17
「転移」
その魔法は熟練の魔法使いでも、さらに上澄みの者しか辿り着けない極致にある。
ジードは取得者であり、今はクゼーラ王国のギルドに転移先を決めていた。
「なんじゃ、来たのか」
ギルドマスターの部屋にはリフがいた。
ジードの来訪に特に驚くことなく、視線すら向けることすらない。ただ机の上に山となっている資料に目を通しながら判子やサインをしている。
「珍しく忙しそうじゃないか」
「普段はわらわが仕事をしていないみたいな言い草じゃの」
肯定も否定もせず、ジードが次の話題に切り替える。
「もっと忙しくなるけど、いいか?」
「ん?」
リフが顔を上げる。
予想通り、ジードがいる。
その隣にはスフィがいた。
「随分と探したのじゃぞ、スフィ」
「す、すみません」
「よい。生きていて何よりじゃよ。お主はギルドのメンバーなのじゃからな」
人を懐かせるほどの落ち着いた気性の声が掛けられる。
「ありがとうございます。……でも、私の罪は重々承知しているつもりです。私はこれからどうなりますか?」
スフィが諦念を帯びた声で本題に入る。
咄嗟にジードが身構えた。
スフィには拒否されたが、ジードの中で助けたい気持ちは変わっていない。
そんな二人の覚悟は一蹴される。
「そなたの罪は不問にする予定じゃ。ルイナもそのことを認めておる」
リフが優しい声で言う。
スフィが信じられない応えに目を見開く。
「いいのですか?」
「この決定の要因はいくつかある」
リフの眼差しは静かなものだった。
「ひとつは『アステアの徒』について。お主は知っておるじゃろう」
「はい。存在を知ったのはロイターの裏切り直後になりますが」
「うむ。とにかく、その組織は巨大なものだ。今回の複合軍の頭にも多い。国王を始め、他種族にまで手を広める豪商まで様々じゃの。だが、今回の戦争でおおよそのメンツを捕らえた」
「たった一度の戦争で、ですか?」
ウェイラ帝国内でしか戦争は起こっていない。
他国の王を捕らえることなどできるはずがない。
そんなことはスフィもわかっていて、疑問を生まずにはいられなかった。
「この戦争の前にいくつも準備していた。ギルドがわらわだけの戦力ではない。引き抜かれた一部の冒険者もわらわの影響下にあるのじゃよ」
スフィやジードは目にも耳にもしていないが、この一か月で多くのクーデターや暗殺が起こっている。
ウェイラ帝国とギルド。
巨大な国家群と巨大な組織ではあるが、明らかに桁外れの成果だとわかる。
「そんなこと……ありえるのですか」
「わらわも想定外じゃよ。長期戦になると踏んだから戦上手のウェイラ帝国を味方に引き入れようと考えた。しかし」
リフが冗談を言うように両手を肩まで持って行って頭を振る。
「怒りは本物だったというだけのことじゃよ。わらわだけではない。『アステアの徒』は幾つもの非合法な手段をとっている。何もせずとも勝手に滅んでいったわ」
たった一度の敗戦で多くの悪事が表に出てきた。
ロイターのやっていたことだけではない、それこそ昔から続く数々の悪事だ。
「じゃあ、『アステアの徒』はこれで終わりか?」
「うむ。少なくとも、わらわの手中にある作戦はほとんどが終了したと言っていい。あとは後処理だけじゃの。それゆえに、スフィよ」
「は、はい」
「お主は殺さん。ただし罰は受けてもらう。これからは真・アステア教の名の下に安寧をもたらすために活動をしてもらう」
「安寧ですか?」
「今回の戦争は特に乱れておる。ソリア達にも動いてもらってはおるが、やはり号令を掛けられる存在が必要じゃよ。スフィには色々と手伝ってもらいたいのじゃ」
そこでスフィに白羽の矢が立ったのだ。
そもそも真・アステア教はスフィが打ち立てた組織だ。
子供でありながらも発言力は極めて大きい。
さらにリフやルイナの手助けがあれば大陸全土にスフィの声が届くことになるだろう。
だが、スフィは即座に返事をすることはできなかった。
「私は今回の戦争でロイターに権限を与えてしまった。それが原因で多くの人々が傷つきました。私を慕ってくれていた方達も少なくない犠牲が出ました」
「うむ。しかし、進まねばなるまい」
