長い
日は過ぎていき、結婚式の前夜となった。
ジード達は王城に待機している。ジードは主役として、クエナ、シーラ、ネリムは招待客として。
ジードは打ち合わせで忙しくしている。
そんな中でクエナとシーラはルイナから呼び出しを受けていた。
「やあ、元気そうだな」
ルイナが手を挙げて軽くクエナ達を迎える。
その部屋には意匠の凝らされたものが沢山あったが、中でも目を惹いたのは衣装だった。明日、着るであろう衣装が大事そうに整えられている。
それはいわゆるウェディングドレスで、クエナは片方の眉を下げるなど、顰蹙を買っているようだった。
「それで私たちに何の用よ?」
クエナが端的に尋ねる。
そのぶっきらぼうな様子にルイナは笑顔で返した。
「なんだ、私のことを嫌っているのか?」
「当たり前でしょ。今回の結婚も納得しかねてる。あんたはどうせジードの力が目当てなんでしょ」
「否定しない。それが私のタイプだからな」
「ならジードより強い人が現れたら?」
意地悪なようで当然の問いかけだった。
「はは、捨てるとでも思っているのか? そこまで尻軽ではないな」
「信じられないわね」
クエナが断じてみせた。
さすがのルイナもやや不機嫌そうな顔だ。
「おいおい、約束は守るぞ? 私の風聞にも関わってくるからな」
「あんたの風聞なんて地に落ちてるでしょ」
「あらためて言われると傷つくな」
「なによりタイプとか言ってるけど、本当にジードのことが好きなのかも疑わしいわね。だってそうでしょ、口八丁でジードを手に入れられるのなら、あんたにとっては安いもの」
「そう言うと思ったよ」
ルイナが縦長のマジックアイテムを取り出した。
そこには何やら温度計のようなメモリがある。
「わあ、なにこれ!」
シーラは興味津々に見ている。
クエナは怪訝な顔だ。
「これは仮称、『感情メーター』だ。まだ試作段階だが面白いぞ。使い方は簡単だ。好きなものを思い浮かべながら魔力を注ぐんだ。そうしたらどれくらい好きか判断してもらえる」
「なにそれ! すごー!」
シーラは純粋に感心していた。
反対にクエナは訳のわからないマジックアイテムに不審気だ。
「試してみるといい。私だと深紅の宝石がこれくらいだな」
ルイナが目を閉じてイメージし、手を載せる。
すると本当にメーターが半分くらいまで上昇した。
ルイナが手を離すと最低まで下降する。
なんらかのギミックで動いていることはたしかだった。
「あんたが深紅の宝石にどれくらいの感情を抱いているのかわからないわよ」
「宝石の中では一番好きだ。が、まあそうだな、目安は『かなり好き』がこれくらいだ。まあ言葉は難しいから試してみるといい」
「……まあいいわ、乗ってあげようじゃないの」
クエナが目を閉じて何かしらイメージし、手を載せる。
メーターは三分の一くらいを指し示してから止まった。
クエナが目を開いて確認すると、やや衝撃を受けた様子だった。それだけ好きだったのだろう。
「はは、意外と上がらないだろう。クエナはなにを想像したんだ?」
「……べつにいいでしょ」
「参考にする程度だよ。言ってみろ」
「言うわけないでしょ!」
三分の一程度だとしても、ルイナには好きなものすら知られたくない。そんな心理が働いたのだろう。
「はは、乙女だな」
「やめてよ」
そんな会話を尻目に興味津々のシーラが続く。
感情メーターはぐんぐんっと上がって半分くらいになる。
「おお、やるじゃないか。なにを想像したんだ?」
「クッキー!」
「はは、なかなか素直でいいじゃないか」
ルイナがシーラの頭を撫でる。
「まるで親と子ね」
クエナがそんな感想をもらしたが、二人には聞こえていないほど小さいものだった。なにかシーラとルイナの距離感が縮まるのを良しとしない気持ちがあった。
「さて、いよいよ本題だ。ジードを想像しようじゃないか」
クエナとルイナの顔つきが変わる。
ここが勝負どころだと勘づくのは二人の強みだ。
「来ると思ったわ。その前に確認したいことがある。私は多少マジックアイテムにも造詣があるの。調べさせてもらうわよ」
「私がズルをしているとでも?」
「当たり前でしょ」
ルイナが肩を竦める。
それからクエナは縦長の『感情メーター』を取り、魔法陣を読み取る。そこにある羅列はクエナにとって読解するには荷が重いが、ルイナの不正を手助けする機能がある程度であれば見抜ける自信があった。
(とくに大丈夫そうね……)
心情的になにかイチャモンをつけようとも思ったが、そんなものは見つけなかった。
それどころか個々人の感情の振れ幅の違いまで配慮されていて、非の打ち所がない出来だとわかる始末だった。
「どうだ?」
「……まあ一応は信じてもいいかもしれないわね」
「そうか。では、さっそく私がやろう。と言っても既に確認済みだがな」
目を閉じるまでもなく、ルイナが手を添えた瞬間にメーターは最高値を記録する。
クエナが唖然とする。
(私の好きなものでさえ三分の一だったのよ……!?)
