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欲しいものは

(もうひとりの俺)


 あいつが発現したのはいつだっただろうか。


 それはもう覚えていない。


 でも、たしかなことは、俺でさえ怖いと感じることがあることだ。


 いつか乗っ取られてしまうのではないかと思ってしまう。


(暗い闇に、おまえはいる)


 それは子供の頃の俺だ。


 なにをするでもなく、俺を見ている。


 無垢そうな笑みを浮かべながら。


(成長しなかったのは俺が封じ込めていたからなんだ)


 森にいた頃は魔物を殺すことにためらうことがあったから、都合よく呼び出していたんだ。生きるために汚いこと全部を任せていた。


 逃げるために使っていたんだ。


 でも、そんなおまえを俺は怖く感じた。


 俺の持つ全てを上回っているから。


 だからひとり孤独でも平気なおまえをここに残したんだ。


 だからおまえはいつまでも俺の奥底にいる。


「俺はひどいやつだよな。おまえよりも……よっぽど。でも、きっと、おまえと一緒に生きていかないといけないんだ」


『怖くないの?』


 もうひとりの俺が口を開く。


 自分のものとは思えない高い音だった。


 俺は昔こんな声だったのだろう。そう思うと懐かしさを覚える。


「怖いさ」


『なら、いいの? このまま閉じ込めておいた方がいいんじゃないの?』


 もうひとりの俺が対話をしてくれている。


 その事実だけで進歩を感じた。


「おまえは俺が置いてきた過去だ。ここで清算しないといけない気がする」


『たとえ、乗っ取られても?』


「さすがに全部はダメだ。俺には守りたいものができた。自分以外のために戦うんだ」


『結局は力が目当てじゃないか』


「そうだな」


『嘘つき。「もっとゆっくり向き合いたかった」とも思ってるよね?』


 すべてがお見通しというわけだ。


 いずれ決着をつけるべきだと思っていた。


 だからソリアに協力してもらっていたんだ。


『バカだね』


「ああ、バカだよ。だから助けてもらって生きているんだ」


『そうだね。――ねえ、安心してよ。もともと、俺たちはひとりだったんだ。乗っ取るとか、最初からそんなものはないんだよ』


「そうなのか……?」


『さっきも言ってたでしょ。ここあるのは置き去りにしてきた過去なんだって。殺したければ殺す、そんな価値観が培われて、そして捨てようとした過去なんだ。いわばそういったものの蓄積が俺ってわけ』


「……」


 なんとなく、わかる。


 もうひとりの俺は人格ではないと伝えたいのだ。


 だが、それは……


 じゃあ喋っている相手はだれなんだ。


『昔の俺にこんなことが言えた? 価値観だとか培うだとか、蓄積だとか。俺はずっと一緒にいたんだ。それこそ、図書館で居眠りしちゃって涎で本をダメにした時も、箸が使えなくて手で食べちゃった時とか』


「つまり記憶を共有しているってことか?」


『薄ぼんやりと俺達は記憶を共有していたはずだよ。俺が都市を消した時もそうじゃないか。それは俺から記憶を受け入れる用意ができていたからだよ』


「なら、どうして神都を……」


『暇つぶしだよ。楽しいからだよ。無邪気な子供心ってやつだよ』


 だんだんと抱いていた親近感が一瞬で失せる。


 深淵を覗いているような瞳に戦慄を覚えた。


「おまえはだれなんだ?」


『俺だよ。もうひとりの俺。でも、同じ俺でもある。複雑に考えなくていい。思念と考えてくれてもいい。そっちが善意で、こっちが悪意のようなもの。そんな簡単に考えてもいけないけどね』


「悪意ってのは無邪気な子供心も入っているんだよな。それは……俺がお前を受け入れていなかったから?」


 だから俺の意思を無視して暴走したというのか。


『かもね。それは俺を受け入れてからのお楽しみかも』


 もうひとりの俺が手を伸ばす。


 受け取るのが、怖かった。


 だが、それ以上に受け入れられることに……なんだか償えたような気がして、どこか安堵の気持ちもあった。


 でも、俺は自分の温度を伝えるように、その手を受け取ってみせた。


『本当にバカだね。俺が現実の世界にいた総時間はたかだか数日……よくて数か月だよ。ひとつになってもほとんどが君だよ。俺なんて残るわけないじゃないか』


 もうひとりの俺がそう言って、浮遊感を覚える。一体化したら、この空間がなくなるのも必然だった。


「おまえ……!」


 言おうとして、視界が晴れる。


 去る時に、なんとも後味の悪い言葉を残してくれた。


 それでも救いとなったのは、最後に見たもうひとりの俺は、屈託のない笑顔だったからだ。







「すごいすごい! 腕が折れてたのにもう治っちゃったよ! これが聖女ソリアの回復魔法!」


「聖女はスフィ様です……!」


「ねえ、その名称嫌いなんだけど! 勇者パーティー関係の話とか聞きたくもない!」


 シーラ、ソリア、ネリム。


「おいおい、私が狙われているぞ!」


「うっさい! あんたは黙ってて!」


「……くる」


 ルイナ、クエナ、ユイ。


「なんじゃ、戻ってきたか」


 リフ。


 最初に俺に気づいたのは彼女だった。


 魔力を薄ぼんやりと感知できるからだろう。


「「「ジード(さん)!」」」


「待たせた」


 周囲の魔力が一瞬で黒く染まっていくのを感じる。


 これがもうひとりの俺の力か。


「どういう原理じゃ、それ」


「わからん」


「ふむぅ……周囲に漂う魔力を取り込むと身体に負担がある。それゆえに魔法は自らの魔力を消費して行使するもので無尽蔵に使うことはできん。じゃがの……おぬしのそれは世界全ての魔力を自分の魔力に変えるものじゃぞ」


