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ブラックな騎士団の奴隷がホワイトな冒険者ギルドに引き抜かれてSランクになりました  作者: 寺王
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 戦争は激しくなっている。


 その裏でルイナの呼び出しを受けたクエナが密談をしていた。


「これを持っていくといい」


 ルイナがひし形のマジックアイテムを渡す。


 それを受け取ったクエナが首を傾げる。


「これはなに?」


「完全冷却のマジックアイテムだ。どんなものでも凍らせることができる」


「いらないわよ。私は自分の力で戦える」


 クエナが受け取りを拒否する。


 しかし、ルイナは突き出したまま収めない。


「勘違いだ。これを戦いで用いるのではない」


「じゃあ何よ?」


「自爆用のマジックアイテムが中枢に用意されているだろうから、それを凍らせるのだ」


「……正気?」


「私が彼らの立場ならそうする。言っただろう、これは戦争だ。相手が手を選ぶとは限らない」


 ルイナが淀みなく言い切る。


 自らの予想に塵ほどの疑問も持っていないようだった。


「それなら乗っ取った意味がないじゃないの」


「おまえが思い至らないのも無理はない。真っ当な倫理観を持っていれば、脳が想像することも理解することも拒絶するのだからな」


 ルイナの言葉に貶されたような気がして、クエナが片方の眉を下げて不快感を示す。


「さすが。外道同士は同じ考えを共有できて素晴らしいわね」


「こんな考えができるから、きっと私は生き残ってこれたんだ」


 ルイナの顔に陰りが生まれる。


 それが気を引くような演技であると分かりながら、どこか魔性な力にクエナは意識を別のものに逸らすことができない。


「私みたいに帝国から離れれば良かったじゃないの」


「本気で言っているのか? おまえは私が助けていたことに気が付いていないのか?」


「……それを信じろって?」


「私たちの兄弟が死んでいったのを覚えているか」


「知ってるわよ。父が……帝王が衰弱した時に一気にね。どうせ、あんたが裏で殺しまくってたんでしょ?」


 クエナの嫌味に、ルイナが弱々しい顔で俯く。


「おまえは不思議に思わないか。ウェイラ帝国は実力主義なんだ。それなのに頂点だけは血筋で決まるなんて。そして、それを誰もが妄信するなんて。ちょっと考えればあり得ないことだってくらい分かるんだよ」


「あんたが下の人間を押さえつけたんでしょ」


「私が女帝になった時の話はしたか?」


 否定も肯定もせず、ルイナが問う。


 それにクエナが思い返しながら応える。


「前宰相一派を殺して村を燃やしたんでしょ」


「宰相一派を殺したのは本当だ。しかし、村を燃やしたのは私じゃない」


「は? あんた……言ったじゃないの! 村を燃やしたのは自分だって!」


「だからそれが嘘だと言うんだ」


 ルイナが呆気らかんと言う。


「あああーー! あんたと話してると頭がおかしくなりそうだわ!」


 クエナが頭をかきむしり、赤髪を揺らす。それが燃え盛る炎のようにすら見えるのは鮮やかな証だろう。


 似たような色と長さを持つルイナが微笑みながら目を細める。


「いいか、この時だけは私は本当のことしか言わない」


「その時点で嘘なんでしょ、どうせ!」


 クエナがびしりと指さしながら言う。


 もう騙されたくはないようで、人間不信に陥っている気すらあった。


 だが、気圧されることなく、ルイナが続ける。


「本当だ。実はジードに本音を伝えたんだ」


「ほ、本音……?」


 つい気になってクエナがオウム返しする。


「意中だと伝えたよ」


「い……!?」


 そんな言葉で顔を赤らめるくらいには、クエナも純情な心を持ち続けているようだった。


 ルイナもどこか面白そうに笑みを深めている。


「だからもう一人くらいなら私の胸中を吐露しても良いと思ったんだ。そして、思い浮かんだのが昔から気にかけていたおまえだ」


 和やかな雰囲気が一変した。


 クエナが目を尖らせて矛盾と思しき点を指摘する。


「ほら、うそじゃないの! 私のことなんて気にかけてなかったはずでしょ!」


「私は家族が大好きだったのさ。でも表にはあまり出していなかった。そうやって隠すのは生まれた時からの癖なんだろう。生きるための処世術ってやつだ。おまえならわかってくれるだろう? 宮廷にいるとそうなってしまんだよ」


