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ブラックな騎士団の奴隷がホワイトな冒険者ギルドに引き抜かれてSランクになりました  作者: 寺王
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 禁忌の森底。


 そこではAランクのパーティー【果てない海】が探索をしていた。


「世間では大戦争だってのに私たちは素材集めとはねー」


「こんな時だからこそ素材集めが金になるんじゃないか」


 愚痴を吐く斥候に、戦士が窘める。


 後ろから魔法使いが眼鏡をかけなおして会話に混ざる。


「そもそも今回の戦争でギルドがなくなるかもしれないんだ。あまりギルドで戦争関係の依頼を受けない方がいい」


 かなり注意深い物言いだった。


 しかし、冒険者は自由業でもある。


 実力が高くなればなるほど責任の重みも増す。


 魔法使いはよくわかっていた。だからこそ戦争を引き受けず、人材が不足した危険区域の素材集めを行っている。


「おまえは負けると思ってるのか?」


 戦士が問いかける。


「数は圧倒的だろ? しかも、あのロイターさんが敵にいるんだ」


「けどジードさんがいるじゃんかよ」


「でもギルド最強はロイターさんだったろ」


「だが長年の功績もあってのことだろ。勢いならジードさんだ」


 魔法使いと戦士の言い合いに、斥候が前方の草木を切り分けながら言う。


「そのジードさんの噂、知ってる? この森に昔から住んでたんだって。だとしたら相当鍛えられてるよね」


 魔法使いが返答する。


「だとしてもこの森と同じく過大評価だろ。禁忌の森底はAランクに降格したんだ」


 現在、隣接する国々や組織、そしてギルドが下した判断だった。


 ランクが上下することは珍しくない。


 禁忌の森底も同様であった。


 屈強な魔物と一国に値する面積を持っているため危険な区域であることに変わりはない。


 しかし、


「十年くらい前から行方不明者も死傷者も、負傷者だって減ったんでしょ? 私たちみたいな猛者に限定しているとはいえ、Sランクってなんだったのよって」


「昔は入るだけで人が消えるなんて話だったんだがな」


「本当よねー……――」


 びくり


 斥候の身体が震える。


 それはAランクパーティーで危険な警戒を任されているだけある、「才能ある本能」の部分。


「――この方向はまずい……」


「どうした? 魔物か?」


 戦士が身構えながら横目で斥候を見る。


「わからない。でもこの先には行っちゃいけない気がする」


「だが……依頼の薬草はこの辺りだろ?」


「そうだな。脅威が分からないのなら進むことはできないのか?」


 通常なら撤退する。


 禁忌の森底に住まう魔物は近寄らない。自然に生きていく上で人よりも本能が磨かれているからだ。


 今まで森に入ることを許可された猛者も無意識に距離をとっていた。


 だが、パーティー【果てない海】には慢心があった。


 Aランクではありながらも下位レベルである。


 さらに、その場所は今は跡地であり、濃厚な気配も薄れている。


 だからこそ、


「わかった、行ってみよっか」


――そこに人が足を踏み入れたのは十年ぶりである。


 少し歩くと草木の気配が消える。


 まるでそこだけ森から突き放されたような空間だった。


 何百年何千年と育った大木が生み出すのは、陸の孤島。


 断崖絶壁の逆をいくように、不毛の大地を大木が囲んでいた。


 それが視界いっぱいに包んでいる。


「なんだ……ここは」


 戦士がポツリと呟く。


「ここやばいって! はやく逃げようよ!」


 斥候が目に涙を溜めながら二人に縋りつく。


 最初は異様なまでの忌避感に凍り付いていた魔法使いは、しばらく間を置いて地面に手を触れる。


「おかしい。明らかな戦闘の痕跡なのに最近のものじゃない。まるでここだけ何年間も保存されたみたいだ」


「じゃあ一体なんなんだよ。魔物が一匹も近寄ってないし、すげえ不気味だ。それに何年も放置されてるってんなら草の一本くらい生えてるはずだ」


 だれも知る由はない。


 そこはかつて、ジードと禁忌の森底をSランクたらしめていた『主』との決戦の場であったことを。


「ねえ、もういいじゃん! ここから離れた方がいいって!」


 斥候のやや上ずったヒステリー気味の声に、Aランクパーティーは後退を決める。


 拭いきれない違和感と恐怖に足が竦み、その日は久しぶりの依頼失敗をしてしまうのだった。







 ロイターにとっては祝福だった。


 物心がつく前から()()()()()()の声が聞こえた。


 声が聞こえる頻度はまばらであったが、常にロイターに幸運をもたらした。


 村が魔物に襲撃されるから、あらかじめ村民を連れて逃げるように言われる。実際その通りになった。


 強くなりたいとロイターが願うと、アステアは恵まれた師匠に辿り着くまでの道のりを示した。


 ロイターがアステアに陶酔するのは仕方のないことだったかもしれない。


 だからこそ、ロイターが初めて指名を受けた時、忠実に従った。


 それが同胞を殺めることであったとしても。


(本当に人が来た……)


