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なに、その反応

 クゼーラ王国、王都。


 一時期は騒然としていた場所だが、今は落ち着きを取り戻している。


 その一角で、俺はウィーグを見つけた。


 金色の髪をした端正な男、Aランク冒険者にしてスティルビーツ王国の第一王子だ。


 そんな彼が、なにやら夕焼けを見ながら黄昏ている様子だった。


「久しぶりだな、ウィーグ」


「アニキじゃないですか! ニュースでは度々拝見していましたが、お元気そうで何よりです!」


 深刻そうな顔から一転してパーッと花が咲いたような笑顔を見せる。


 無理に作られた表情は乙女ならば惚れ惚れするものだろう。


「なにかあったのか?」


「はは、アニキにはお見通しですね。……実は王位継承権で妹とごたごたがありましてね。父さんの葬式も明けたばかりなのに辛いことだらけなんですよ」


「なんだ、殺し合いでもしてるのか?」


「まさか、そこまでひどい関係ではないと思っています。それに次の王の座をフィフに渡して、俺は宮廷から離れましたから。こういうとき、世界中どこでも行ける冒険者の肩書は便利ですね」


 だからクゼーラ王都にいたのか。


 仮に王位を継いだのなら、スティルビーツにいるだろうしな。


 俺が知っているのは冒険者としてのウィーグだ。


だからこんなところで落ち込んでいても違和感を抱かないが、第一王子が王位継承争いに負けたとなれば世間では大ニュースになっているんじゃなかろうか。


「じゃあ王位に未練があって悩んでいたのか?」


「いいえ、ぶっちゃけそんなものに興味はありません。むしろ小国スティルビーツの王様なんて他国と他国の板挟みも良いところですし、楽しいことなんてほとんどないですよ」


 ウィーグは自嘲気味に口角を上げた。


「じゃあ妹さんのことか」


「正解です。フィフの豹変ぶりがひどくて。今まで隠していたのかってくらいなんです。冷たくなったというか、恐ろしくなったというか」


「それはヒドいな。元から気配はなかったのか?」


「ありませんでした。けど、妹は優秀で王位継承権保持者です。宮廷は常に血みどろのきな臭い話ばかりですから、こんなことがあっても不思議ではありません」


 今の俺にはなかなか想像できない話だ。


 しかし、王族のウィーグが言うのだから、こういうことも本当にあるのだろう。


「でも、じゃあ別に悩むことなんてないんじゃないか? 宮廷から離れたんだろう?」


「フィフが心配なんです。暴走しないかとか。あいつの教育方針は嫁がせるためのものなんです。マナーとか諸外国の教養とか。時間がある時に花とか楽器とか調理とか……」


 なんだか俺とは縁遠い話を聞かされているみたいだ。教育にも方針とかあるのか。俺だったら野生に放り投げる的な感じになるのだろうか。


「政治や武術関係の教育はしていないのか?」


「そういうことです。外交のための話術とか所作、考え方なら多少は教わったでしょう。でもそれくらいです」


「なるほどな。なら宰相とか将軍とかに裏から操られそうだな」


 脳裏に浮かんだ安直な感想を漏らす。


 ウィーグは過去を思い出すように空を見上げた。


「それもなんだか違くて……彼らはなにかフィフに恐れを抱いているようなんです」


「おいおい、すごいな。今まで猫を被っていただけでルイナみたいな器なんじゃないのか?」


「たはは、あんな恐ろしい女帝になるなんて思いたくもないですね」


 ウィーグがわざとらしく怯えた様に自分の身体を抱える。


 かなり苦笑いしているところを見ると本気で嫌がっているようだ。


 ああ、恐ろしいよな。


 俺が一番恐ろしいと感じてるよ……


「でも、そんなに心配ならウィーグが見てやればいいじゃないか」


「急な話だったから宮廷内でも俺を担ごうって勢力があって簡単に近づけないんですよ」


 火種になりかねないということか。


 ただの家族として心配しているのに、随分と遠回りな話だな。


「見守ってやるしかできなさそうだな」


「そうっすね。それこそ、さっさと結婚して宮廷とは関係ありませーんってしたいんですけどね」


 ウィーグが俺を見てニッコリを微笑んだ。


「結婚か……」


 そのフレーズを聞いて思わず胸を掴む。


「どうかしましたか?」


「ああ、いや、俺も悩みがあってさ」


「俺でよければ聞きますよ」


「実はルイナと結婚することになってな」


 ウィーグがギョッとした顔で俺を見る。


 やめてくれ、気持ちはわかるんだ。


「……それはあのウェイラ帝国の女帝と似た名前の方ですか?」


 確認するように問いかける。


 ちょっと信じられないのだろう。


 わかる、気持ちはわかる。


 けれど、残念ながら首を縦に振ることはできない。


「いいや、あのウェイラ帝国の女帝だ」


「幾度となく大陸中に戦争を吹っかけているあの女帝ですか?」


「大陸の支配を目論んでいそうな、あの女帝だ」


「スティルビーツにも侵攻してきたあの女帝ですか?」


「うん、そういえばそうだったな」


 あの時にキスされたんだったか。


 思い返せばファーストキスはルイナだったな。


 もう感覚としては覚えていない。


 そもそも唐突なことで何が起こったのかもわかっていなかったのが現実なんだけどさ。


「……大変ですね、アニキも」


 心の底からって感じでウィーグが言う。


 一応、俺の結婚相手なのだから、大変って言葉はおかしいのではないだろうか。いや、彼なりに同情してくれているのも事実だ。それでもおかしいのではないだろうか。とはいえ否定ができないのも事実か。


