕にして眠るような体勢になっていた。横向けになっているから、視線は俺の方にある。大きなベッドの贅沢な使い方だ。
「いや、おまえが落ち着く日はあるのかなと思ってな。どこか遠くに行ってしまいそうで、確かめるように呼んでみたんだ」
「俺はずっと傍にいるよ。精霊との戦いが終われば、戦闘もそこまでしなくなるんじゃないかな」
「命がけの戦いもそうだが、私が言っているのは女性関係のことだよ。ネリムとか、エルフとか」
「うっ……あれは未来の俺が言ったことで、この世界までそうなるかと聞かれれば、別に確実ではないんじゃないか?」
自分で口にして思う。随分と苦し紛れの言い訳だ。
未来の俺が「ネリムと結婚したことは変わらない」と言ってくれたおかげで、最近はクエナ達からも冷たい目線を向けられている気がする。
「そうか? ネリムも満更ではなさそうだがな」
「冗談だよな。俺と結婚するか俺を殺すかの二択なら、まず間違いなく殺されるけど」
「おまえは殺せないのだから、結婚するしかないじゃないか」
あはは、とルイナが快郎に笑う。
この会話がネリムに聞かれていたら冷や汗ものだ。俺はたまに彼女から尋常じゃない殺気を感じとるまでになっているのに。
ルイナの手が俺の眼下に寄せられる。手には箱があった。
「――ほら、これ」
箱を受け取る。
華やかな刺繍が施されており、一目で特別なものだと分かる。
ずっと持っていたのだろうか。
ルイナの温度が箱に残って離れない。
「開けていいのか?」
「ああ」
重厚な上蓋を開ける。
寝室は睡眠のために淡い光源しかないが、箱の中は眩いばかりに輝いている。入っていたのは指輪だった。
指輪の上部には三つのダイヤモンドが付けられていて、相当高価なことが伺える。
「これって……」
「それでプロポーズをしろ」
「え、ネリムに?」
「違う。クエナだ」
会話の流れ的にネリムかと思った。
未来の話でネリムにキレられているのに、プロポーズなんてしたらおちょくっていると思われてヒドい目に遭うのは必至だ。
って、え。
「クエナに? これを?」
「そうだ。しかし、面白そうだからネリムでも構わない」
「勘弁してくれ……」
ルイナのからかい癖も困ったものだ。
唐突に真面目な顔になる。
「……クエナのこと、好きか?」
「ああ、好きだよ。大事な時に一緒にいてくれた人だ」
聞かれて、すぐに答えられた。
それが俺の本心だからだろう。
「愛しているか?」
「ああ、愛しているよ。どんな時でも一緒にいてもらいたい人だ」
答えながら、ふと思った。
なんだかルイナにしては珍しく、俺に探りを入れるような聞き方だ。
きっと、彼女なりにクエナを気遣っているのかもしれない。
結婚をする際に相手の両親にお伺いを立てると聞いたことがある。ルイナは親代わりで俺の真意を見出そうとしたのだと予想する。
クエナが知れば「余計なお節介」なんて言うだろう。
聞き終えて満足したのか、ルイナは頬を軽く膨らませた。
「まったく。妬けるぞ」
「ルイナのことも好きだし、愛しているよ」
ルイナの目がきらりと潤んだ。ような気がした。
小さく口角が緩んでいる。ような気がした。
それでも手を叩いたり跳ねたりするような元気な表現はしない。
「お世辞でも嬉しいよ。でも、私のことはあまり好いていないだろう」
「どうして?」
「私との結婚は無理やりだったからな。納得のいかない部分があるんじゃないか?」
その不安そうな言葉を淀みなく口にできるのはルイナくらいなものだろう。ルイナの手や足は震えることはないが、少しだけ体温が冷たくなったような気がした。
「そんなことはない。ルイナの男らしいところが好きだよ」
「それは褒めているのか?」
「でも本当はちょっと女々しいところも好きだよ」
「褒めてないだろ?」
ルイナが抗議するような目つきでこちらを睨む。
「好きなジュースを飲んでいる時、髪をいじるのが好きだ。たまに鏡を見てドヤってするのが好きだ」
「お、おい?」
無心に好きなところを挙げていると、ルイナはエサを与えられすぎたネコのように当惑を始めた。
それでも俺は止めない。
「不安を隠している時に結婚指輪を見ているところが好きだ。シーラに毎回『美味しいよ』って伝えている優しいところが好きだ」
「も……もう許してくれ……」