 禁忌の森底。


 そこには二人の戦士が幼い子供を連れて歩いていた。


 危険な区域に指定されている場所だったが、男女の戦士は規格外の力を持っている。ここに家族旅行に来てもおかしくはないほどの傑物だ。


「ほら、あまりビビるな。おまえは俺達の子供なんだぞ」


「そんなに急かしたらトラウマになるわ。何日か使って慣れるのが先よ」


「む……そうか」


 まだ五歳くらいの子供は父と母の背に隠れていた。


 不意に腹の底を震わせるような低音が森全体を包む。


『ガァァァァァ!』


 オーガ。


 三メートルの巨躯を持つ怪物が三人の前に現れた。


「ひぅっ……!」


 子供が小さな悲鳴を出す。


 それを見た父が後頭部を掻きながら「仕方ない……」と呟いた。


「――力の差も分からないか?」


 男性がオーガをギロリと睨みつける。


 ただ見られただけでオーガは白目を剥いて背を地につけた。


 地面が軽く揺れる。


 体格の違いは明確だったが、それ以上の力の差を本能に植え付けられていた。


「ああ、もう。泣いちゃって……ごめんね。私がパパをぶん殴ってでもこんなところに連れてこさせない方が良かったわ」


「えええー。だって子供の頃から英才教育をやらないといけないって言うじゃないか」


「もう、そんなこと言ったって訓練もしていないじゃないの」


 女性が頬を膨らませて抗議する。


「大丈夫だ。こいつは才能が――」


――空間が裂ける。


「な、なん――」


 そこから現れたのは精霊だった。


 広大な森がざわめきたつほどの怪物だ。


 今後『主』と呼ばれ、禁忌の森底に君臨する存在だった。


 それは条理では大陸に存在しない次元の違う生物。


(アステア様、これでよろしいでしょうか)


 その精霊を呼び出した張本人は目を開いたまま見届けている。


 男性が捻り殺され、女性が腹部を貫かれながら叫ぶ。


「逃げて――ジード!」


 女性の声に幼い子供が走り出す。


 本来なら怯んで足も動かせないところだろう。


 ロイターはそれを才能の片鱗と見た。







 自らの腕が食べられているところを見て、ロイターは息を吐く。


「ジード、おまえを生み出したのは私だ。どの時代にもいなかった英傑だとアステア様が褒めていた。私も誇りに思ったものだ」


「うん?」


「なのにアステア様がおまえに喋りかけられないと言っていた。何かがあるのだと伝えていた。……それか。それがアステア様の声を妨げた正体か」


 ロイターが目を尖らせる。


 視線だけでジードを突き殺そうとしているようだった。


「むずかしいよー」


 ジードが困った顔を見せる。


 外見には似つかわしくないあどけなさの残る表情だった。


「……力を残していたのはおまえだけではない。それだけのことだ」


「?」


 ロイターが上半身の裸体を見せる。


「うおおおおおおおおお!!!!」


 ジードによって空間を支配されていた自然の魔力が揺れる。ロイターから放出される大量かつ密度の高い魔力によって跳ね除けられているのだ。


 ロイターの失われた右腕が組成される。


 それだけではない。


 ロイターの背から純白の翼が生えた。


 バサリと翼をはためかせる。


 ロイターが軽く浮かんだ。


 太陽の後光もあって、まるで神の使いのようだった。


 いいや、「まるで」ではない。


 ロイターは正しく女神アステアが遣わせた存在だ。


「刮目しろ! これが私の――」


 言いかけて強制的に遮断される。


 視界がぐらりぐらりと揺れる。


 腹部の痛みは後から襲ってきた。


 蹴り飛ばされたのだと知る。


(またしても視界にすら捉えられないのか)


 薄れゆく意識を何とか維持させる。


(だが勝機を失ったわけではない)


 ロイターは飛ばされた反動で神都の頭上で羽ばたく。


 下には人が歩いている。


 ロイターを見つけて軽い騒ぎになっていた。


『ねえ、なんか飛んでるよー!』


 罪悪感はなかった。


 ロイターの胸にはジードとアステアしかない。


「ジード! こちらを見ろぉぉ!」


 ロイターのバックに千を超す魔法陣が生み出される。


 それは爆炎の魔法だ。


 いくら巨大で頑強な神都でさえ半壊は免れないだろう。


 ジードは遠くで見ていた。


(おまえは止めるはずだ!)


 ロイターには確信があった。


 女神アステア曰く、ジードには才気がある。


 単純な実力もさることながら、アステアが特に目を付けたのは生来の性格だった。無償で自己犠牲をいとわない。それは勇者として人を導けるというものだ。


「――ねえ」


 またしてもロイターの背後からの声だった。


 ロイターが振り返る。


 ジードの笑みと同時に、ロイターの全ての魔法陣をもってしても埋め尽くせない広漠たる魔法陣が現れる。


 それは神都を余裕で陰させるほどの大きさだ。


「な、なにを……ここはアステア様の都市だぞ……」


「もう、あきちゃった」


 ジードが欠伸を漏らす。


 魔法陣が光り出す。


 最初に塵となったのはロイターの魔法陣だった。


 それから魔力の持たない自然物や微弱な生物だった。


 ロイターは視界の端から全てが滅びていくのが見える。


(逃げ――いや、間に合わない)


 ロイターは自分の身体が朽ちていくのが分かった。


 死の恐怖に歪んだ顔と頬に伝うまでの猶予がない涙がこぼれる。


(ああ、アステア様……あの環境が作ったのは強力な勇者なんかじゃありませんでした)


 ロイターの目にあるのは退屈そうに巨大都市を滅ぼす子供だった。


 それは魔王のようにすら見える。


(あの環境は、あなたすら騙す二重人格の怪物を生み出して……――)


 ロイターの最後の心境は、アステアに対する疑念だった。


 これで良かったのだろうか。


「ふぁぁあ……」


 ジードが再び欠伸をする。


 滅びた大地で次なる玩具を探そうとする。


 そんなジードに黒い影の手が歩み寄る。


「もー、もっとあそびたい」


 そんなジードの願望を黒い手は許さなかった。


 拾式――影陰


 それはジードが、もうひとりのジードを眠らせるための最終防衛魔法だった。


「まったく、ひどいなあ」


 そんな声の残響と不毛の大地、そして不自然な影だけがその場所に残った。


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