集合
聞いた話によると、キング級が討伐されてから二週間が経ったそうだ。
討伐したのはクエナとシーラらしい。
もはや英雄扱いだそうで、俺もなんだか鼻が高い。
だけど、大陸は未だに剣呑とした雰囲気が流れている。
犠牲者を弔う時間こそ与えられているが、予断を許さない状況だ。
それも、いまだに暴れている精霊の残党が尋常でない被害を出しているからだ。
そんな折、俺達はソリアとネリムと合流した。
「急に呼び出して悪かったの~」
リフが二人を歓迎する。
場所はギルド支部の隅っこの部屋だ。
角部屋のため人通りは少なく、リフの魔法によって部屋はコーティングされている。
「お久しぶりです。ジードさん、リフさん」
「ああ、久しぶりだ。元気そうでなによりだよ」
ソリアが清廉な澄んだ笑顔で挨拶をする。
隣にいるネリムはぶっきらぼうな顔つきで、すごく対照的に見えた。
「で、要件はなによ?」
「ソリアは丁寧に挨拶をしているというのに、お主はどうしてそうも愛想がない上にせっかちなのじゃ」
「仕事は早いほうがいいでしょ」
「たしかに」
ネリムの言葉に感心する。
仕事は早い方がいい。
だが、ネリムの態度は俺の信条とは違う気がした。
彼女が求めているのは仕事の速度ではなく、仕事そのものだ。
リフもそのことに勘づいている。
「ふむぅ。まあ大方察しは付いておるのではないか?」
「ついに根本を除去するってことでしょ」
ネリムはぼかした言い方をしているが、全員が同じことを思い浮かべたことだろう。リフが頷く。
「うむ。今更になって互いに理解を得ることは不可能じゃろう。よって、アステアを討伐する」
「メンバーは私とジードさん、ネリムさんでよろしいのですか?」
「それに加えて、わらわも戦う。勇者ジードに聖女のソリア、剣聖のネリム、賢者のわらわ。くく……。面白いのう。奇しくも勇者パーティーのような陣容になったが、少数精鋭で良いじゃろう。場合によっては偵察だけで終わることになるからの」
本当なら諜報を出したいとリフは言っていた。
精霊界がどのような場所で、アステアがどのような姿で、どのような危険があるか。それらを把握せずに進むのは危険なのだと。
だが、今回は奇襲だ。
隙あらばアステアにトドメをさせる人材でなくてはならない。そうして選ばれたのがこの四人というわけだ。
「ちなみに察したクエナはブチ切れてたわよ。『どうして私じゃないの!』って」
「ふ、再びの侵攻に備えて戦力は温存する必要があるのじゃ……逆召喚でどれくらいの時間飛ばされるかもわからんし……」
リフがクエナに絞られる想像でもしているのか、汗を滝のように流している。
「それは私じゃなくてクエナに言うべきね」
正論だな。
くすくすとソリアが面白そうに笑う。
和やかな雰囲気だ。
だが、一連の会話は『俺達が死んだら』というニュアンスも含まれている。
リフは既にエイゲルにも依頼している。次世代の天才に魔法技術の全てを託している。精霊を殺す方法を根本から見直させている。生物の根幹を揺るがすほどのものだ。
それに本当に最強の面々を集めるのなら、おそらくフューリーやオイトマも呼び出しておくべきだっただろう。そうしなかったのは、彼らが残すべき貴重な戦力だからだ。
こちらが失敗しても、まだ第二第三の矢はある。
「ともかく、わらわ達の戦闘スキルは大陸屈指じゃろう。このメンバーだけで連携を取ったことはないが、柔軟に対応できると信じておる」
「私とリフはジードの補助的な役割の方が強そうね。辛うじてソリアの治癒魔法だけ特別って感じかしら」
「くっく、否定はせん。本来ならジードは別の段階で送り込みたかったくらいじゃからの」
そんな話をされたら断っていた。
死地に行くなら俺が先だ。
きっと、リフはそんな心境を汲み取ってくれたのだろう。
「それで……いつ行くのですか?」
「明日にでもどうじゃ?」
リフが軽いノリでウィンクする。
散歩とかカフェに誘うような、ナンパみたいなノリだ。
「わかったわ」
「ええ、問題ありません」
「ま、まじかの? 結構冗談のつもりじゃったが、大丈夫か? 必要なら時間を取って連携を鍛えてもよいが……」
「今の今まで精霊と殺し合ってたのよ。身体は暖まってる」
「私も問題ありません」
意外な答えだったのか、リフが困窮しているようだった。
助け船ではないが、俺からも二人に覚悟を問いかけることにした。
「アステアの罠で精霊界に永久に閉じ込められるかもしれない。それでも明日出発で構わないか?」
俺だって覚悟は決めている。
それでもクエナ達の顔が脳裏を過る。
二人はどうか。
