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俺は覚悟をしていた。
ソリアと戦うと、フィルと戦うと。
けど、予想に反してソリアは冷静だった。
場を制して俺の話を聞いてくれた。
だから俺も包み隠さずに話した。
『アステアの徒』について。
過去の勇者パーティーについて。
ウェイラ帝国で起こっている洗脳について。
俺が言葉足らずになってもクエナやシーラが補足して、多少は上手く説明できたと思う。
ソリアは時に得心のいったような顔をしていたり、複雑そうな顔をしていたり、様々な表情を見せてくれた。
「――以上だけど……質問とかある?」
「山ほどあります」
「もちろん、付き合うよ」
かなり長く語ってしまった。
ソリアはその間にも途切れることなく話を聞いてくれていた。
今度はこちらの番だ。
「いえ、ここで問答をしていても時間が勿体ないでしょう。私としても戦うつもりはありませんから」
かなりあっさりとした回答だ。
少しだけ疑念が浮かび、それを晴らすために逆に尋ねる。
「ソリアは俺が強いと思うか?」
「はい。ジードさんに勝てる人はいませんよ」
「じゃあさ……今回戦わなかったのは俺が怖いからなのか?」
「え?」
ソリアが意外そうに目を丸くする。
質問の意図が掴めなかった可能性も含めて新たな言葉を付け足す。
「多分、俺はソリアに迷惑をかけてると思う。アステアの威光を砕こうとしているし、ソリアが戦わなくなったら神聖共和国にとっても不利に働くよな」
「私に配慮してくれているんですね」
「そりゃ……まぁ」
強さとか、そういうの抜きで話したかった。
俺は自分で足りないところとかバカなところを分かっているつもりだ。だから力を振りかざして誰かの意見を束縛するような行為は避けたかった。
「ジードさん、安心してください。私は結構ズルくて抜け目がないんです」
ソリアが俺に近づきながら続ける。
「私はたしかにアステア様の威光を盾にしてます。それで各国を行ったり来たりしています。でも死を厭わないほどの信心ではないんです。ただ都合が良いから利用してるだけなんです」
敵意はない。
「そんなズルい子だから、フィルだって私の傍に居てくれます。もっと良い待遇を受けてもいいのに一緒にいてくれます。みんな信じてくれてるんです。その証拠に、ほら。ジードさんにもこんな距離まで近づけました」
ソリアがあと一歩のところで立ち止まる。
それから両手を俺の頬にあてて――引っ張った。
「だからこんな不意打ちだって出来るんですよ」
「いひゃい(いたい)」
ソリアの顔は悪戯を成功させた子供のように無邪気に綻んでいた。
ちょっと強めにつねられているのは彼女の心境が反映されたからなのだろう。
「私は怒っています。ジードさんが怖いから私が戦わない? 違います。ジードさんが好きだから戦わないんです。きっと仲間だった人たちと敵対する結果になるかもしれません。でもジードさんが殺されるなんて話を看過したくありません」
ソリアがぱっと手を放す。
まだじんじんと痛みがあり、熱がこもっている気がした。
でもその熱は不思議と嫌な感覚ではない。
「ひとつだけ尋ねます」
「あ、ああ、なんでも聞いてくれ」
俺が口ごもってしまったのは思い返してしまったからだろう。
会話の中に自然と入っていた『好き』という単語を。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、ソリアが真剣な表情で言う。
「もしも私たちが神聖共和国から離反したら、私たちを受け入れてくれますか?」
「当たり前だ」
「ふふ、即答ですね」
上品に口元を抑えながら、ソリアが微笑んでみせた。
すると話を聞いていたシーラが興奮気味に両手を振って言う。
「わぁい! 家族が増えるね!」
「えへへ」
ソリアが顔を手で隠す。
「……ど、どういうことだ?」
頭に疑問符が浮かぶ。
話の進展が読めない。
