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18

 ネリムとスフィが出ていった。


 俺とリフだけが部屋にいる。


「さて、ジード。ロイターを倒したのはお主か?」


「まぁそうなるな」


「なるほどのぅ」


 含みのある言い方をしたが、リフはあっさりと頷いた。


 すでに何かしらを察しているのかもしれない。


 神都を滅ぼした件といい、ある程度の推測を立てられていてもおかしくはないだろう。だから何があるというわけでもなさそうだが。


「お主も大変なことになるぞ。まずは指名依頼がとんでもない数くるじゃろうて」


「またイタズラか?」


 嫌なことを思い出して苦々しい気持ちになる。


 だが、スフィはそんな思い出を吹き飛ばすくらい快活に笑って否定した。


「かっかっか、それはない。お主は英雄になったのじゃからな」


「英雄?」


「うむ。今回の戦争で一番の功績を出したのじゃよ。そしてロイターを倒したことで名実ともにギルド最強の栄光も手にした。お主に依頼を出したというだけで価値を見出す貴族や王族も少なくないじゃろう」


 おそらく人脈的な意味合いもあるのだろう。


 俺にそれだけの価値があるとは思えないが……それはきっと客観的に見る力に欠けているのかもしれない。


 それだけに依頼とはいえ不純な動機に感じて気が引けてしまう。仮に俺が出会っただけで幸運をもたらすようなやつなら依頼してきても不純とは感じないが、所詮は人間なのだからあまり変な価値を見出さないでもらいたい……


