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騎士団に救いを

 探知魔法を展開する。

 いくつも立てられたテントの中から指揮官クラスを見つける。



「まずは余計な命令をされないように指揮官クラスを抑えます。みなさんは俺の近くにいる騎士を無力化するのではなく、遠方からの増援を無力化してください」



 近づかれたら俺が奴隷の首輪を解除するだけだ。

 魔力は遠くなれば遠くなるほど通し難くなる。

 そこで依頼した冒険者たちの出番だ。冒険者たちには遠くから戦闘音に釣られて増援に来るであろう騎士たちを無力化してもらう。

 そうすることで俺が効率的に指揮官クラスを抑えることができる。

 というわけだ。



「「「了解」」」



 クエナやディッジなどの冒険者が頷く。

 それぞれ準備は整っているようだ。



「じゃあ作戦開始です」



 俺の合図で一斉に飛び立つ。





 予定通り、俺は一人で指揮官クラスのほうへ向かっていた。

 ほかの冒険者たちも上手い具合に足止めしてくれているみたいだ。

 迫ってくる騎士たちの首輪を解除して無力化する。

 それだけの作業をひたすら繰り返し、指揮官クラスのテントに辿り着いた。



 中からは言い争う声がする。だがそれもすでに把握済みだ。

 展開していた探知魔法でシーラの言い争う姿が見えていたのだ。言い争っている相手は第一騎士団長をはじめとした指揮官クラス。

 もしかすると俺が無用に手を出さなくとも解決するかもしれない。

 そう考えてテントの隙間から覗き込む。盗み見や盗み聞きの趣味はない。だが、変に手出しをするよりも身内で解決できるなら、そうさせるべきだと考えた。



「……ですから、考えを改めてください!」



 シーラがランデに対して物申している。

 そのランデはシーラを忌々しいとばかりに睨んでいる。その眼差しは――物を見るような目だった。

 俺は家族からの眼差しなんて知らない。

 だが、ランデのあれは娘に向けていいものではないはずだ。

 公私混同をするな、と指揮官によく言われていた。だが、ランデの視線は「公」でも送っちゃいけない……殺意のこもった目だ。



「奴隷の首輪を解除しろ? 神聖共和国に攻め入るな? 王族や文官に謝罪しろ? シーラ……おまえはいつから無能になり下がった?」



 無能。

 そんな言葉まで出てくるか。シーラもまだ二十代にはなっていないはずの年齢だ。若すぎるというわけではない。だが大人になり切れてる歳かと言われてみればそうでもないだろう。

 なぜ簡単にそんなものが出てくるのか。たとえ仕事だとしても言ってはいけないだろ……。



 ギルドでは失敗した冒険者を見てきた。

 だが真っ先に心配されたのは怪我の有無だった。ギルドが用意している治癒所を無償で提供している。

 その後は依頼ランクの再確認、失敗した原因を聞くだけ。

 決して罵ったりはしない。「生きて帰ってきていただけただけで良かったです。次も頑張ってください」と暖かい言葉を投げられる。ただ先輩冒険者から「なに失敗してんだ修行行くぞ!!」とか連れられて行っていたが。



 それでも、陳腐な言葉だが愛はあった。

 ランデの言葉に愛はない。



「騎士育成学園を首席で卒業した自慢の娘……だと思っていたが、実戦だとこうも使えないとは。状況は目まぐるしい速度で変化していく! その都度その都度に合わせて対応しなければいけないのだ!」

