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 神都アステア


 女神の名を冠する神聖共和国の中心部である。


 外壁は発展の象徴だ。


 数メートルから数十メートルの外壁は魔物や敵から身を守る。また民を安心させる威容でもあった。


 神都アステアは七つの外壁からなる。


 最初は一つの外壁があるだけであった。しかし、人口が増加し、経済の余裕も相まって、長い月日を経た後に巨大な姿に変貌を遂げた。


 老若男女、あらゆる種族を問わず、数百万の人々が住まう超巨大都市だ。


 都市は治安が良く、大都市にしては珍しくスラム街などは存在しない。アステア教信者の協力のもと、高い税制と高度な福祉によって十全に発展している都市である。


 理想ともいえる姿だが、それは信教という一つの大黒柱が備わっているから存在しえているとも言えた。


 神都アステアの最たる特徴は他にある。


 都市の中央に存在する巨大な神殿だ。それは大都市の中央にありながら、真・アステア教の中でも大陸で随一の大きさを誇っている。


 緑色の髪が風でたなびく。


 神殿でスフィは信者に囲まれていた。


 全員が慌ただしく廊下を歩いている。


「ウェイラ帝国で騒動があったそうです」


 信者のひとりが情報をもたらす。


 手には報告書らしきものが握られている。


「聞きました。ルイナ様が逝去されたとか」


「――いえ、あいつは生存していますよ」


 スフィのもとにロイターが来る。


 ロイターのすぐそばには異様な集団がいた。二十人からなる武装集団だが、戦闘は素人のスフィでさえ桁違いの戦力を感じさせる。


「あいつ……ですか?」


 スフィが違和感を覚える。


 仮にもルイナは一国の主であり、立場あるロイターの不遜な言動には不用心さがあった。


 ロイターは諭すように優しく微笑みかけた。


「ええ。ルイナは民を理不尽なまでに苦しめてきました。ご存じでしょう。度重なる戦争を。だからこそ今回のクーデターに繋がったのです」


「クーデターなのですか?」


「そのようです。どうでしょう、スフィ様。義はクーデター側にあります。神聖共和国としても、真・アステア教としても、支援をしてみませんか」


 スフィが不審に思う。


「まずは情報を集めることが先決ではないですか?」


 慎重な態度だ。


 事は容易く決められることではないとわかっている。


「それはこちらでしております。実はクーデターを起こした人間ともつながりを持っていますのでご安心ください」


「あまりにも用意周到すぎませんか? 昨日のことなのでしょう?」


「ウェイラ帝国がこうなることは予想していましたから」


 ロイターがニッコリと微笑む。


 それが逆に張り付いた仮面のような笑みに見えて、スフィの疑念がより深くなる。


「せめて私が全容をある程度まで把握できない限り、真・アステア教の方針は決められません」


「それは困りますね。神聖共和国に対して意向も伝えなければなりません」


「なら、あなたが知っている情報を開示してください」


 スフィも引かない。


 持っている権限と影響力の大きさを、彼女自身が一番知っているからだ。


 スフィの脳裏にあるのは魔族によって支配されていた、旧時代のアステア教だ。


 ロイターが提案を持ちかける。


「ではこうしましょう。私がスフィ様に情報をもたらすのと同時に、私に権限をお与え下さい。今なおウェイラ帝国の信者が苦しんでいますから、はやい段階で解決するためにも並行して行います」


「そうすれば、万が一ロイター様に間違いがあっても私が正せる……ですか?」


「さすがのご明察です」


 ここが妥協点だとばかりにロイターが詰め寄る。


 スフィ率いる信者と、ロイター率いる部隊の空気が剣呑になる。


(内輪もめをしている場合ではない……)


