マジで?
ギルド本部の目の前に転移し、俺達はギルドマスター室まで階段を昇った。扉をノックするとリフから返事がくる。
中に入るとリフがいた。
エイゲルはバツが悪そうに……とかはなく、至って普通な面持ちで相対している。
「無事に連れ帰ったようじゃの」
「ああ、具体的な話までは聞いていないが、リフの読みどおりアステアから指示が下っていたようだ」
読みが当たっていたというのに、リフはいまいち納得がいっていない様子だった。小さな首を傾げながら、リフがエイゲルを見た。
「それにしても疑問じゃの。エイゲルよ、なぜアステアの命を聞き入れたのじゃ?」
リフが閑雅な声を向ける。
ほっとするような、緊張を解すような音だ。
エイゲルに敵ではないと訴えている。
それが功を奏したのか、あるいは元から警戒心など持っていなかったのか、エイゲルは平静な様子で説明のために口を開いた。
「僕は研究ばかりの毎日なんでね。あまり情勢とか知らないんですよ。だから摂理に従う。概ね自然や本能が正しいことばかりでしょう? そういう意味で僕は両親の言葉を守ってきましたし、好意を抱いているジードさんにも助けてもらった恩を返しました。なら、みんなが慕っている女神アステアに従うのも当然のことじゃないっすか?」
ふと、俺とは根本的に違うタイプだと感じた。
エイゲルのような人間を示す具体的な呼び方はわからないが、言葉で表すのなら論理で生きている人間なのかもしれない。
「魔族という生き物を多く殺すことに違和感は覚えなんだか?」
「歴史を振り返れば不思議ではないと思いました。女神アステアの言葉に従って勇者だとか魔王だとかで戦争を繰り広げてきたんすから」
「かっか! それも一理あるの!」
リフは笑顔で誤魔化しているが、こういうときの彼女の本心もだんだんと理解できてきた気がする。
辛い、と感じているのではないだろうか。
彼女も以前は勇者パーティーとして活動していた時がある。
その時に一人も魔族を殺さなかっただろうか。
いいや、それは絶対にない。
「なら、僕の行動は否定しないわけっすか?」
「それは違うの。これからの時代にふさわしいものではない。似たようなことがあれば全力で止めに行く。無理だと思えば牢獄にでも閉じ込めよう。行き過ぎたことがあれば適正な処罰を下すことも考える」
「ジードさんも同じ意見ですか?」
不意にエイゲルが俺に聞いてきた。
質問の意図を測り、立場を明確にする。
「ああ、そうだ」
「なるほど。ジードさんが言うのならアステアの発言は捨て置いて信じましょう」
なんだ、この信頼されてる感じ。
「かかか! 良かったの。お主の人柄じゃよ!」
本当にそうなのだろうか。
まあ……そうなのかもしれない。
それから、しばらくリフがエイゲルに色々と告げていた。
アステアへの対応策など。
これからエイゲルも狙われることだろうから、と。
そして、なによりもアステアの特徴を聞いていた。
声だとか、どうやって接近してきたとか。
それから魔族の賠償などについても話し合った。
あまり穏やかではないことだけは確かだが、雰囲気は決して悪いものではない。
「それでは、今日のところはエイゲルは終わりでいいのじゃ。護衛は付けておくが、他にもなにか必要なことがあったら伝えよ」
「わかりました」
そう言ってエイゲルが部屋から退出する。
俺だけ残された理由はわかっている。
「戦争の方はどうだ?」
「うむ、ちとな……」
リフが気まずそうに指と指を突き合っている。
まるで俺との会話を避けているようだ。
「そっちにもアステアが影響していたのか?」
リフがここまで言いづらそうにしているとなると、状況は相当逼迫しているのかもしれない。
アステアにとって、エイゲルはあくまでもついでだったのだろうか。
「おそらくの。戦争は拡大しており、小規模だったのものが拡大して危険な流れになってきた。各方面から参戦するような雰囲気が出ておる」
それは予兆なのだろう。
だが、まあリフがここまで言うのなら大体は当たるものだ。
「エイゲルは助けられたし、すぐにでも参戦しよう」
「それがのお……事態はかなり最悪なのじゃ。各地でゲリラ的な戦いが発生しておる。重要人物を襲撃して危機感を煽り、民間人の虐殺なんて話もささやかれおってな。ギルドとウェイラ帝国が同士討ちなんて話もあるくらいじゃ。このままではギルドも帝国も瓦解しかねない状況なのじゃが……」
……これは。
前置きだ。
なにか妙な予感がする。
リフはいつも結論から出してくれる。
とても話やすいはずなのに。
たとえるなら、これから重罪を宣告されるような、そんな気分だ。
「じゃあ俺はどうしたらいいんだ?」
「とりあえず一緒に来てもらいたい。転移しても構わないか?」
リフが手を出してきた。