 思い当たる節があるのか、クエナが押し黙る。


「前宰相は女を生かしておければ誰でも良かった。やつが婚姻を結べば晴れて帝王だからな。だが、ミスを犯したんだ。私を活かすというミスを。結局返り討ちにあったわけだ」


「じゃあ村を燃やした意味はなんだったのよ」


「私を揺さぶるためのものだよ。地位が危うくなれば婚姻を結んで簒奪できると考えたわけだ。子供なんていなかったし、継承権もおまえや親戚筋くらいなものだったからな。簡単な計画だったろうさ」


 クエナがひし形のマジックアイテムを握り、背を向ける。


「……どうしてそんなに良い子ちゃんぶりたいのか知らないけど、正直興味ない」


 ルイナの返事を聞くことなく、クエナが表に出る。


 外にはネリムが立っていた。


「盗み聞きしてたの?」


「クエナを待っていたのよ」


「それ同じことじゃないの?」


「どうでしょ」


 クエナとネリムが横並びで歩く。


 しばらくしてからネリムが口を開いた。


「私が邪剣になってさ、自分の国が滅んでいたことは聞いてたのよ」


「急になに?」


「気が狂いそうな年月が経ってさ。家族のこととか思い出したの。色々あっても、やっぱり家族って特別な関係だと思う。そっちにも複雑な事情はあるんでしょうけどね。ロクな別れ方しても喪失感すごいわよ」


「……だって、あいつなんて何を考えてるのか分からないし」


 クエナが口を尖らせながら言う。


 心情的には譲れない部分があるのだろう、とネリムが察しながらも首を振る。


「今回の作戦、覚えてるわね? 私とクエナで中枢に突撃。『アステアの徒』の魔法部隊を殲滅するの。たった二人でね」


「それが何よ」


「大仕事じゃないの。ルイナの腹心はユイって子のはずでしょ。あんたはそれだけ認められてるってことよ」


「別にこれくらい」


 ネリムが続ける。


「それにさっきの話だけどさ。気づいてる? ルイナが女帝になったのなら宰相の思惑は達成されているはずよね。なら他の血筋は邪魔なだけ。力のある公爵家とか将軍家とか、他の国の王族とかなら消すのは難しいだろうけどさ。クエナは駆け出しの冒険者だったんでしょ。なら殺されてもおかしくはなかったはずよ。でもクエナの様子からして暗殺者の気配すら感じなかったのよね。誰かが守ってでもいないかぎり変な話よ」


「そんなのいくらでも反論できるし」


 クエナが口を尖らせながら言う。


 強情なクエナにネリムが両肩を上げて首を振る。


「強情ね」


「あいつの日頃の行いが悪いからよ」


「そうかもね」


 ネリムの頬が綻ぶ。


 つられてクエナも笑ってしまう。


「まあでも、うん。少しはあいつの話を聞いてやってもいいかも」


「それがいいかもね。何もわからないままは……きっと良くないから」


 ネリムが空を仰ぎながら言う。


 思い出しているのは亡き勇者のことだ。


 なにが彼女を裏切りに導いたのだろう。


 もっと話していれば結末が変わっていたのか。


 いくら反芻しても答えは出てこない迷路だ。


「……あれ、でもさ。ルイナは私とジードだけに本心を話しても良いって言ってたわよね。ネリムが盗み聞きしてたのならジードと私とあんたで三人になるわよね?」


 それはルイナの望むところではないはずだ。


 なぜかクエナの心の中にモヤモヤが生まれていた。その正体を彼女はまだ知らない。


「あ、戦場が良い感じに白熱してるわね」


 クエナの言葉を遮るようにネリムが戦場を見る。


 ジト目でクエナがネリムを見るが、決して振り替えられることはなかった。その代わり手が差し出される。


「それじゃ転移するよ。中は空間を把握してないから、ここから見える王城の上あたりに飛ぶわよ。どうせ魔法を使ってる連中もそこら辺にいるでしょ」


「はいはい。さっさと行きましょ」


 戦闘前の空気感ではない。


 だが、それはある意味でリラックスのようなものだ。


「――転移」


 ネリムの言葉と共に、一瞬にして二人の表情が引き締まる。


 この切り替わりの速さが、二人は熟練の戦い手であると伝えていた。



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