「丁寧な説明だな」


 一帯の魔力が自分の魔力と同質に変化していく感覚はある。


 アステアによって生み出された怪物は、警戒のあまり身動きができていない。


 もうひとりの俺から受け継いだこの力だが、良くなったところがある。それは誰にも不快感を与えていないことだ。


 神都跡は未だに一般人は近づけないが、今の俺は何者も拒まないだろう。


 その証拠にクエナ達はなにも恐れていない。


 本当に俺自信の力になったということだ。


(それが意味するところは……あいつと一体化したということ)


 不思議と自分という感覚しかなかった。


 違和感がない。


「――ちょっと、この化け物と別の場所に行ってくるよ」


 一瞬で場所が変わる。


 その怪物と俺は神都跡に転移していた。


 以前と変わりなく、誰もいない。


『キィィアアアアアッ!!!』


 威嚇の悲鳴だけで大地がめくれ上がる。


 どうやら、これまでも力をセーブしていたようだ。


 体力の温存。


 そこまでする理由は俺達を殺してもさらに進もうという計画が見え隠れしているようだった。


 その先にあるのは大陸の壊滅なのだろうか。


 しかし、恐ろしさを感じない。


 逆に俺が一歩踏み占めると化け物が怯むほどだった。


「なるほど。アステアが俺にこだわる理由がわかった気がしたよ」


 女神アステア。


 そう呼ばれるだけの力は感じていた。


 だが、なるほど。


 俺が世界中の魔力を統べることができるのなら、絶大な力を持つ女神を覆す可能性はあるのだろう。


『キッ……』


 化け物の手が伸びる。


 触手のような腕が俺を包もうとして――動きが止まった。


 それから化け物の身体が縮こまっていく。


「おまえは俺の仲間を傷つけようとした。だから……悪いな」


 ぷちり、ぶちり、びた……


 耳障りな音が響く。


 周囲の魔力が圧を持つ。


 もうひとつの俺と一体化した時に思いついた戦い方――


「漆式――【魔砕】」


 微弱な衝撃が周囲に伝わる。


 黒い魔力に呑まれた化け物の姿かたちはなくなっていた。


 任意の範囲に魔力を集め、問答無用に敵を圧砕する。


 今回は初めてだったから不安定な魔法だった。


 転移して正解だったな。


 仮にクエナ達のいる場所で一歩間違えたら……想像もしたくない。


「……」


 ふと、罪悪感が芽生えていることに気がついた。


 怪物を殺したことに対するものだ。


 もうひとりの俺を意識したからだろうか。あるいはこの場の雰囲気だろうか。今度はだれも殺さずに済んだ。怪物を除いて。


「いつまで戦うんだろうな……」


 その問いかけは風に乗って消えていく。




 もう一度、転移する。


 実は近くで懐かしい魔力の波長を感じ取っていた。許してはいけないものを。


「くっ、くそが! はやく動け! このままだと私は殺されてしまう!」


 やたらと偉そうな男が足蹴をしながら無表情の人々を操っていた。


「おい」


「うわ! な、なんだ、おま――ジード……!?」


 男は俺を見ると慌てた素振りを見せる。


 さっきまで足蹴にしていた無表情の人物を盾にしていた。


「おまえ、名前は?」


「俺の命を狙いに来たのか!? フィ、フィフのやつら時間すら稼げなかったのか! 使えないゴミが!」


 相手は俺のことを知っていたようだが、その男に見覚えはなかった。それに、俺の問いかけには答えてくれないようだった。


 とはいえ、まあ、口ぶり的に今回の敵なのだろうと予想はつく。


「おまえだけか?」


 別の問いかけをしてみる。


 すると男はなにを勘違いしたのか、


「バ、バカが! ほいほいと敵陣に来やがって! おまえの首を取れば流れも変わるというものだ!」


 男が指示をすると人々が集まってくる。


 なにやら雑多な荷物を抱えているやつらから、護衛のための人材であろう猛者までいる。


「俺の首を取る?」


「は、はは……恐ろしいか! さっき俺の名前を聞いたな! レ・エゴンだ! おまえを殺して大陸に新たな秩序を作る男の名前だ……!」


 どちらが恐れているのだろうか。


 男は錯乱している様子に見えた。


「俺に勝てるつもりなのか?」


「当たり前だ! こいつらに付けてあるのは奴隷の首輪だ! 命を省みずに働く狂人どもだ! こいつなんて良いところの騎士だったが目の前で妻を犯されてもなにもできなかったんだぞ! たとえ四肢をもがれようとも、おまえの目玉くらいならくり貫くだろう! それがこの数いるのだから――!」


 いつまで戦うのだろうか。どれだけ血を流せばいいのだろうか。そんなことを考えるだけ無駄な気がしてきた。


 指を合わせて強くこすりつけた。


 それは魔力をのせて波打つ。


 すぐに彼らの首輪にまで届いた。


「随分とヒドい作りだな。前にクゼーラで使われたものと比べると、簡単に解除できる」


「へ?」


 奴隷とされていた者たちの首輪が解ける。


 レ・エゴン。


 たしか重要な名前だった気がする。


 活かしておいた方が良いのかもしれない、と思った。


 だが、それ以上にこいつの話を聞きたくなかった。


 彼が奴隷だった者達に一方的になぶられていく光景を見ながら、俺は冷えていく心でそんなことを感じていた。


 フィフ、おまえはこれ以上の血を流していたんだ。


 俺が原因だと伝えて。


 アステア、おまえの目的は一体なんなんだよ。



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