 スフィが頷く。


 ロイターはアステアが神託を下した剣聖だ。


 さらにギルドに長い月日いた経歴も、日頃のアステアに忠実で奉仕的な姿勢も見せている。


「わかりました。私の名の下に真・アステア教に関する権限、神聖共和国から与えられている特権の利用を許可します。アステア様が任命した剣聖の力と徳を発揮してください」


「かならずや」


 それはロイターの打った次なる布石だった。


 ウェイラ帝国に他国の手までもが迫っている。







 ルイナの死亡が各地で伝えられてから一週間が経過していた。


 俺達はウェイラ帝国の外縁部にあたる都市にいた。


 隣接する小国との交易ルートのため、通常の都市よりも規模が大きく、道も整備されている。


 ルイナとリフはここを拠点にすると決めた。


「どうじゃ、見えるか?」


「ああ。煙みたいだけど、たしかに魔法が使われている」


 外壁に立つ俺とリフは問答をしていた。


 魔力の見える俺が、洗脳魔法イムラリを目視して確認するように言われていたのだ。


「ふむ、やはりか。ここがギリギリじゃの。想定していたよりも距離を伸ばしておるからやりづらいの」


「かなり強力な魔法みたいだが大丈夫なのか? やっぱり俺が単独で侵入した方が良い気がしてきた」


 もしも味方全員が敵に翻るようなことがあったら本末転倒だ。


 しかし、リフには考えがあるのか、胸を張りながら頼もしい顔で頷いた。


「安心せい。わらわが生み出した魔法じゃからの。……ただ、こうも常時展開しているとなると厄介よの。洗脳魔法イムラリは心の魔法。常に掛けなくとも効果は維持されるのじゃが」


 効果が維持されるということは、外部に派兵しても問題ないということだ。


 となると……待てよ?


