時間を
「じゅ、十年後!? 話がいきなりすぎてわからないんだけど!」
クエナが戸惑いを隠そうとせず、リフに質問を投げかける。
「最初はたしかめようとしただけじゃ。わらわ達に未来があるかどうか。幸いにも魔族には未来を見通すやつがおったからの。まあ、なんとかできると思ったのじゃ」
「それで可能にするなんて……さすがに凄すぎます」
「天才ソリアに言われるとは、わらわも捨てたものではないの。しかし、未来を見通すだけではなく、未来から召喚することも可能にした。未来の自分と今の自分を入れ替えることによって」
「たしかに十年後のジードなら……凄そうね」
フィガナモスは完全に止まっていた。
手と身体はぐったりと倒れていて、目は半開きのまま動いていない。
未来のジードが掛けた魔法であることはたしかだった。
その彼がリフを見た。
「ちょっといいかな、リフ」
「なんじゃ?」
「君もいつかわかることだけど、実は俺はこの時代にあまり手出しができない」
フィガナモスを動けなくさせたことが、未来のジードの最大限の譲歩だった。
彼を頼りにと考えていたリフが眉間にしわを寄せる。
「むっ、どうしてじゃ?」
「エイゲル曰く、未来の力を借りると未来がなくなってしまうからだそうだ」
「むむっ……」
リフが首を傾げる。
追い打ちをかけるように未来のジードが語る。
「他にも、未来を見通すためにこの魔法を生み出したと言っていたね。実はそれがあって、油断が生まれている。未来でアステアに勝てたのだと、負けるはずがないのだという安心だ。その結果、いくつかの未来では敗北が生まれている。今の俺は元の世界への収束のために色々な世界を動いているのだけど……まあそこは置いておこう」
「未来はひとつではないのか?」
「ああ、運命はひとつだけじゃない。リフはすごい天才だ。魔法技術の特異点だ。だから、こうして未来の俺を召喚している。けど、だから、色々と見落としているところや、視野の届かないところが多い。不用意に因果律を歪める真似はやめておけ――とは、未来のエイゲルのセリフだ」
「そうか……エイゲルは元気にしておるのじゃの」
リフが悲しそうな顔を浮かべる。
ジードもそれを追うように目をしぼませるが、すぐにおどけてみせた。
「ああ、大変だよ。女体化しちゃったり、勢いで俺と結婚したりな」
「「「は、はあああ!?(へぇぇ~~!?)」」」
各種反応が届く。
「あ、やば、あんまり未来のこと言っちゃいけないんだった」
「とんでもない爆弾を置いていくのやめなさいよ!!」
クエナが怒鳴りつける。
ジードは「たはは」と笑いながら誤魔化している。
しかし、あまり変わっていない様子に、ルイナが尋ねる。
「ひとつだけ聞きたいことがある。正妻……第一夫人は誰になっているのかな?」
それはルイナにとって重要なことだった。
彼女はプライドも高ければジードに対する心も本物だ。
だからこそ他の女性と愛を競い合っている事実はかわらない。
それはルイナにとって聞かずにはいられないものだったのだ。
「え、だれって……」
ジードの視線が迷うことなく向かう。
すぐにジードは目をそらしたが、見た女性はひとりだけだった。
――――――ネリムだった。
一連の会話を聞いていたネリムが肩を落とす。
「は……? なんでこっち見たの?」
「あ、こういうの言ったらダメな決まりでさ、悪い悪い」
「待って、そういうのどうでもいい。私は今のジードを殺さないといけなくなるんだけど、え? 本当にどういうことなの? 待ってやめておい聞け未来のジード! どうして私を見た!!!」
ネリムの動揺は普段の言動を変えるほどのものだった。
しかし、面々の中でもルイナはネリム以上に驚いていた。
「わ、私じゃないのか……? わ、私はウェイラ帝国の先代女帝だぞ……? お、おい……私は……おまえ……え? 地位とかはソリアやスフィが敵かなとか思っていたんだぞ……? クエナやシーラもヤバそうかなって……え? どうして?」
ルイナがわなわなと震える手を見ながら絶望の淵にあるようだった。そんな彼女にユイが頭を撫でながら慰めている。
多様な反応を見ながら、クエナがどうでもよさそうに呟いた。
「未来の話なんて聞くもんじゃないわね」
「ちょっちょっとー! なんかこの化け物動き始めたんですけどー!」
シーラの言葉どおり、フィガナモスは魔法を克服し始めていた。
「おっと、俺はもう行かないと」
周囲の様相とは裏腹にジードはマイペースだ。
「倒してはくれなんだか?」
リフが改めて確認する。
正直相手が悪いことは理解していた。
それを汲み取っても、未来のジードは申し訳なさそうな表情を浮かべるだけだった。
「干渉しすぎない方がいいからなあ。これも成長のための糧だと思ってくれ。それに未来に行った俺もやばいことになってそうだろうからな。代わりに言葉を残していくよ。俺に伝えてやってくれないか。『受け入れてやってくれ』ってな」
「それはどういう……」
「そのままの意味――」
言って、未来のジードの姿が明滅する。
それから見慣れた姿のジードが現れた。
かなり疲れた様子で肩で息をしている。
「も、戻ったのか!? 俺は無事だよな!?」
ジードは慌てて自分の身体をたしかめている。
そんな彼にネリムが詰め寄る。
「ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけど! 未来に行ってきたのよね!? 未来のあんたがキモイ匂わせやってきたんだけど! ありえないわよね!? 未来の私はどうなっていた!?」
「ネリム! よかった、ネリムは当たりが強いよな! 俺を撫でたりしないよな!?」
そのジードの反応はネリムにとって一番望んでいないものだった。彼女にとって悪夢に等しかった。
「ぎゃああああああっっ!! 未来の私にそんなことされたのね!? そんなこと聞くってことはそうなのね!?」
「わたしは帝王をあげたのに……一番好きなのに……」
阿鼻叫喚とはまさにこのことだった。
放心状態のルイナ、地べたに叫んでいるネリム、頭を抱えているジード。
そんな彼らの様子をもっと見ていたとリフが思っている中、ソリアが構える。
「あ、あの、第一夫人だとか、そんなどうでもいい話をしている場合ではありませんよ!?」
「どうでも良いわけないでしょ! わ、私がこ、こんな……! 結婚がいやで魔王討伐したのよ!?」
「そうだ! どうでもいいわけないもん!! 教会でおまえも気にしてたもん!!」
「そ、それはそうですけど! もう拘束が解けるみたいです! 今はこっちが優先なのでは!?」
フィガナモスが巨体を再び起こした。
その手が大きく開かれる。
「み、未来の俺は倒せなかったのか」
ジードが今ごろ気づいて警戒する。
リフがジードに言う。
「未来のお主が言っておったぞ。今が頑張らなければ意味はないと。そして、こうも言っておったぞ。『受け入れろ』とな」
ジードの心臓が鼓動する。
それをずっと悩んでいただけに、すぐに言葉の意味を理解した。
「はは、まさか未来の自分に背中を押されるなんてな。――みんな、時間を稼いでくれないか」
ジードの目から光が失われる。
ただでさえ黒い瞳はさらに深く染まっていく。
クエナが呼応する。
「戦うしかないわね! ネリムも一番の戦力なんだから正気に戻りなさい!」
「くそおおお! この不条理をおまえにぶつけてやるわよ!」
「いっくよー!」
「回復はお任せください……!」
「かっかっか、これは大変な仕事になったのお」
「……」




