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ブラックな騎士団の奴隷がホワイトな冒険者ギルドに引き抜かれてSランクになりました  作者: 寺王
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精霊との戦争

 敵の司令塔は便宜上『キング級』と命名された。精霊には固有の名称があるが、キング級は歴史的に見ても確認されたことすらない。そのため、大将首の意味も込めてそう名付けられた。

 そのキング級が発見されたのはエーデルフィア森林地帯だ。一部では人族の開拓も進んでいるが、多種多様な生態系を培いながら自然の姿を維持していた。


 しかし、現在では精霊に蹂躙されて魔物の姿形はどこにもない。

 もはや精霊の独壇場だった。


 そんな場所に三十万を超す混合軍が群れをなしている。既に先端同士が戦い合い、昼間だというのに煙霧によって薄暗い。

 統一された指揮系統はあるが、基本的な作戦以外、現場での判断は各部隊に一任されている。

 それはどのような戦場になるか想像がつかないという点もあるが、三十万という大軍勢に加えて急造の混合軍だったからだ。


 たった一体の精霊を倒すためだけに種族や国境を越えて猛者たちが集った。

 彼らは腕に自信がある者も多いが、勇気を振り絞って参加した者もいる。しかし、彼らを信じて護国のために残っている者もいる。


 それゆえに全種族を集めるだけ集めても三十万しかいない。

 しかし、それでも立派だろう。突然の襲撃でここまで集まれたのは強い結びつきがあったからだ。


「すごい数ね」


 クエナが言う。

 実際、数だけでいえば錚々たるものだった。

 三十万の軍勢で巨大な森林を囲い込んでいるから、まるで地平線まで戦場が続くような錯覚すら生まれる。

 隣にいるシーラが口を開く。


「ネリムもあっちで戦ってるねっ」


 遠方でネリムが精霊を薙ぎ払っている姿が確認できた。

 クエナ、シーラ、ネリム……そのほか、突出した一個人は独立した戦力として動くことを許可されている。

 ギルドでは他にSランクのトイポ、レーノーも独立戦力として参戦している。

 しかし、ソリアやウィーグのような国家の一大人物は防衛に当たっているため参戦していない。


「もう森が壊れそうな勢いね」


 トイポの大規模な魔法によって地面が絨毯のようにめくれている。

 巨大な波のような地面は溶岩となって精霊たちを襲っていた。

 だが、その大地も精霊の魔法によって打ち消され、時間を巻き戻したように元の場所に戻っている。


「見たことのない魔法の応酬だねー!」


 戦場は荒れに荒れている。

 その中でひときわ目立ったのは黒色の精霊だった。


『フゴォォォオオオッ!』


 フィガナモス。

 それはジードとルイナの結婚式に現れた怪物だ。

 百を超す縦列を手の一振りで散らす。

 生物としての次元が違う。

 だが、何にでも例外というものが存在する。


「うおおおおおおッッらああああッッ!!」


 突然発せられた怒号と共にフィガナモスの巨体が森林を縦断する。残った跡で、フィガナモスは殴り飛ばされているのだとわかる。


「あれ獣人族の王様じゃない!?」

「そうね。オイトマよ」


 この戦場でも特に注目度の高い人物だった。

 獣人族の領地も精霊の侵攻によって戦場になっている。しかし、それでも精霊を潰しに来た、獣人族の王。

 圧倒的な破壊力と存在感で戦況は一気に傾く。

 かと、思われた

 精霊の大群であっても、フィガナモスほどの強さを持つ個体はいない。それゆえ、一方面に一体程度の数しか確認されていなかった。


『グゥゥゥ!!』

『ヌゴゥッ!』


 だが、ここに来て二体のフィガナモスが増援に来る。

 オイトマは一撃も強く、速度もある。

 だが、フィガナモス二体の手は死角を許さず、一撃でも芯に喰らえば相当なダメージは必須。

 オイトマも防戦一方になる。

 周囲もフィガナモスとオイトマの戦いに手を出せない。

 それだけ力量差がありすぎる。


「ねぇ、クエナ」


 シーラがレイピアを握る。

 増援に向かおうと言うのだ。


「待ちなさい。見て」


 クエナは冷静に状況を判断していた。

 フィガナモスはオイトマ以外に反応を見せていなかった。槍が投げられようとも、岩が降り注ごうとも。自らの身体が頑強であることを知っているからだ。人間なら致死の一撃でも、フィガナモスにとっては埃が被る程度のものだと知っている。