目を見開くほどの驚きだった。
その反応を見て満足げにルイナが頷く。
「これで私がどれほどジードを好きかわかってもらえたことだろう」
「待って、これには大きな欠点がある」
「なんだ?」
「それはイメージしたものを他の人が確認できないことよ。あなたは本当にジードを想像したの?」
「くく、そう来ると思っていたさ。ほら」
「……?」
ルイナがメーターの裏を見せた。
そこには何やら文字列があった。
「なにを想像したのか、なにを測ったのか、ここにすべてが書いてあるんだよ」
そこには、
深紅の宝石
ネコ
クッキー
ジード
と、書いてあった。
クエナの顔が赤く染まる。
「なっ、な……!」
「ほう、さっきはネコを想像していたのか」
意地悪そうに笑いながら、ルイナがマジックアイテムとクエナを交互に見渡していた。
クエナが口を大きく開いた。
「それを先に言いなさいよ!!」
その怒号はごもっともなことだった。
だが、同時にルイナのジードへの想いを認めてしまうことにも繋がっている。
「さて、では次はどうする?」
ルイナが悪びれもせずにマジックアイテムを前に出す。
「じゃあ私がいきまー――!」
シーラが言いながら手をかざし、
『ぼん!』
メーターが振り切れてマジックアイテムが壊れる。
その衝撃波は部屋全体を軽く揺らすほどのものだった。
「「「……」」」
三人が壊れたマジックアイテムを見ながら止まる。
「あの……もしかして弁償とか……?」
「いや、不完全なものを渡したルイナが悪いわよ」
「し、試作型だから気にする必要はない。こ、こういうことも……ある…………のか? いや……なかった……はずなんだが……」
ルイナが少しだけ涙目を浮かべている。ありえない反応だった。
今度は少しだけ、自分のことのようにクエナが意地悪そうな顔をする。
「シーラを舐めてたわね」
「あ、あはは……?」
あまり事態を呑み込めていないシーラは笑って誤魔化そうとする。
「くっ、まるで私がジードを好き足りないみたいじゃないか! いやだぞ、そんなの!」
「子供じゃないんだから……」
言いながら、クエナはルイナの感情を認めつつあった。
あまり見られないルイナの言動に、どこか嬉しさが芽生えている。
だが、次の言葉に一瞬で評価が覆った。
「ではこの『処女チェッカー』を使うぞ!」
「なにその最低なネーミングセンスは」
「ジードは帝王となる。妃となるなら初物でなければならないのは明白だろう」
「ってことは安直なネーミングそのままに処女かどうかの確認するってことね……。なんというか、さっきから人間関係を壊すようなものばかり開発してるけど、ウェイラ帝国の技術部は一体どうなってんの」
あまりのバカらしさにクエナが額に手を当ててため息を吐く。
不意に部屋の扉が叩かれる。
「ちょっといいかー?」
ジードの声だった。
◆
打ち合わせを終えた俺はルイナの部屋に訪れていた。
中にはクエナとシーラまでいた。
「な、なにか大事な話か?」
あれからクエナとは結婚についてロクに会話していなかったから気まずい。逃げるわけにもいかないが。
「いいや、ジードにも聞いてもらいたいことだ。ここにいろ」
「あ、いや、俺は別の件で……」
「それは後だ」
ルイナが半透明の水晶を持っている。魔力をまとっていることからマジックアイテムだとわかった。
「なんだ、それ」
「『処女チェッカー』だ。これでクエナ達を見る」
「え? どういうことだ?」
「おまえは帝王となるのだから初物かどうかは大事なことだろう」
「いや、別にそんなこと……」
「なにより、往々にして他の男を知っている女は政の乱れの原因に繋がる」
「お、おう。なるほど」
その顔と声は随分と真剣なものだった。
思わず息を呑んでしまうほどに。
ルイナにとって大事なことなんだろう。
ウェイラ帝国は彼女の手中にあるから、乱されるのを良しとしない。それはまあ、俺でもわかった。
「悪いが、確認させてもらう」
「はぁ……どうぞ」
仕方なさそうにクエナが腰に手を当てる。
