ルイナ視点
そのベッドはキングサイズよりもさらに大きい。
温もりが安心感を呼び起こす。
なぜ、この男といるとここまで居心地が良いのだろうか。
実の家族は怖かった。
家でも油断できなかった。
だから私は強くあれた。
なのに。
このままでは私の方が腑抜けになってしまいそうだ。
でも、きっと、彼がなんとかしてくれるだろう。
彼は私の前で上半身だけを起こしている。
水着よりも、さらに肌をさらけ出した格好で。
その彼の目線は私ではない別の方を見ていた。
眠っている、ユイだ。
ぎゅっと愛おしい彼を抱きとめる。
「新婚旅行の最中だ。他の女に見惚れるな、ジード」
「それならユイを連れ込まない方が良かったんじゃないか?」
「寂しそうにしていたからな」
つい、そんな本音が漏れる。
建前では護衛と言っていたのだが。
しかし、そんなことはバレていたようだ。
ジードは特に意外そうにするでもなく、会話を続ける。
「クエナやシーラも連れてきてくれてありがとう」
「あいつらはメイド兼護衛として使うためだ」
「その割には自由時間が多かったよな。綺麗な景色を見せたり、一緒に泳いだり」
「仕事があれば全力で振り回していたさ」
「俺には思い出を共有させる風に見えたけど?」
ジードが微笑む。
まったく、この男は。
それは真実だった。
不満を溜められても面倒だ。
実際に妹が本気で私を組み倒そうと思えば全然できる。
そんなことはしないと知っているが、人間は爆発するとなにが起こるかわからないものだからな。
だから、まあ。
彼女達を連れてきたのは付き人以外にも、ほんの少しだけ仲良くしたいという気持ちがあった。
「しかし、せっかく美女や美少女に囲まれているのに、おまえの目はどこか別の場所を見ているようだな」
話を変えるため、ジードの違和感について指摘してみた。
時々ほんの少しだけ垣間見える、夫の遠い場所を見るような目だ。
どこまでいっても浮ついた気持ちにならず、かといって、私たちを置いていこうともしない。
それなのに、一人だけで抱えているような目だ。
「……そうかな」
心当たりがあるようで、ジードの目が伏せられる。
夫なりに反省しているようだ。
あるいは元から反省していたようにすら見える。
きっと、クエナあたりから言われたのだろう。
あいつは目ざといからな。
「私はおまえの女なのだ。わからないわけがない」
「きっと、それだけ大事なことだから……」
その言葉に苛立ちを覚えた。
ああ、私は本当に彼が好きなのだな。
たとえ、どれだけ私を大切に思ってくれていて、たとえ、考えていることがどれだけ大事でも、私以上はありえてはいけない。
激しい妬みが胸を貫く。
痛みと蠢動する鼓動を誤魔化すように、ジードを押し倒す。
「私よりも大事なものはないと教えてやる」
◆
日差しが眩しい。
朝は苦手ではないが、ユイはかなりのお寝坊さんで、付き合っているうちに私も少しだけ起きるのが遅くなってしまっている。
太陽も昼ほどの昇り具合だ。
休日とはいえ気を抜きすぎだろうか。
ジードも含めて、私たちの朝食は遅めだった。
「昨晩は随分とお楽しみでしたね」
クエナが食膳を用意しながらジトっとした目でねめつける。
ジードが慌てながら口を開いた。
「あっ、き、聞こえてたのか……?」
「言ってみただけよ。こんな防音仕様だとなにも聞こえないわ」
「ブ、ブラフかっ……!」
悲鳴のような声だ。
ジードはあまり知られたくなかったのだろうか。
今更のような気もする。
あるいは罪悪感なのだろうか。
彼女達を放っておいて私に傾いたという。
ここで悪戯をしてしまいたくなるのは、もはや人間の性だ。
「仕方ないだろう。なにせ、私はジードの妻なのだから」
「なにが妻よ。泥棒ネコの間違いでしょ?」
「はは、言ってくれるじゃないか」
私とクエナの間で火花が飛び散る。
だが、それ以上過熱することはなかった。
「ねえねえ、なんか伝達用のマジックアイテムが鳴ってるよ!」
シーラが言う。
そのマジックアイテムは小机に乗るほどの大きさで、直角に折れた、半透明で薄い形をしている。
伝達用のマジックアイテムは帝都と直接繋がっていて、向こう側と連絡が取れる。
しかし、今はプライベートでお楽しみの最中なので緊急時以外は使わないように促している。
せっかく普段の気疲れを癒そうと思って来ているのだから、あまり仕事の連絡は避けるつもりだった。
ただでさえ帝王の退位と即位の両方があって忙しかったのに……
しかし、それがわかっていないやつにマジックアイテムは握らせていない。緊急事態が発生しているのだ。
机に面している方を触って操作して、向こう側の人間と繋がる。
顔や風景までは映らない。
映るものもあるが、盗聴の防止や安定した接続など、機能を重視したものを持ってきている。
帝王と妃が少数のみで行動しているなど知られても得はない。
「どうした」
「申し訳ありません。連絡は控えるようにしていたのですが、緊急事態のもので」
私が端的に伝えると、掛けてきた声の主はやや焦っているようだった。
どちらかというと、私の逆鱗に触れることよりも、状況の深刻さに対して震えているようだ。
「要件を」
「はい。魔族クオーツ領が再び襲撃を受けました。しかも、今回は相手が獣人族だそうで、両者は緊張状態に入っています」
聞いて、「なるほど」と返した。たしかに緊急事態だ。
以前の私なら他種族の抗争など旨味の他になかった。
そこを突けば私に大きな利益をもたらしてくれる。
しかし、今の私は違う。
アステアのことを知ってしまっている。
私の大事な人に女神が危害を加えようとしている。
今回も策謀の一環だろう。
自然と「どうすればうまく立ち回れるか」より、「どうすれば夫のためになるか」を考えている。
不意にジードの声がかかる。
「ギルドカードでリフから連絡が来た。俺にエルフ領に来いってさ」
「あっちも情報を掴んだな」
ふと、なんだか寂しい気持ちが込みあがる。
ああ、これで別れないといけないのか。
仕方ないことなのに、心に穴が開いたような気持ちだ。
そんな私を理解してか、ジードが口惜しそうな顔で言う。
「ハネムーンの続きはこの件が片付いてからだな」
私も随分と女々しくなったものだ。
いつか昔は『きっと、私はひとりで生きていくのだろう』なんて考えていた。結婚なんてせず、帝国の礎を墓にする覚悟だった。
それがひとりの男に簡単に心を揺れ動かされるなんて想像もできなかっただろう。
「必ずだぞ」
少しだけ上ずったような声になっただろうか。
こうして約束することで、私は自分の弱みをさらけ出しているように思ってしまったのかもしれない。
でも、ジードが頷くのを見て、そんな考えは自然と消えていった。
「ちょっと、私はもうメイドとかごめんなんだけど」
横からクエナがそんなことを言っていた。