「禁止されたマジックアイテムを使ってでもですか!?」

「そうだ」

「不要に人を傷つけてもですか!?」

「不要ではない。必要な犠牲だ」

「あれは不要です! なぜ神聖共和国を攻めたのですか!」

「王国に対して不審な動きがあったからだ」

「同盟国ですよ!? ただ国境付近で騎士団が動いたからと言って確認もせず敵対行動と受け取るなんて……! 本当は自分たちの領地が欲しくなっただけなのでしょう!?」



 うわあ。

 すごいカミングアウトを聞いている気がする。

 もしもシーラの言うとおりなら騎士や兵を物として扱いながら消費していることになる。自らの富のために。



「……シーラ。貴様の体たらくは目に余るものだ」

「なっ!?」



 ランデやバランを始めとした面々がシーラに剣を向けた。全員の顔つきは芳しくない。脅しなどではない。

 本気でシーラを始末しようとしている。



 もう出てもいい。シーラを助けに行く。そう思えた。本来なら。

 だが――シーラは剣を抜いていない。

 まだ説得する気なのだ。あの絶望的に人を人とも思っていない連中を。



「なぜですか……! 幼少期に向けてくれた笑みは嘘だったのですか! お父様!」

「笑み……? ああ、それならおまえがしっかり『人と物の区別』ができると思っていたからだよ」

「――――っ」



 シーラの顔が絶望色に染まる。

 今まで見てきたものが幻想であったと足を震わせる。

 力が出ないと膝をついた。

 もう剣を握る心さえも砕けてしまっている――……




「――もういい」




 シーラの前に出る。

 後ろにいるからシーラの顔は伺えないが驚いたようにビクッと身を震わせたのは分かる。心底怯えている。



 自分の奥歯がぎりっと鈍い音を出したのが分かる。

 なぜシーラに説得させるまで隠れていたのだろうな。分かっていたことじゃないか。俺の目の前で、たった一人守ろうとした女の子に集団で剣を向けている連中が――とっくに腐っていたことくらい。



「ジー――」



 バランが俺の名前を口にしようとする。当然の反応だ。真っ先に反応できたのも神聖共和国で俺と会っていて記憶に新しいからだろう。



 不快だ。そう思った。



「――もう喋るな。ゾンビのような腐臭が漂って仕方がない」



 バランに拳をぶつける。魔法なんて不要だ。テントを勢いよく破り飛んでいく。

 他の連中は突然現れた俺に仰天して立ち尽くしている。



「な、なにを」

「喋るなと言っているだろう」



 性懲りもなく口を開いた指揮官クラスであろう男を地面に蹴りつける。地面がひび割れている。

 だがまぁ息はしているから問題ないだろう。

 ちらりと全員を見つめなおす。誰もが口を力強く閉じていた。万が一にも声を出さないために。



「ああ、それでいい。もう一生口を開くな」



 誰もなにも発しようとはしない。

 二人の前例を見たから、なまじ口を開こうとしても本能が閉ざすのだろう。顔を青ざめさせながら剣も地面に向けて戦闘意欲がなくなっている。

 ただ一人を除いて。



「ジィィーード!!」



 大地が響き渡るほど声を張り上げるランデ。



「――黙れと言っているだろうが」



 さきほど地面に叩きつけた指揮官の剣を拾い、柄の部分をランデの口元に放り込む。

 歯と柄が当たる鈍い音が響く。剣はそのまま地面に落ちた。ランデの口から大量の血がこぼれ出す。

 それでも『ふがふがっ!』と睨みつけてきたので胸元から蹴り倒して地面に転ばせた。



「おまえ、どうして俺がここに来られたか分かっているのか?」

「な、なぃ……?」

「喋るなと言っているだろうが」

「ぐがっ!」



 まだ開かれる口を足で閉ざす。

 理不尽だろ、そんな目で見てくるが手も出さない指揮官の連中を一瞥する。全員がさっと目を逸らした。



「ここに来るまで、おまえらが俺に気づけなかったのはどうしてか分かるか?」



 改めて俺に問われるが、誰もが答えを導き出せないようで怯えたまま『?』と首を傾げていた。



「これ見りゃ分かるか?」



 俺は言いながらポケットから首輪を取り出す。

 それは解除した団員から拝借した『奴隷の首輪』だった。



「これさえ外せば誰もおまえらに報告なんかしようとしないからだ。俺と争おうと思わないからだ」



 奴隷の首輪を地面に落として踏みつける。



「「「!!??」」」



 指揮官クラスの顔が死人のように青白くなる。

 だがどよめき立つことはない。俺が言葉を封じているからだ。

 まるで道化が無言演技をしているみたいだ。まったく笑えないが。



「俺から制裁を下すなんて傲慢なことはしない。俺が受けた依頼は『騎士団を救う』ことだからだ。だからこうしている間にも探知魔法と魔力操作によって――団員たちの首輪を解除していっている」