陰りはなかった。
「くどい。私はアステアを殺すために生きているようなものだから」
「フィルにはお別れをしてきましたから、問題ありません」
愚問だったか。
憂いも迷いもない二人を見て、なんだか俺の覚悟も改めて定まったような気がする。
ふと、ソリアがじっと俺の目を見た。
「それに永久に近い時をふたりだけなんて……なんだかロマンチックじゃないですか」
「俺はふたりだけとは言ってないぞ……?」
「やめて。流したのに。ジードと永久の時とか無理だから、マジで」
胸が痛い。
アステアと戦う前に挫けてしまいそうだ。
「よし、では明日に備えて、今日はコンディションを整えておくのじゃ。幸いにして妖精姫の家を間借りしておるから、ゆっくりできるぞ」
リフがサムズアップで応える。
城や屋敷って程じゃないけど、シルレたちの家は大きいからな。
ここしばらく俺もくつろいでいる。
きっと、ソリア達にも合うだろう。
◆
シルレの家に戻る。
ソリアやネリム、リフも一緒だ。
明日の出立に備えて全員いる。
「おかえりなさーい!」
「ああ、ただいま」
ラナが玄関まで出迎えに来てくれた。
俺達を見て、口元に手を当てながら叫び出す。
「ぬぁぁぁあ! ジードさんが浮気してるー!!」
う、浮気。
物騒な言葉に身を強張らせる。
真っ先に反応したのはネリムだった。
「はぁ!? 浮気ってなによ!」
ネリムのご立腹は凄まじく、小さな姿をしているラナに迫る勢いだ。
傍から見れば大人げない光景だが、ラナの年齢から考えて……あれ、待てよ? そういえばネリムの年齢の方が高い……か?
ならば、やはり大人げない光景なのかもしれない。
ラナが言葉を強める。
「うわ! もしかして浮気じゃないって思ってるタイプの人!? 自分が一番の本気だからって自信持ってるタイプ!?」
「ちっ、ちがっ……! そもそもそれが誤解で!」
ネリムが完全に手玉に取られている。
さらに追い打ちをかけるように、ソリアがラナの側に立って頷いた。
「浮気ではありますね」
そうなの!?
ラナがソリアを両手で示しながら言う。
「ほらああ!」
ラナは完全に言質を得られたことで敵なしの様子だ。
ネリムが地団駄を踏む。
「私を巻き込むなー!!」
さすがに怒り心頭なようで、頑丈な作りの家が軽く揺れている。
このままだと本気でヤバい。
とりあえず誤解をなんとかしなくてはいけないか……。
「ラナ、違うよ。彼女達は俺と一緒に戦う人達だ」
「えー、そーなんだー、はじめてしったー(棒」
今までが演技だったことを隠そうともしない。
ラナなりにネリム達と打ち解けようとしたのだろうか。
そのネリムの額には血管が浮かんでいるけど。
「みなさん、お集まりですね」
奥から顔を覗かせて、シルレが言う。
この騒動だ。シルレには何事かと思わせてしまったことだろう。
「すまんのー、いきなり騒いでしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりも、いよいよ行くのですね?」
「ああ」
シルレの問いかけに、首を縦に振った。
不意に腹部の辺りが掴まれる。
ラナが泣きそうな目でこちらを見ていた。
「うー、ジードさん……心配だよー……」
「大丈夫だよ。必ず帰って来る」
自分にも言い聞かせる。大丈夫。帰ってくる。
わずかながら不安があったのかもしれない。
でも、俺以上に心配してくれている様子の少女を見て、なんだか責任感のようなものが不安に勝った気がした。
「本当だよ? 本当に帰って来てね?」
ラナの小さな手が俺の腰に回る。
愛らしい眼に心が吸い込まれそうだ。
最近になってようやく気がついた。
俺ってもしかしてチョロいのだろうか。
「ちょっと、浮気はどっちよ」
ネリムの冷たい視線が刺さる。
「うわ! 不倫相手に睨まれてますー!」
「だから違うっての! 私の知り合いが惚れ込んでいるだけで! 私はそのおもり的な感じなの!」
「下手な言い訳しないでよー!」
「なにをっ……!」
おかしい。
明日が本番のはずだ。
下手をしたら大陸が滅んでしまうかもしれないのに。
(でも、逆に考えてみよう)
ラナがいなければ張り詰めた緊張感で穏やかに過ごせなかったかもしれない。
明日がどれほど重大でも、みんなといる今は笑っていたい。悔いのない今日があるから明日に挑戦できる。そんな気がする。
「修羅場じゃの~」
不思議と暢気な声が耳に届く。
ああ、ここにクエナ達もいれば良かったのに、なんて思うのは贅沢だろうか。
いいや、贅沢なんかじゃない。
それが俺の望むことなら、いずれ叶えてみせよう。