 俺としては本当に困っている人に依頼して欲しいのだが……


「まーた余計なことを考えておるな?」


「え、いや、そんなことは……」


「よいよい。知っておるじゃろうが依頼は断れるからの。嫌なら拒否すればいい」


 気楽な物言いだった。


 ギルドとしても利益を優先したいだろうに。


 俺が依頼を断ることで依頼者がギルドを使わなくなる可能性だってあるはずだ。


 きっと、俺たち冒険者を大事にしてくれているのだろう。


 そんな気持ちにはやはり答えたくなるのが必定だ。


「いや、大丈夫だ。なんであれ、せっかく依頼してくれたんだから、断るのはそれで気が引ける」


「くく、そうか。まぁこの手の依頼は実入りがよいものばかりじゃからの」


 リフが企むような笑みを浮かべている。


 なんだか腹黒そうに見える。


「でも、これが本題じゃないんだろ?」


「わかっておったか」


 わざわざ二人を出してから言うことなんて限られているだろう。


 よほど大事な要件なのだ。


 リフがおもむろに口を開く。


「――アステアは実在する」


「アステアが……?」


「うむ。女神アステアじゃよ。知っておろうが」


「それっておとぎ話とか神話の話だろ?」


 リフが首を左右に振る。


「先日、とある老人が死んだ。名をレイニースという」


 なんだか聞いたことのある名前だ。


 ああ、そうだ。


「初代勇者だっけ?」


「正確には二代目じゃな」


 ああ、そうだ。歴史ではレイニースは初代勇者と呼ばれている。だが、実際は違うのだ。


 本物の初代勇者は強すぎる力を使い暴虐の限りを尽くしたのだという。そんな強すぎる個体を諫めるための組織が『アステアの徒』だったのだ。


 ゆえに初代勇者は歴史の闇に葬られた。


 そして、レイニースが初代勇者として称されるようになった。


 本当はリフの言うように二代目なのだが。


「……えーと。その人が『先日』死んだ?」


「わらわと似たような魔法を使っておったのじゃよ。とはいえ、ここまで生存できるのは本人の素質と言わざるを得ないじゃろう。わらわでさえ難しいじゃろうな」


 ありえない、とは言わない。


 実際に俺の前にいる幼女は、見た目とは不相応な人格と知恵を持っている。


「リフはレイニースの知り合いだったのか?」


「いいや、『アステアの徒』との戦いを終え、レイニースが会いに来たのじゃよ。やつはお主とも会いたがっておったよ」


「俺と?」


 いきなりの指名に驚く。


 もう死んでしまったとのことだったが、死に目に会ってやりたいという気持ちが出るのは俺も人間だからだろう。


「話では以前救ってもらったと言っておったが記憶はあるか?」


「いや……ないけど」


「その無自覚さが人を惹きつけるのやもしれんの。お主がいなければレイニースは『真実』を教えてはくれなかったじゃろう」


「真実?」


「ジードよ。お主は数奇な運命にある。きっと、これを聞けば……」


 リフが言い淀む。


 そこにどんな気持ちがあるのだろう。俺に汲み取ることなんてできない。


 だが、ここで話を途切れさせるわけにはいかないだろう。


「大丈夫だ。教えてくれ」


 俺の迷いのない言葉を聞いて、リフが淡々と語る。


「――」


 たしかに、それはリフが戸惑うほどのものだった。


 これは……結構きついな。


「どうするかは、お主が決めるのじゃ。わらわは何があってもジードに手を貸そう」


 それに対する返答を今は見つけることができなかった。


 リフには保留にしてもらい、俺は帰路に着いた。







 クエナの家への帰路。


 様々な悩みが頭を過る。


 俺は――。


「おおっ、ジードだ!」


 子供の快活な声が聞こえてくる。


 無意識に軽く手を振ってリアクションをしてみた。


 すると、子どもは俺の反応が嬉しかったのか飛び跳ねている。


 無邪気な姿を見ると癒される。


 ふと、道行く人々の視線や、掛かってくる声がポジティブなものであると気が付いた。


(嫌われてたはずだけど……)


 おそらく、リフ達が宣伝してくれていたのだろう。スフィもそんなことを言っていた。


 串肉屋に通りかかり、久しぶりにおっちゃんと顔を会わせる。


「よ、久しぶりじゃねーか。死んだかと思ったぜ」


「ピンピンしてるよ。串肉五本くれ」


「おう。ちと待ってくれや」


 どうやら繁盛していたようで追加の肉がまだ焼き切れていないようだった。


「そういえばおっちゃんの息子と会ったよ」


「おお、あいつな。家にも顔を出さねー親不孝者だぜ。元気してたか?」


「元気だったよ。しかし、すごいな。賢者とかさ」


「その代わりに勉強代でほとんど金が消えてったよ。外国に留学させるのにいくら金がかかったか……」


 愚痴っているが、どこか誇らしげだ。


 いい親してるんだな。


 そうやって会話をしている間にも、俺は道行く人々から声を掛けられている。


 どうやら俺は本当に英雄扱いのようだ。


「しかし、おまえの人気も戻ったな。いや、前以上か?」


「手のひら返しってやつだな」


「まぁ、あんまり恨まないでやってくれや。あいつらもおまえのことを知る機会なんてそうそうないんだからさ」


 出来上がった串肉を渡される。


 相変わらずいい匂いのするタレを使ってやがるぜ……


 代金を渡して串肉を頬張る。


「恨んでなんかないよ。それだけの期待はそもそもしてない」


「ドライだな」


「他人との距離感がわからないだけだよ」


 それが正直な感想だった。


 たしかに冷たい目を向けられれば辛いが、暖かい目を向けられればうれしい。


 そんな素直な気持ちしかない。


 きっと俺はバカなのだろう。


「分からねえ奴だ。優しいように見えて怖いところもあるな」


 おっちゃんが俺を穿つような目で見る。


 怖い、か。


 あるいは俺は人に無関心すぎるのかもしれない。


 ロイターやアステア曰く、俺は無償で人を助けられる人間だって言っていたのにな。


 不思議なものだ。


 モグモグと食べながら店から離れる。


 おっちゃんが手を振る。


「また来いよ」


「また来るよ」


 そんな挨拶を交わしてクエナの家に向かう。







 人通りが少なくなる。


 一等地に入っているのだと分かる。


 ここまで来ると買い食いをしているのが恥ずかしくなるのは、高級な雰囲気にあてられているからなのだろう。


(もう夜か)


 星空がキレイだ。


 自然の中よりは少ないが、それでも輝いている点がいくつもある。


 串肉を持っていない方の手が空に伸びる。


(届かないとわかっていても……諦めきれない)


 それは星に語ったものなのだろうか。


 いいや、違う。


 俺の今後を想像して、覚悟を決めようとしたんだ。


――女神アステアと戦う覚悟を。


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