 俺の中でひとつの予感が生まれた。


「二人ともー! ルイナが呼んでるよー!」


 外壁の下側から声がする。


 シーラだ。


 手を振って存在を主張している。


「わかった! 今いく!」


 リフと顔を見合わせ、外壁を下りる。




 俺の予感は的中していた。


 一度洗脳してしまえば外にまで行ける。


 ということは範囲外にも攻め込めるわけだ。


「ウェイラ帝国の部隊が動き出した。帝都で待機していた第一軍、三と四、それから八だな」


 ルイナが掴んだ情報を共有する。


「強いのか?」


 ネリムが問う。


 この時代の軍事力については知識外なのだろう。


「強いさ。列強の中でも最強の帝国、その主力級だからな。第一軍と第三軍の長はイラツとバシナだ。ジードとも面識はあるはずだが、どうだ?」


「う~ん?」


 急に問われて首を傾げる。


 名前は聞いた覚えがあるような、ないような。


「バシナは元々Sランクだった男じゃよ」


「イラツの方は生粋の武家出身だ。代々ウェイラ帝国に仕えていて軍長を務めている」


 リフとルイナが言う。


 やはりピンと来ていない。


 クエナがあきれ顔で横から入ってくる。


「バシナといえば神聖共和国の勇者試験で出会ったやつよ。覚えてないの? 元々は第0軍で、あんたにボコされてから降格させられちゃったやつ」


「ああ、なんとなく思い出してきたかも。たしか副軍長とかになったんじゃなかったっけ?」


「昇格したのさ。ジードの一件以外はミスをしていないからな」


 なんだか申し訳なくなる。


 シーラが手を挙げる。


「それで! どうして軍隊がここまで来たの? バレちゃったの?」


「ああ、連絡網やニュースを使って大々的に知らせたからな。私の生存と集合場所」


「大胆ね……」


 ルイナのおおっぴらな言動にクエナが額をおさえる。


 たしかに、わざわざ誘い込むようなやり方だ。


「仕方ないだろう? 時間をかけても相手が有利になる一方なのだからな。それでギルドの方ではどれくらい人が集まりそうなんだ?」


「Sランクが一名と二パーティー、Aランクが四名と十パーティー集まってきている。その他のランクの者も含めると数百人くらいじゃの」


「数は少ないな。しかし、質は期待していいのだろう?」


「もちろん。数を揃えるだけなら一万は固い。今回は質をメインにしたのじゃ。ただ問題があるとすれば、今回の戦いには間に合わないことかの」


「意味ないじゃないか」


「なはは」


 苦笑をしながらリフが頬を掻く。


「それなら俺たちだけで戦うのか?」


 ここは本来なら交易拠点の都市だ。隣国が間近にある特性上、防衛機能と戦力は備わっているため、戦闘になればやりやすいだろう。


 またルイナに呼応して洗脳魔法にかかっていない兵も集まってきている。


 だが、リフは俺の予想に反して頭を振った。


「ふっふーん。そろそろ、わらわの出番じゃろうて」


 顎に手をあててリフがキメ顔をする。


 どうやら自信があるようだ。







 地平線の彼方から数万の人間が現れる。


 地面が揺れるほどの大行進だ。


 国旗は揚げられていないが、装備でウェイラ帝国の人間だと分かる。


 彼らが向かう先には一人の可愛らしい少女がいた。


 膝まである紫色の髪に、黄金色のクリクリした瞳をもっている。


 今や全大陸に名を轟かせるギルドのマスターであり、かつては賢者と呼ばれていたほどの人物だ。


「大漁じゃのー」


 眩しい太陽を手で遮りながら、さもありなんと呟く。


 自然と魔物さえ避ける巨大な軍勢に対して、微塵の恐れも抱いていない声音であった。


「さて、やるかの」


 リフがパンと手を叩く。


 その魔法は音速と同等の速度だった。


 ジードが見ていれば、一糸乱れぬ魔力の円がリフを起点に展開されていたことだろう。


(これが届けば洗脳も解除できるが――)


 願望とは裏腹に、リフの魔法は衝突する。


 軍隊を守る円が同時に展開されていたからだ。


 これも同様に魔法である。


 魔力を阻害するタイプではなく、洗脳を解除する魔法に反応するよう築き上げられている。


 かなり限定的な使い道だが、それは自分たちからも攻撃を行使するための最善ともいえる防御魔法だった。


「キツいのー。ちゃんと防衛策も用意しておるか」


 炎が空中を覆う。


 それがもしも水であったのなら、海で波に襲われているような錯覚に陥るだろう。


 少なくともリフの視界を埋め尽くすほどの魔法が発動していた。


 それらは地面を焦がし、抉る。


 たった一人の少女を殺すには明らかにやり過ぎである。


 しかし、今回はそれでさえ不適格であった。


 炎が霧散し、残ったのは無傷のリフであった。


「まったく。困ったものじゃの」


 パンパンと衣服についた土ぼこりを払っている。


 衣服にさえ傷はなかった。


 圧倒的な力の差を感じるはずだが、軍隊の動きは止まらない。


 動揺のなさは洗脳魔法が使われた痕跡ともいえる。


 第二第三の魔法が放たれた。


 だが、それは悪手であった。


「そこか」


 雲よりも高く、それはあった。


 一見すれば星のような輝きを放つ球である。


 それはリフの『目』だ。


 視野を拡大するためにリフが至った、第三の目。


 それが見たのは魔法を放つ部隊の存在だ。


「こやつらは『アステアの徒』か……ならば遠慮はいらぬな。吹き飛べ。――風殺(ふうさつ)