ルイナが遠慮なく、クエナに水晶をかざした。
水晶が赤く染まる。
それが意味することを、俺は知らない。
「……。金髪の巨乳――いや、シーラ。おまえもいいな?」
クエナになにも言うことなく、ルイナがシーラに話を振る。
かなり厳粛な雰囲気だ。
「うん、おっけー!」
シーラが頷き、ルイナがかざす。
同様に水晶が赤く染まった。
「……」
ルイナが水晶を見つめる顔に苛立ちを見せていた。
それから口を開く。
「おまえ達、これを私にかざしてみろ」
「は?」
「いいから、間違いかもしれない」
その声は間違いであって欲しいというような祈りが含まれているようだった。
「……別にいいけど」
ルイナから手渡され、クエナがかざす。
水晶は――青く染まる。
「間違いでは……ないのか」
それは初めて見る、ルイナの痛切な顔だった。
こちらまで胸が痛くなる。
「――おまえ達は処女ではないのだな」
クエナとシーラは答えなかった。
……これはどういうことだろうか。
「なによ、あんたにとっては嬉しいんじゃないの? 自分だけが初めてを取ってあるって証明できたんだから」
「そういうことではない!」
ルイナが声を荒げる。
珍しい。あまりにも珍しいルイナの様子にクエナも動揺を隠せていない。
「私は……」
ルイナが目を伏せた。
深く、なにかを考えている。
それから沈黙が場を包んだ。
「処女じゃないと悪いの?」
「知っているだろう。歴代でウェイラ帝国を襲った危機が三つある。一つは異常発生した小型の魔物によって農業が壊滅した食糧難。二つ目は人族全土が敵に回った包囲網。三つ目は遊女に溺れた帝王が乗っ取られた事件だ」
「非処女なら悪女なの?」
「断言はしない。だが、私の宮廷では危機を未然に防ぐ努力をしている」
言外にルイナはクエナ達を拒絶すると言っていた。
だが、それを明言すれば俺がどういう反応を示すか、なんとなくわかっていたのではないだろうか。
ルイナはそれだけ賢い人物だ。
なにを言えばいいのだろう。
ややあって、クエナが口を開いた。
「どうせいるんでしょ、ユイ」
「ん」
しゅばっと頭上からユイが現れた。
クエナが意地悪な顔を浮かべて水晶をかざす。
それは赤く染まる。
「なっ……! ユイ!?」
「ん?」
ルイナの動揺にユイが首を傾げる。
心底不思議そうな表情だ。
「答え合わせは犯人のジードさんがどうぞ」
クエナが手を向ける。
ちょっと戸惑いながら答えさせてもらう。
「あ、えっと、どうなんだろうな。ルイナ的には、その、婚前交渉はアウトなのだろうか」
「――――は?」
ルイナが間の抜けた顔をする。
ぷくく、とクエナのこらえきれない笑い声が出る。
「私たちはジードの手でベッドに赤い花を咲かされてるの。残念ながらルイナの『往々にして他の男を知っている女は政の乱れの原因に繋がる』は当てはまらないわ」
「な……!」
ルイナが俺のほうを見る。
「まあ、そういう感じは出してなかったしな。そういう誤解もあって然るべきと言うか。仕方ないと思う」
「ルイナにしてはおバカをしたわね。処女じゃなければジード以外の男を知っていると思うなんて。それともそれだけ焦っていたのかしら?」
ふと、ルイナがユイのほうを見た。
「待て、それならユイはどういうことだ!?」
「えへへ~、見ちゃったんだよねっ。そこから流れでっ」
「ごめんな……さい」
シーラがユイにべったりくっ付いて照れたように笑う。
ユイの頬が桃色になったのは、普段の彼女からしてみれば感情を出したかなり珍しい表情だと言えるだろう。
「み、見たってなにを!? 私の知らないうちになにがあったんだ! そういえば一週間に一回だけ行方をくらましているのはどういうことなんだ!? か、通い妻的なアレなのか!? そういえばなんだかスキップとかしていたような気がするぞ!」
「さすがに頭の回転が速いじゃないの。というかここまで来ると勘づいていたんでしょ」
「うそだ……私のユイが……!」
ルイナが愕然と震えている。
「勘づいてなかったのね……」
これにはクエナも呆れ気味だ。