「今の告白でしょ」
クエナが隣でボソリと呟いた。
「えっ!?」
さすがに度肝を抜かれる。
まだユイの件だって解決してないのに――。
「な、ななな、なんだとぉー!?」
近くで話を聞いていたフィルもどえらい絶叫を発していた。
◆
神聖共和国との境にある、ウェイラ帝国の国境。
そこには外壁が築かれる規模の街があった。クゼーラ王国とも近く、多くの人々の意見が交わされることもある。
今の話題はウェイラ帝国で発生したクーデターだろう。
「なんだかルイナ様が優勢みたいだな?」
ウェイラ帝国正規軍の行進を見ながら、外呑みができる場所で人々が話していた。
「複合軍が各地で物流を滞らせたから飯がなかったのにな」
「もうずっと戦いに勝ってるらしいぞ」
「ほら、【光星の聖女】のソリア様だってウェイラ帝国に付いたって話じゃないか」
情報が流れるのは早い。
それは記者や目撃者の噂によるものだろう。
あるいは、
「やっぱりジードがウェイラ帝国にいるってのがデカいんじゃないっすか? ソリア様はジードに救われたことがあるって話は有名っすよ」
エクのような情報屋が陣営の有利になるよう働いているからかもしれない。
「おお、勇者を断ったあいつな! いろんな場所で複合軍の連中を叩いてるって聞くぞ。なんでも一万人をたった一人で倒したとかさ!」
「いやいや、俺は十万って聞いたぞ」
「ばか。そんなことになったら戦争終わってるだろ」
それはたわいない雑談だ。
しかし、刺激の少ない民衆の好奇心や興味をくすぐる。
そこにエクがスパイスを加える。
「アステア教も変な噂ばかりっすからね。ジードが勇者を断ったのも、きな臭いのが分かってたからじゃないかなって思ってるっす」
エクの言葉に男が手を叩く。
「おお、それだと辻褄が合うな。てか嬢ちゃん若そうなのにいっぱい知ってそうだな!」
「うっす。こういう話は大好きなんでね。もっとありますよ」
「いいな! どんどん聞かせてくれよ!」
噂話が大好きな民衆にエクが無償で情報を運ぶ。
打倒アステアのためとはいえ、まさか看板頭にされているとは今のジードはまだ知らない。
しかし、それで着実にジードの評判が回復されていることもまだ知らない。
◆
そこは『アステアの徒』の中でも極秘中の極秘。
神聖共和国と魔族の国境線から入ることのできる、地下深くにある神殿だ。
そこにはロイターと直属の部隊が石畳の部屋にいた。
彼らは軒並み膝を付いている。
眼前には淡い光が虚ろに浮かんでいる。
「アステア様、戦況は着々と進んでおります」
ロイターに呼応するように光は強弱している。
声はないが、ロイター達は何かしらの反応を受け取っていた。
「戦況はこちらが依然有利です。……はっ。ウェイラ帝国は抵抗をしています。ソリアが裏切ったという話も……たしかに」
ロイターが表情に見える程度の狼狽をしている。
「……はい。ジードもウェイラ帝国側に背いたとのことです。しかし、最初からアステア様の威光を無視しており……」
ピクリとロイターが揺れる。
「御心配には及びません。私がいますし、『アステアの徒』が育成した精鋭も揃っています」
それはロイターの背後にいる者たちだ。
彼らは全員が非合法に育てられている。
訓練中に死者が出ようとも関係なく、ただ圧倒的な力を持つためだけに育てられた。
「まさか……よろしいのですか!」
ロイターが歓喜を漏らす。
居ても立っても居られない様子で立ち上がった。
同時に淡い光がロイターを包み込んだ。
空間が揺れる。
軽い地震が起こっているようであった。
「はははっ! これはすごい!」
魔力は通常、視界に捉えることなどできない。それができるのは人外の領域にある者だけだ。
しかし、精鋭部隊たちはロイターから溢れている黄金色の魔力を確認した。
あまりにも激しく濃密な魔力でありながら無尽蔵を思わせるほどの放出量だ。
「これならばアステア様に逆らうゴミ共を――!」
ロイターの瞳がギラリと光る。