ルイナが一瞬だけ顔を紅潮させたように見えた。それ以上はルイナが俺の胸元に顔を埋めてしまって確認できなかった。
「ルイナにはいっぱい助けられた。でも、きっとルイナが弱くても俺は好きになっていた。愛していた。そんな気がするよ」
「……弱かったら、おまえに会えてはいなかったよ」
ぎゅっと俺の衣服が握られる。
ルイナの吸う息が伝わる。
「――でも、ありがとう。ジード」
「ああ」
◆
「暑いのー。数が多いのー」
リフが愚痴を吐く。声は上の方から聞こえてくる。魔力供給の便と、暑くて歩きたくないそうなので、俺がリフを肩車している。
リフは棒アイスを頬張っており、服をパタパタとさせて風を作っていた。
眼前には精霊の死体が転がっている。
アステアは壊れたので、精霊の回収が行われなくなった。
だからこうして暴走するだけになった生物を殺して回らなければいけない。人に危険が及び、制御することもできないからだ。
「精霊が無限に生成されていることはないと思うけど、俺もちょっと多いと思う」
「戦闘力がない者は未だに外壁から出ることが敵わんからのう。貿易商も大変じゃろう」
そう言うリフの表情はちっとも労いや同情の気持ちがない。
精霊は強力な個体が多いためギルドへの依頼が殺到している状態で、彼女からしてみればウハウハなのだろう。
難易度的にBランク以上が大半だが、精霊は行動パターンがわかりやすいため、多人数による条件緩和があり、依頼の受理はそれほど難しくない。
護衛依頼となれば難易度がさらに下回る。
とはいえ、依頼の回転率が高まるということはギルド側も手数料を下げられるというわけで、結果的にはウィンウィンになっているようだけど。
「まあ今日はこれで終わりだし、帰ろうか」
「うむ。ギルドに戻ってくれ。事務仕事が残っておるからのう」
「転移しておく?」
「いや、魔力は温存しておくのじゃ。わらわのためにの!」
「わかったよ」
リフを担いだまま森の中を歩く。
小さな手が頭に巻き付いていて、なんだか不思議な感覚だ。イヤではない。むしろ暖かくて気持ちがいい。こんなに暑いのに不思議だ。
子供を持つとこんな感じなのだろうか。
なんて、リフは俺よりも一回りも二回りも歳を重ねているそうなので、口には出せない。ふと、そんな長老リフに相談したいことを思い出した。
「なぁ、リフ」
「なんじゃよ?」
「実はクエナに結婚を申し込もうと思っているんだけど」
リフが身体を前に曲げて俺と無理やり目を合わせる。
なかなかにホラーだ。
「ほほう、ついにか!」
「う、うん」
リフは興味深そうに目を燦然と光らせている。黄金色の瞳だから、そんな風に見えてしまうのだろうか。
「それで、どうプロポーズするのじゃ?」
「実はそれなんだけど、どうしたらいいかな。やっぱりロマンチックな方が女性はときめいたりするよね?」
「まぁ雰囲気は大事じゃろうなあ」
「サプライズはどう?」
俺の頭から小さな手が離れる。
リフの癖から推察するに、きっと腕でも組んでいるのだろう。
「ううむ。ロマンもサプライズもクエナは好まなそうじゃ。その手でドキドキするような女子ではないのではないか? シーラは好みそうじゃけどな」
「それは俺も思った」
どうやら考えることは同じみたいで安心した。
しかし、そうなると余計に悩みの種だ。
「クエナのことばかりを考えているが、お主はどうなんじゃ?」
「俺?」
「うむ。やはりお主の気持ちも大切じゃろうて」
リフの手が俺の頭を叩く。
それはポンポンと子供を撫でるような手つきだ。
「俺の気持ちか……特別な関係になりたいけど、変に変わってしまうのもイヤなんだよな」
「ふむ。普段は素っ気ない態度でも、いざという時にあやしい雰囲気になるのが好みというわけじゃな」
「汲み取り方がピンポイントすぎないか?」
「かっかっか。普段通りで良いということじゃ」
「なるほどな、ありがとう。なんだか自分の気持ちがわかった気がしたよ」
こうして人に相談すると改めて色々なことを再確認できる。
それからリフが頭の上で棒アイスを振りながら、
「ちなみにわらわは沢山の美食に囲まれながらプロポーズされたいのじゃ」
「あはは、そうなんだ」
「そうなんだて」
どこかリフらしいイメージで、頬が和らいだ。