「くっ、ならば今日はここまでにしておいてやる。もういいだろう」
「涙目ね。でも、そうはいかないわよ。むしろお手付きをされていないのはあなただけじゃないの。相応しくないって意味ではルイナこそじゃないの?」
「ぐぅ……! ジード! 今日の夜は一緒に寝るぞ!」
「明日結婚式だろ……?」
投げやりになっている。
やっぱりクエナに似ているな。負けず嫌いなところとか。
別に処女だとか非処女だとかどうでも良かったんだがな。
律儀なのか、あるいは宮廷は完璧でありたいのか。
俺にはよくわからない世界だ。
でも、
「良かった……」
最後にポツリと呟いた言葉は心の底から乙女の気持ちだったのかもしれない。
クエナとシーラは部屋から追い出された。
客人待遇とはいえウェイラ帝国の中枢で、しかも明日は大事な結婚式だ。夜分遅くにまでルイナの近くでうろちょろされてはたまらないと警護の人間が語っていた。
ちなみに警戒でユイも部屋から出ている。
自然というか、あるいは不自然な流れで俺とルイナの二人だけになった。
「ジード、それでなんの用だったんだ? 変なことに付き合わせてしまったが」
「ああ、渡したい物があってさ」
言いながら懐から小さな箱を取り出す。
中をパカリと開けて、純白のパールが飾られた指輪が顔を出した。
「これは……」
「婚約指輪……いや、結婚指輪か。その、結婚するしさ。赤色のルビーがいいかなとか思ってたんだけど、なんとなくルイナには白色が似合うかなって思ってさ……」
「そ、そうか、ありがとう……」
ルイナが手を伸ばす。
ピンと張られた指はすらりと長い。
白く輝く指輪を薬指につける。
「うん……いいな……」
ルイナが惚れ惚れする顔で言う。
けど、きっと彼女が演技やお世辞で言っていても気がつかないだろう。
それでもこう反応してもらえると嬉しいんだけどな。
「それじゃ、俺は明日の用意があるから」
「なんだ……行くのか……?」
そう言うルイナの顔は朱色に染まっている。
ふと、さっきの会話を思い出す。
今日の夜は一緒に寝るぞ。
あれは勢いで言ったものだろう。
でも、二人だけの空間だといやでも想像してしまう。
「ルイナ……」
「今夜は同じ部屋で過ごしても……いいんじゃないだろうか」
ルイナが煽情的に一歩近づく。
見上げられると、火照っているのだろう。
なんだか空気が生暖かい。
だが、ぐっと堪える。
「……いや、やめておくよ。実はメイドの人から釘を刺されていてさ」
「釘を?」
「ただでさえ急に決まった結婚式で忙しいのに、ベッドメイクに時間を割けませんよって」
「あはは! メイドに釘を刺されて委縮してしまうのか、我が夫となる男は!」
「な、情けないよな……でも、やっぱり気にしてしまうよ」
「いや、いいぞ。そんな帝王は今までいなかっただろうからな。私好みでもある。しかし、結婚したら私以外のやつの尻に敷かれることは許さないからな」
「鬼嫁宣言は怖いって」
ルイナの場合はシャレにならない。
笑い合いながら、また会う約束をして部屋を出る。
(てか普通に流れていったけど、ルイナ処女だったのか……)
部屋を出る時、そんなことが過ってルイナの顔を見れなかった。
◆
ルイナは部屋にひとり残って、パールが嵌めこまれた指輪を眺めていた。
不意にドアがノックされる。
入室を許可するとメイドが入る。
手にはマジックアイテムがあった。
「お待たせして申し訳ありません。予備の試作型をお持ちしました」
「感情メーターか。しかし、もうクエナ達は行ってしまったからな……」
「片付けておきますか?」
「いや、いい。そこに置いておけ」
メイドがマジックアイテムを置き、部屋を出る。
それからルイナが手を置く。
――メーターはマックス近くを示していた。
ルイナが思わず失笑する。
「私も単純だな」
マジックアイテムの裏に測定されたものの名前が書いてあった。
パール、と。
ただ、爆発しないことに不満気だったのは、負けず嫌いの性格から来るものだったのかもしれない。