 だが、


「あははっ! 苦戦してるねぇ、オイトマくん!」


 その高い声にはフィガナモスが振り返って反応した。

 戦場に現れたのはもうひとりの王だ。彼は決してそれを認めようとしないが、魔族において、フューリー以上の適格者はいない。


「遅い!」


 オイトマが叱る。後から来て戦闘中の者をあざ笑うような態度に怒るのはもっともだった。

 だが、フューリーにも言い分はあった。なにより、来たからには仕事はしっかりこなす。


「悪いって、こっちも精霊の侵攻があってさ。『円転一脱(リーレリア)』」


 フューリーから発せられた魔法陣は刹那の間に伝播する。地形全体や人間が一瞬だけ覆る。まるで全てが逆転するような景色となる。だが、それらは全て元通りになる。一部を除いて。


『ギァッ!?』


 フィガナモスだけが宙に取り残されていた。

 頭は地面を向いていて、手は空を見上げている。

 変化した状況に当惑しているのが見て取れる。


「ほら、オイトマくん!」

「指示をするなっ!」


 フューリーのアシストで、オイトマへの攻勢に隙が生まれる。それを見逃すはずもなく、フィガナモス二体は、やはりオイトマの一撃を喰らい、森を縦断する結果となった。

 二人の王の襲来によって、精霊群の縦隊に穴が空く。そこを縫うようにして討伐軍が入り込み、穴をこじ開けていった。

 戦況は依然として混合軍が有利に変わりなかった。


「じゃ、行こっか」

「うん!」


 自分たちがいなくとも戦場は安心だ。

 それだけわかると、クエナとシーラは全力で駆け出す。

 狙うはキング級の首だけ。



――彼女達の速度は誰の目にも止まらぬほどだった。



 オイトマとフューリーが肩を並べる。

 魔族の王と獣人族の王が肩を並べる。

 歴史的に見ても、それは決して類を見ないことだった。


「不思議な感覚だな」

「まったくだよ。ここまで多くの種族が手を取り合うなんてさ。ここにジードくんもいれば面白かったのに! ま、でもこの光景だけでも魔族領に置いてきた仲間に見せてあげたいな」