 リフが口にすると、『目』から雫のようなものが落ちる。


 しかし、それは空中の半ばで突然現れた影によって止められる。


 バシナ・エイラック


 かつてはギルドでSランクの看板を背負っていた、人族トップクラスの実力者だ。


 バシナの大剣がリフの魔法と触れ合う。キィンっという高音が響き渡る。同時に衝撃波が人々や木々を吹き飛ばした。


 かなり距離をとっているリフでさえ、長い髪がたなびいていた。


「なんじゃい。止められたか」


 大して期待していなかったのか、驚きも心残りもなかった。


 しかし、その魔法が地面に触れていたなら、魔法部隊は全滅していただろう。


 だからこそバシナが護衛に回っている。


 リフの視界に前線部隊の顔が見えてきた。


 最も前に立つのはイラツ・アイバフである。ウェイラ帝国の第一軍の長だ。


「む」


 リフがイラツと認識するや、彼は煙と共に消える。黒い点が急速に近づいてくると思う次の瞬間には刹那の距離に詰められていた。


 ニヤリとリフが笑う。


「転移」


 リフが敵軍の中央に立っていた。


 転移には幾つかの発動条件がある。


 大前提として、あらかじめ転移する場所を知っていて、イメージしなければならない。


 ならばリフは敵の魔法部隊が来る場所を予期していたのだろうか。予期していたから先んじて場所の下調べをしていたのだろうか。


 正解は否だ。


 あらかじめ用意していた『目』と併せて発現できる極めて高度な魔法であり、リフが滅多に見せない本気の戦闘スタイルだ。


「本来は遠距離戦闘のために使う避難用の魔法なんじゃがの」


 リフが肩を竦める。


 空中にはバシナ。


 先ほどまでリフがいた距離にはイラツ。


 どちらも軍隊の主力戦力で、魔法部隊の護衛でリフと近距離戦闘を行える者はもういない。


「さて」


 リフが人差し指を立てる。


 間を置かず、指先から飴玉ほどの風の球体が出現した。


 それはボコボコと歪に形を変えていくつもの槍となった。


 球体をベースに、槍が無数にまばらに備わっている。


「さらばじゃ、『風槍(ふうそう)』」


「こ、こいつ……っ!」


 槍は、殺すための大きさに変わって球体から飛び出す。


 あらゆる部分が串刺しになって魔法部隊は全滅した。


 対抗する存在が消えて、リフが洗脳を解除する魔法を放つ。



 俺達は野営地のテントにいた。


 テントの中にはルイナ、ユイ、リフ、そして俺と残る二人がいた。


「も、ももも、申し訳ありません! このイラツ! 一生の不覚です!」


 イラツが頭を地面にぶつけながら平伏している。


 相手はルイナ・ウェイラ。


 自らの上司にして女帝だ。


 ルイナは豪奢なソファーに座ってイラツを見下ろしていた。


「気にするな。おまえ達が操られるのならどうしようもないのだろう」


 おまえ達。


 イラツの隣にはバシナもいる。


 彼もイラツ同様に平伏していた。


 滅多にミスをしないだけに、過剰なまでの反省を見せているようだ。


 俺と戦った後もこんな感じだったのだろうか。


 罪悪感が余計に増していく。


 むしろ滅多にミスをしないのならそこまで頭を下げないでいいと思うのだが、彼らの忠誠心がここまでさせているのだろう。


「そうじゃそうじゃ。あれはわらわの発案した魔法じゃからの。おぬしら程度の小童に抗うことなどできんわ」


 リフはかっかっかと笑っている。


 自慢気ではあるが、周囲の目は冷ややかだ。


 特に最たるはルイナであった。


「そもそもおまえが作っていなければ誰も操られていなかっただろう」


「バカ者め。そうでもしなければ『アステアの徒』に信用されなかったのじゃ」


「もっと別の魔法でもよかっただろう」


「ならばウェイラ帝国を吹き飛ばす魔法を提供するべきじゃったかの?」


「……ちっ」


 リフとルイナがバチバチにやりあっている。


 被害者と加害者の関係だが、リフのおかげで戦況が取り戻しつつあるので何とも言えないようだ。


 リフ……ちゃんと反省しているのか?


 いつかルイナにこっぴどくやられそうだ。


「それで、今後のご予定はどうなされるのですか」


 イラツが恐る恐るといった様子で尋ねる。


「こうして防衛用の戦力も集まった。洗脳のされていない部隊や傘下の国々を集結させ、総力戦を仕掛ける」


「よろしいのですか? 我々ウェイラ帝国に仇なそうと考える勢力は多くいます。時間を掛ければ敵も抱き込もうとするはずではないでしょうか」


「ウェイラ帝国に侵攻した時点で『アステアの徒』になびくであろう勢力は取り込まれているだろうさ。ならば丁度いいゴミ掃除だ。こちらには最強の軍事力を持つウェイラ帝国と、最強の戦力集団であるギルド、それに――」


「大陸最強の個体ですか」


 イラツが俺を見る。


 おそらく俺のことを指し示した言い方なのだろうが、『個体』ってなんだ。人を扱うような言い方ではない。


 不満げな態度を出したからか、イラツが俺から目を逸らした。


「そ、そこまでお考えでしたら私が口を出すわけにも参りませんな」


「おまえ達には周囲の警戒を任せる。味方にはウェイラ帝国の国旗を揚げるように伝えてあるから同士討ちは避けろ」


「かしこまりました」


 イラツとバシナがテントから離れる。


 リフが言う。


「今回の一件でわらわが敵対したことは知れ渡ったじゃろうな。これで戻ることはできなんだ」


「なんだ、名残惜しいのか?」


 ルイナが茶化す。


 ここでリフも敵対したら面倒だが、そうはならないと確信しているのだろう。


「バカを言うな。万が一にでも知りたい情報が出てきた時のことを考えていたのじゃ」


「ならばジードにスパイでもしてもらうか?」


「え、俺か?」


「安心せい。ルイナの冗談じゃ。ジードをスパイとして使うくらいならこっちで暴れてもらう」


 スパイなんて器用な真似できそうにないから助かった。


 だが、これで『アステアの徒』の敵対することは確定的だ。


 頭に過るのはソリアやスフィ、フィルのことだった。


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