断る理由もないので受け取る。
転移した先は豪奢な部屋だった。
アイテムひとつひとつに金がかかっていそうで、何よりも広い。天井は巨人族に向けて作られたのではないかというくらいの高さだ。
その部屋には先客がふたりいた。
「来たか、リフ」
「待たせたのう、ルイナ」
ルイナだ。
クエナと腹違いの姉妹だそうだが、とてもよく似ている。勝気なところとか、端正な顔をしているところとか。
座るように示されてリフの隣に座る。
「ユイから話は聞いている。そっちも実情はすでに理解していることだと思う。ウェイラ帝国とギルドの分断が始まっているようだ。アステアも面倒くさい小細工を使うようになってきた」
「どうにもうまく連携できていないようじゃの」
「しかし、こうなることは予想していた。事実上、人族のツートップだ。派閥意識が芽生えてしまうのは仕方ない」
「うまく突かれたものじゃ」
「相手にはアステアの息がかかったやつがいる。これくらいはしてきて当然だと言ってもいい」
ここまではリフとルイナの会話だ。
しかし、どこか俺に聞かせるような話し方をしている。
それだけスムーズというか、リフがルイナに同調し続けているのは珍しいような気がする。
あるいは事前に情報をすり合わせていたような気配さえあった。
そんな会話はさておき――……。
彼女たちに話しておきたいことがあった。
「ちょっといいか? なんか騒がしくないか?」
「ああ、私とジードの結婚式の準備だ。騒がしくもなるさ」
「へぇ、俺とルイナの結婚式か。そりゃ忙しくもなるわな」
リフがあちゃーと顔を手で覆いかぶせた。
探知魔法でこの場所の検討はついている。
魔法妨害用のマジックアイテムがいくつもあって、俺でさえ本気でやらねばロクに探知が機能しない。
リフが直接転移したのは許可されていたからであって、今はもうやろうと思ってもできないだろう。
以前、奪われたこともあって、より警備を強化したのだろう。
ここはウェイラ帝国の帝都の中枢も中枢、王城だ。
そこが騒がしくなるのだから、そりゃ俺とルイナの結婚式くらいでなければありえないな。
結婚式とは男女が将来を誓い合うものだ。
女帝のルイナが式を開くとなると、そりゃ準備だけでも大変な騒ぎになってしまう。しかも相手は俺なのだから。
「――――俺とルイナの結婚式!?」
「さすがに遅すぎじゃろ」
リフが手の隙間からこちらを伺っている。
てか、だからリフあんなに言い訳がましい前置きを口にしていたのか。それはやはりルイナが進めている計画を知っていたことになる。
「ジードはギルドの看板中の看板だ。実力は大陸随一。そして私は人族最強国家ウェイラ帝国のトップ。その二人が結婚するんだ。ウェイラ帝国とギルドの繋がりはより強固なものとして認められるだろう」
「でも見方によっては俺がウェイラ帝国に引き抜かれた的な感じにもならないか?」
「それはどうじゃろうな。むしろ帝国が与したとも考えられる。お主の力は大陸を大きく変えられるほどじゃが、立ち場も影響力もルイナの方が上だからの」
「それに帝国はギルドを公的な組織として認めよう。多様な制度の緩和や必要な援助、情報の開示も行う。その上で相互不可侵な部分については厳格な取り決めもするが、ちょうど領地や資源が増えて互助組織の拡大が急務だったしな」
リフとルイナの押しがすごい。
彼女たちの間ではすでに決定した約束だったのかもしれない。
「もしも断ったらどうなるんだ……?」
恐ろしいことを聞いた、と自分でも思う。
彼女たちの表情が一転して真面目なものになった。
「『アステアの徒』との戦いでは帝国とギルドの全面戦争が想定されていた。しかし、結果的にあやつらは壊滅した。それもあっさりと。それは彼奴らが培ってきた土台が一度の戦いで崩れ去るほど脆弱だったゆえのこと。それにはわらわやルイナが内部に潜んでいたことも大きい」
「けれど、今回は烏合の衆とはいえ規模が違う。もしも帝国とギルドが仲たがいを起こしてみろ。今のようにゲリラ戦なんて展開されたら大陸全土の長期的な戦いになる可能性がある。そうなった時の犠牲は計り知れないだろうな」
「経済的な損失もヒドいもんじゃろうな~」
「付け入るスキを与えたら他の種族に攻め入られるかもしれん」
「そうなったら妾達も目前の争いで精一杯になる。アステアの思いのままじゃろうな~」
「鎮圧しようとしても時だけが過ぎていき、アステアの討伐は新しい世代に持ち越されるだろう」
「次の世代もジードのような男が現れるかの~」
「アステアに対抗できる手段は限られている。ましてや私たちの寿命が過ぎた後の次の『最強』がアステアに与するかもしれない」
「このままアステアの支配が続くかもしれないの~」
………………
…………
……クエナ達になんて言おう――。