「そうだな。しかし、置いてきたメンバーだから安心して領地を託せるのだ」


 オイトマの脳裏にあるのは成長したロニィやツヴィスだ。フューリーも信頼している仲間の姿を思い浮かべていた。

 だが、悠長な余韻に浸る時間はない。ここは戦場だ。しかも、なにが起こるか不明の人知を超えた戦いなのだ。


『ルゥゥゥオオオッ!』


 傍から見れば甲冑を着た騎士のような精霊だ。それが青色、黄色、赤色、緑色、茶色、白色などの様々な色合いの数だけ存在する。

 それらが剣や斧などの武器を片手にオイトマ達に襲い掛かる。しかし、彼らに触れることすらなかった。

 強固な鱗に守られた魔物――有色種の竜が参戦する。


「ぬおおーい! ジードはいないのかー!?」


 大きな声で叫ぶのはロロアだった。

 戦場はさらに強大な戦力が参加し、進んでいく。



 エーデルフィア森林地帯は二次的自然の環境としても期待されるほどに豊かな土地で、元気な草木が生い茂る場所だ。

 しかしながら、そんな場所でひときわ不自然な場所がある。

 中央地帯に切り抜かれた円形の荒野が広がっている。

 天候不順によって発生した雷雨が焦がしたものでも、川から取り残された沼地というわけでもない。

 エーデルフィア森林地帯を拠点にしている精霊のために作られた場所だ。


『……』


 キング級。

 それはフィガナモスに似ていた。

 あるいは精霊の究極体がこの形なのかもしれない。


 違いがある点として真っ先に挙げられるのは色だった。

 直感的に汚すことが許されないと感じてしまうくらいに美しい純白だ。

 次に、まるで天使を思わせるような翼が生えている。

 しかし、その翼はよく見ると複数の手が絡み合ってできた歪なものだ。


「あれがそうね」


 キング級の下に辿り着いたのはクエナとシーラの二人だけだった。

 シーラは後ろを振り返りながら口を開いた。


「どうする? 他の人が来るの待つ?」


 キング級の力が不明である以上、その警戒は真っ当なものだった。


「いえ、もう始めるしかないでしょうね」


 二人が眼前にいる精霊をキング級だと理解した要因は複数ある。その中でも主なものは二つだ。

 ひとつは事前に情報を入手していたからだ。その姿形は正しく本物で、見た目だけなら疑う余地はない。

 そして、もうひとつはクエナが戦闘を早めるよう判断した理由でもある。

 精霊の供給。


『……』


 キング級の手がうねうねと蠢動している。時に手で円形を作ったり、地面に魔法陣を展開したり。

 一連の動作に何かしらの意味があることは明白だった。


『キュゲェェェェァアア!!』


 仰々しい牙を生やした、体躯二メートルはあるカラスのような精霊がどこからともなく現れる。

 それが翼を広げただけで鋭利な羽が飛び散る。草は切断され、木々にはピンと伸びた羽が刺さっている。


灼熱烈火(しゃくねつれっか)ッ!」


 クエナが剣を象る炎を軸にして、杖のような要領で魔法を放つ。贅沢な魔力の使い方だが、その出力と制御は超一級品だった。

 連続する轟音が響き渡る。

 クエナから放たれた炎は雪崩のような勢いでキング級に襲い掛かる。


『……ク』


キング級が地面を手で叩く。

 空間全体が波打つようにどよめいた。

 クエナが展開した魔法が打ち消される。


「便利ね。でも消すのにも限度がある」


 魔法が消えたのは――先の方のみだった。

 クエナはジードとの特訓を思い出していた。

 何度も何度も魔力や魔法が打ち消された記憶だ。

 それと比べればキング級の相殺など微塵の脅威もない。


『ッ!』


 キング級が波打つような炎から逃れるため、空中に飛ぶ。

 だが、上空から見えたのは閃光だった。

 クエナの隣から、白い電撃の残像が伸びている。

 向かった先はキング級のさらに上だ。


白撃(はくげき)――黒雷(くろいかづち)!」


 シーラがイメージのための詠唱を行う。

 構えたレイピアには黒い雷がまとっていた。

 まばたきする暇もなく、キング級に衝撃が打つ。

 クエナの魔法に飲み込まれながら地面にクレーターを作る一撃。


『ピッ……キィッッ!!!』


 甲高い悲鳴が耳を劈く。思わずクエナが顔を顰めるほどだった。

 キング級の白い肌は裂傷から黒い液体が流れていて、熱傷から腕の大半は動かない様子だ。

 それでも諦めることなく、腕を動かしてクエナに襲い掛かる。地面を這う一本だけで地表が抉れる。


「あの黒い精霊より強いわね。でも、私たちも強くなってんのよ。炎神一刀えんじんいっとう


 クエナが天高く手を伸ばす。

 呼応するように、巨大な炎の柱が空から降ってくる。

 それがクエナの手に届くころには刀を模した姿になっていた。


『ぃいっ!』


 薄暗い一帯を照らす灯りが振り下ろされる。


「――さようなら」


 くり貫かれた中央一帯の円形に、縦一筋の延焼が出来上がる。

 キング級が消滅した。

 その瞬間、精霊たちの行動に一貫性がなく、ただ目の前を破壊するだけの理性のない怪物となった。


「終わったみたいだね?」

「ええ。あとは残った精霊の処理ね」

「ふふ、強くなったね。結婚式の時みたいにボコボコにされなくなった」

「悔しかったからね。ジードがいつか言っていた、『みんなはここに残ってもいいんだよ』って言葉が許せなかったから。私は肩を並べるよう頑張ってるの」

「うんうん。わたしも~」


 会話は弾み、ジードの愚痴に移行する。

 戦闘をしなければ、二人はただの乙女のようだった。

 けれど、残った戦場の後は間違いなく猛者の証だ。轟く雷や空を照らす炎の様子は、遠巻きに見ていた人々を畏怖させていた。


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