「そうですね。罪を許してもらったことはありがとうございます。罰を与えてくださったのも、私に強く気負いさせないための配慮だと考えます。その優しさは身に沁みますが、私はギルドやウェイラ帝国のために都合よく動こうとは思いません」
「ほう?」
「真・アステア教に戻り、人々を正しく導くことはします。しかし、私はもう操られる駒にはなりたくありません」
スフィが危惧しているのは傀儡になることだった。
ロイターの再来を望んでいなかった。
今回の勝者であるリフからスフィが直々に指名されるということは、都合よく動くことで助命されたことに他ならない――と、スフィは考えたようだった。
「くくく、お主は考えすぎじゃよ。わらわはお主にどうしろとは言わん。ただ大陸の不安を払って欲しいだけのこと。特にやって欲しいことの指定はせん。スフィの好きにやるがよい」
「好きなように……?」
「ああ。ただし、ルイナには気を付けるのじゃぞ。弱みに付け込んでくるやもしれん。まぁ、今のスフィならば問題ないじゃろうがな」
「えっと……つまり、その……私は……?」
「言ったじゃろうが。罪は不問にすると」
まさか言葉通りに捉えるとは思ってもおらず、スフィの腰が抜ける。
知らないうちに力が入っていて、一気に抜けたのだろう。
ジードが慌ててスフィを支える。
「……いいのですか?」
「当たり前じゃよ」
スフィの問いにリフが頷く。
緊張が消えて、スフィの目に涙が溜まる。
だが、弱音を吐くことも、胸中の死に対する恐怖が取り除かれたことによる声を出すことはない。
新たなる覚悟をいっぱいに、スフィがリフを見た。
「わかりました。これからも世のため人のため……頂いた命を使わせていただきます」
「スフィ、あまり無理はするなよ?」
ジードが気遣うと、スフィが嬉しそうにジードの方を見た。
「はい!」
スフィの話が終わると、扉が叩かれる。
リフが入室許可を出すと青い髪の少女が入ってきた。
ネリムだ。
「おお、来たか。新たなSランク冒険者よ」
リフが囃し立てるように言う。
お道化たのは今までの政的な雰囲気をかき消すためでもある。
「ギルドカードできたんでしょ。さっさとちょうだい」
「冷たいの~、これから仲間になるんじゃぞ」
リフがカードを取り出して机に置く。それをネリムが受け取った。
横からジードが会話に割って入る。
「待て待て、ネリムがSランクの冒険者になるのか?」
「なにか問題でもあるの? せ・ん・ぱ・い」
ネリムが怖い目つきでジードを見る。
「いやいや、今年のSランクはフィルに決まっていた気がしてさ。たしか定員とかあったろ?」
「時期が時期じゃからの。国が滅んだ騎士だったり、商人に雇われていた用心棒だったりがあぶれているのじゃよ。よって一年に一度の試験以外でも推薦でSランクを含めた戦力を集めることにした」
「またクエナがうるさいんじゃないのか?」
ジードが最初に絡まれたことを思い出しながら言う。
今でもクエナはSランクになりたいと願っており、Aランクになるまでコツコツと積み重ねてきたのだ。
いきなり飛び越えられてはたまったものではない。
「安心せい。Sランクの試験は行う。色々と考えておるが、今年はSランクが安売りされるぞ」
かっかっか、とリフが笑う。
安売りなどと自嘲しているが、リフとしてもタダで入れるつもりはない。
むしろ例年以上に苦戦する試験を用意する予定だ。
そんなことジード達も何となく想像がつくくらいの付き合いではあるので深く突っ込むことはなかった。
「それはそうと、じゃ。ジードには話があるからスフィとネリムは先に出ておれ」
「私はクエナの家に戻るわよ」
ギルドカードを受け取りに来ただけのネリムは手をひらひらとさせながら踵を返す。
そんな彼女にジードが声をかける。スフィの背中に手を当てながら。
「スフィのことも頼めるか? ソリアに連絡して神聖共和国に連れて行ってもらいたいんだ」
「……ソリアならもうクエナの家にいるわよ」
そういうネリムは気の重そうなことを思い出したように、どことなく沈みかけた雰囲気を見せる。
「それならちょうどいいな。頼んだぞ」
ジードが言い、ネリムが了承する。
それからスフィを連れてクエナの家に戻って行く。




