始まり
冒険者カードに新しい機能が追加された。
それは『大陸中で起こった出来事をニュースとして伝える』ものだった。中には画像や動画もあり便利なものだ。
俺はあまり大陸のことを知らない。いくつかの種族や国があることは同僚から聞いていたが、地図を描けと言われればクゼーラ王国と近しい国々を断片的に描くことしかできない。
そんな俺だからこそ、わりとカードが更新するニュースは楽しみの一つになっていた。
リフに呼ばれてギルドマスター室にまで俺とクエナとシーラで来ていたのに、肝心のリフがいなかった。
というわけでカードを見ていると。
「お、新しい記事が更新されてる。なになに、ウェイラ帝国に新しい女帝が就任……ほうほう」
どうやらウェイラ帝国という国の新しい長が決まったようだ。
それも女性らしい。おめでたいことだ。
「へぇ、ウェイラ帝国に新しい女帝ができたんだ。元々なんか争ってた覚えあるけど」
シーラが俺の冒険者カードを覗き込む。
ソファーに座っている俺の後ろに立っている形だ。
「おう、そのこともなんか書いてるな。お、女帝さんのご尊顔も載ってるぞ。赤い髪に赤い瞳……あれ、なんかクエナに似てない?」
「あら。ほんとね」
興味なさげに対面のソファーに座っているクエナがカップに注がれてある紅茶を飲む。
記事を見た後だと本物の女帝なのではないかという気品があるような覚えがしてきた。
「人なんてごまんといるんだから誰かと似ててもおかしくはないでしょ」
クエナが俺たちの話題を聞いていたようで、どうでもよさそうに返した。
まぁ間違いない。
第一、クゼーラ王国とウェイラ帝国はあまり仲がよろしくない。
もしも新しい女帝さんとやらの関係者ならまずこの場所にいないだろう。なんらかの事情がない限り。
そんなこんなの話をしているとバーンっと扉が開かれた。
「すまんの、いろいろあって遅れてしもうた!」
膝近くまで伸びている紫色の髪を揺らしながら、この部屋の主である幼女が入ってきた。
ギルドマスター・リフだ。
「遅いわよ。それでこの三人に指名依頼ってなによ」
クエナがむっとしながらリフに聞いた。
「うむ。まぁ三人というよりは王都で実力が別格に高いとわらわが認めた者たち、じゃな。指名依頼を受けてもらおうと思っておるのじゃ」
「了解した。それで依頼はなんだ?」
「あんたはなんで了解が早いのよ……せめて依頼内容を確認してから引き受けなさい」
クエナが額を抑えながら言った。
シーラがクエナにムッと頬を膨らませた。
「ジードが失敗したら私が補うわよ!」
「だれも失敗するなんて言ってないわよ。ジードが失敗する姿なんて想像できないし。ただ依頼だからってなんでもかんでも受ける必要がないって言っているの」
「はっはっは。まあ噂にはなっておるからのお~」
クエナの言葉にリフが反応する。
「噂? なんだ、それ」
気になって聞いてみた。
噂を立てられるようなことをした覚えはないのだが。
「だれも引き受けぬ依頼を受けたりしておるじゃろ?」
「ああ。受けているぞ。適当に依頼をばかすこ取ってたら怒られたからな。計画的に残る傾向にある依頼をちょくちょく取っている感じだ」
「Fランク向けの下水道の紛失物探しとかもそうじゃろ?」
「そうだ。だって誰も引き受けたがらないんだろ?」
俺の問いにリフが『やれやれ』と肩をすくめた。幼女がそれをやると腹が立つ半分可愛い半分だ。
「Sランクのお主が引き受けているとどうなると思う?」
「…………あ。ギルドの箔が落ちる?」
「まぁの」
ようやく理解して心にナイフが刺さったような衝撃を覚える。思わずウっと口にしてしまった。
そうか。
俺が下のランクの依頼を受けるとギルドに仕事がないような話になるのか。
なんだか申し訳ないことをした。
「しかし、その反面じゃ。そういった細々とした依頼でも助かった者もおる。不人気な依頼をこなすから受付嬢や下のランクの冒険者、下町の人からの株も上がっておるぞ」
「私の株は上限突破しているわよ!」
「だれもシーラの話なんてしてないわよ」
シーラがここぞとばかりに横に割りいって名乗り出る。
それにクエナが冷静なツッコミを入れた。
「おっと。話がズレたの。それで三人には指名依頼を受けてもらいたいのじゃ」
「パーティーで受ける依頼なの?」
クエナが間髪入れずに問う。
それにリフが若干の間を置いて、にやりと不敵に笑って見せた。
「まぁ、お主はいろいろと察し付いておるのじゃろう。――おぬしらには個人で受けてもらいたいのじゃ」
「え、個人で? ジードと一緒に仕事できると思ったのに……」
シーラが目を点にする。
「うーむ。クエナは同じ場所で依頼を行ってもらうのじゃが、シーラは別の依頼を受けてもらうことになるのー……」
「なっ、なぜ! なぜクエナが!」
「ふふん、なぜでしょうねー」
シーラがめちゃくちゃ悔しがっている。
その姿を見てクエナもめちゃくちゃ勝ち誇った笑みを浮かべている。
なんの争いだ。
「いやです! クエナと交代です! ジードさんと同じ場所にいたいです!」
「そうはいってもシーラはギルドには珍しい騎士タイプ……いや。今回の依頼を受けるに相応しいのじゃ」
「いーやーでーすー!」
「むー」
駄々をこねるシーラにリフが手こずっている。
だが、ピーンっと良いことを思い出したのか、
「もしも今回の依頼を順当にこなしていけばジードと今後一緒にいることが増えるのじゃ」
「なんですとっ!? それはぜひ受けたいです! さっそく内容を!」
「単純ね」
「扱いやすくて便利なのじゃ」
そして、ようやく依頼の説明が始まった。