 ウィーグの立場から考えてみると、俺は悪魔と結婚するようなものなのかもしれない。


「でも実感なくてさ。家族とかよく分からないし、何より俺でいいのか。俺自身、俺のことがよくわかっていないのに」


 もうひとりの自分。


 あいつがいたまま結婚なんてしていいのだろうか。


 どちらが本当の俺なのかもわからないのに。


「うーん……結婚が本意じゃないのなら、もう少しだけ時間を置いてもいいんじゃないですか?」


「簡単に断れるならいいんだが、そうもいかなくてな」


「あのアニキが言うならよっぽどの事情なんでしょうが、なかなかムズかしい問題ですね」


 ウィーグが腕を組んで首を捻る。


 なんとか俺のために言葉を出そうとしてくれているのが見て取れる。


 不意に、


「――しっ」


 ウィーグに目くばせをする。


 ここはクゼーラ王都。


 人通りは決して少なくない。


 なのに俺とウィーグ以外の気配がなくなった。


 こういう時は往々にして本能的な部分で人が通るのを避けている。


 あるいは誰かしらが意図的に人が通らないようにしている。


 どちらであれ、これができるのは相当に腕が立つ。


 つまり――


「出て来いよ、だれだ」


 俺が言うと三つの気配が離れていく。


(逃げたか)


 だが、ここは俺の活動拠点だ。


 全ての場所を見てきて、覚えている。


 イメージするのは容易い。


「転移」


 三回繰り返す。


 反撃はあった。


 たしかな実力者だが、三人とも行動不能にしてみせた。


 抵抗する意思を見せなくなったのを確認して、裏路地で寝転がらせる。


 ウィーグも察して俺のところにまで来た。


「どういうことですか、こいつらいつの間に……」


「俺も探知魔法と見慣れた街に違和感がなければ気がつかなかったよ。相当な手練れだ」


 それこそ野生の魔物よりも気配を殺すのがうまい。


 俺もユイやシーラで慣らしていなければ危なかったかもしれないな。


「さすがは高名なジードだ……自死の魔法すら行使できないとは」


「おまえ達はだれだ? 暗殺者なのは確定だけど」


 俺の問いに代表格らしき人物が口を閉ざす。


 答える気はなさそうだ。


 ウィーグが原因を突き止めるように確認してくる。


「ジードの兄貴、女帝ルイナと結婚する話はどこまで伝わっていますか?」


「まだ内々の話だったな。急いで方々に伝えるとは言っていたけど」


「なら狙いは兄貴じゃなくて……俺の可能性も……?」


 自分で自分の考えに驚いた様子だ。


 さっきまで話していたことだっただけに、俺もすこし意外に感じた。


「宮廷争いはないんだろ?」


「そのはずですが、こんなやつらに狙われるなんてそれ以外ないと……」


「話し合っているところ悪いが、さっさと殺してくれないかね。逃げられないのはわかっている」


「投げやりだな。乗り気じゃなかったのか?」


「さぁな」


 そっぽを向かれた。


 男がやっても可愛くはないな……


「前にも狙われたことがあった。別の事情だったけど、そいつらは結局情報を吐かなかったよ。だからまあ話を聞くのは諦める。殺人未遂ってことで捕まってくれ」


 待てよ、立証難しいのか?


 転移で近づいた俺に反撃してきただけだからな。


 ……そういうのは後で良いか。


「……はは、こんな状況ですごい余裕じゃないか。やはり勝てるわけがないな」


「最初からあきらめていたのか?」


「当たり前だ。標的のひとりにおまえがいると聞いていたんだ。家族がいるから任務はこなさないといけないが……死ぬつもりだったさ」


 捕獲されて観念しているわけではない。


 本当に最初から見切りをつけている口調だ。


 不意にウィーグが反応する。


「標的のひとり?」


 ひとつの言葉が引っかかったようだ。


 たしかにそれは疑念の残る言い方だった。


 暗殺者は目を閉じて、徐に口を開く。


「狙いは二人ともだ。それだけは言っておこう」


 活かされると知って恩義でも感じたのか、自らの失言を戒めるためなのか。その一言には様々な感情が入り混じっているだろうことは予想できた。


「一体どういう……」


 ウィーグが俺の方を見た。


 残念ながら俺にも心当たりはないので頭を振る。


 追求しようにも暗殺者らは目を閉ざした。


 これ以上喋ることは家族に危険が及ぶと考えているのだろう。


 それなら、もう不毛だろうな。


「ウィーグ、こいつらを騎士団に送るの任せてもいいか。魔力で縛ってるからしばらく動けない。いずれ解けるから自死の魔法に気をつけるよう言っておいてくれ」


「わかりました。ジードさんはどうするんですか?」


「俺は……報告があるからさ」


「ああ、リフさんとかですか。暗殺されかけましたもんね」


「いや、結婚の方だ」


「あっ……がんばってください」


 なんだよ。


 なんだよ「あっ……」って……


 俺だって……


 俺だってわかってるんだよ……


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