 今ようやく装着させられている団員たちの半分が終わったくらいだろうか。



「彼らのほとんどは疲れから倒れこんでいるようだ。だが違う連中もいるみたいだ」



 探知魔法によって、このテントに騎士団の、ほんの『一部』にすぎない数百名が結集してきている。

 そしてようやく一人目がたどり着いた。



「仲間を……一緒に村を出て国を守ろうと誓った友を……返せ!!」



 そいつの身体はボロボロだった。外傷もそうだが、体の一部は魔力が通っていない。おそらく壊死でもしているのだろう。

 しかし彼が真っ先に口にした恨み節は友のことだった。

 続いて入ってきた騎士は首にかかった壊れかけのネックレスを握っていた。



「母の……母の死に目にすら会わせてくれなかった……! どうして……! この国と同じくらい守りたかった家族を……!」



 続々と。

 個々の恨みを持って。

 次第に集まりだしていく。

 彼ら全員は抜き出した剣に精一杯の力をこめていた。



 ここからは指揮官クラスが罰を受けるだけだ。

 自らが積み重ねた罪の重みを知る時だ。



「立てるか、シーラ」



 膝をついたまま動かないシーラに手を差し伸べる。

 シーラの目は赤くなっている。ワイバーンの一件からさらに弱々しそうに疲れ切った顔をしている。

 こんな状態の女の子をランデ達はボロクソに言ったのか。



「ジー……ド……私……知らなかった……お父様たちは、本当は、本当は国のためだって……思ってた……」



 俺の手を取る力もないまま顔を伏せながらシーラが言う。

 ああ、わかっている。

 だからどれほど絶望したのかも理解しているつもりだ。それでも俺にシーラの気持ちを測ることはできないが。

 でも、この場にいることがどれだけ彼女に悪影響なのかはわかる。これ以上はシーラを追いつめるものしかない。



「――行こう、シーラ」

「……ジード……っ」



 涙を流しながら、俺の方を見た。

 シーラが手を取る。手に力がこもるが立ち上がれないようだ。

 俺のほうで軽く引っ張りすぎないよう力を入れる。

 立ち上がるとよれよれのまま倒れそうになるシーラを支えた。



「ま、まで……ジぃーラ……たづけろ……!」



 次々と迫ってくる騎士たちに震えおののきながらランデが助けを求めてくる。

 それを虚ろな眼で見たシーラが……顔を逸らした。



 シーラは、もう関わりたくもないのだと理解した。

 代わりに。



「喋るなと言ったろ。これ以上、彼らの神経を逆なでするようなことはしないほうがいい。……てか、これだけ弱ってる団員たちにもビビるなよ。団長サンたちはみんな『英雄』くらいすごい功績を持っているんだろ?」

「……ぁ……あぁあああ……アアァァァァァアッっ!」



 言っただろうに。神経を逆撫でするなと。

 ランデの絶叫が始まりとなった。剣を握った団員たちが一斉に斬りかかる。シーラを支えながらテントから出るころには絶叫は悲鳴へと変わっていた。



――探知魔法で指揮官クラスの魔力が消えていくのが分かった。遠くに飛ばしたバランはもうとっくに――



 だが、そのことを今のシーラは知るべきではない。

 かといってシーラが察していないわけでもないだろう。



 今はただ『救っている騎士団』の現状を見届けるだけだ。

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