16
俺たちはリフの下に戻るため、長い洞窟を歩いていた。
先が見えにくい道ではあるが、幅も高さも大きいため、クエナが炎系統の魔法で照らしている。
そのクエナの炎魔法を以ってしても解けない氷が洞窟を覆っていた。
「こんなの私が来た時にはなかったんだけど……」
「急いでたから全部凍らせたんだ。魔物には申し訳ないことをしたな」
BランクやAランクに相当する程の強力な魔物が凍り付いている。
勘の鋭い魔物は危険を察知したようで、凍結から避けようと逃げている姿もあり、無差別に倒してしまったことに対して罪悪感がふつふつと湧いてくる。
しかし、こうでもしなければ襲われていたことだろう。
「ところで、リフは私に何がしたいの?」
「さぁ」
ネリムの問いに首を傾げる。
すると、目を細めてきて睨んできた。
「なにそれ、怪しいんだけど。今からでも全力で逃げた方がいいの?」
「いや、本当にわからないんだ」
「ふーん。でも、彼女『アステアの徒』の一員なんでしょ。私を邪剣から解放した時にそう名乗っていたけど」
「そうなのか?」
すこし驚く。
つまりネリムに魔法を掛けた連中と同一の組織に所属していることになる。
もちろん、時代は違う。
アステア教も一時的に解散して、名目上は新たな組織となっている。
そもそもネリムは遥か昔の人物だったそうなのだから、組織を変えずに維持する方が難しいのではないだろうか。
(それでも……ネリムから見れば俺達は怪しさ満点だな)
だが、俺としてはリフを信じて欲しい。
あいつから悪意は感じない。
俺の考えに理解を示せる部分もあるようで、ネリムは不服そうに頷く。
「ええ。でも、あなたにマジックアイテムを持たせていた。あの呪いの魔法を解除できるものを。私の時代にはなかったものを。きっと私も救ってくれるつもりだったと思うの」
「そうなるとリフの目的はネリムを匿うことか?」
「おそらく」
ネリムが頷く。
不意に遠くで太陽の光が届いていた。
どうやら洞窟も終わりが近いようだ。
「私としては匿うのには反対だけどね」
そう言うのはクエナだった。
「どうして? 邪剣ちゃんが可哀そうじゃないの。あんな呪いの魔法を受けるようなら守ってあげるべきよっ」
「あんたねぇ……眠っていたから知らないだろうけど、シーラの身体を使ってアステア関連の施設を襲っていたのよ。今や大勢の人が討伐対象としてあんたを探しているの。犯人だと思ってるから」
「なんですと……!?」
さすがのシーラも、自分が置かれた境遇を理解したようだった。
アステアには『犯人』を差し出さなければいけない。
表面上はシーラであったが、真犯人はネリムだ。
仮にネリムを保護するのなら、シーラを差し出さなければいけない。
だが、シーラの無実を証明するならネリムを差し出さなければいけない。
それがクエナの主張だ。
俺もシーラを差し出すことに関しては反対で――
洞窟を出た俺達を出迎えたのは見知った顔ばかりであった。
「――お久しぶりです、ジード様」
緑色の髪を持つ年端もいかぬ少女がペコリと行儀よく頭を下げる。
「ああ、久しぶりだな。スフィ」
今やスフィは真・アステア教の中でも絶大な影響力を誇っている。もしかすると俺の方が頭を下げなければいけないかもしれない。
そんなスフィの隣には同様にして多大な影響を持つ少女が二人。
「ジードさんっ」
「ジード……」
ソリアにフィルだ。
「よ。元気してたか」
「はい! おかげさまで……! ……ジードさんもお元気そうで何よりです」
俺の言葉に嬉々として反応したが、すぐに厳粛な顔に戻る。
彼女達以外にもいる。
エイゲルとロイターだ。
「これだけのメンツが揃って何の用だ?」
「察しは付いているんだろう。おまえの後ろに隠れている女を渡せ」
ロイターがシーラを睨みながら言う。
俺の背後に見つからないよう隠れていたシーラがビクリと震える。
「断る」
「即答だな。では戦う用意が出来ているということで良いな?」
ロイターが大剣を抜く。
空気が薄くなった。
そう勘違いしてしまいそうな圧を感じる。
これがギルドで最強と呼ばれる男か。
平気そうな顔をしているのはネリムとフィルくらいか。
「ちょっと、勘弁してくださいよ。僕やスフィさんは非戦闘員レベルなんですから」
エイゲルが苦しそうに襟をパタパタと扇ぎながら言う。
首元が締まっているような錯覚に襲われたのだろう。
ロイターの発する圧倒的な強者のオーラはそれだけ重い。
「おまえは仮にも今代の【賢者】だろう。……スフィ様、ご安心ください。私は何があろうとも味方ですから」
エイゲルが賢者……?
たしか賢者には大魔法を取得している大陸随一の魔法使いが選ばれるはずだ。だが、エイゲルの魔力は一般人と同様に視える。
なんて。大体の想像はついていた。
マジックアイテムを使った戦闘をするのだろう。
身体のあちらこちらから変則的な魔力が漂っている。
きっと常備しているマジックアイテムから流れ出ているものだ。
「ちょっと待ってください。私はジード様と争うつもりはありません。きっと、それはソリア様もフィル様も同じでしょう」
ソリアもフィルも否定しなかった。
それは暗にスフィの言葉を認めていることに他ならない。
さらに隣でエイゲルが軽く手を挙げる。
「あ、僕もです。個人的に好感を持ってるんで」
「……っ」
いきなり孤立したロイターが絶句する。
まぁ、ロイター以外は知り合いばかりだしな。
エイゲルに関しても、彼の父親とは仲が良い……なんて言ったら小恥ずかしいのだが、俺は勝手にそう思っている。
「ジード様、私は無理を言ってここまで連れてきてもらいました。あなたとお話をするために」
スフィが両手を合わせて、まるで神に縋るように懇願する。
「シーラさんは真・アステア教に尋常じゃない被害をもたらしました。これ以上の野放しは許されません。信者や神父、シスターの間で不安が伝染しています」
「だからシーラを渡せ、ってことか?」
「どのような事情があれ、身柄を拘束しなければなりません。シーラさんの安全は私が保証します。私みたいな子供が言っても信じられないかもしれませんが……」
「いいや、スフィのことは信じられる」
「でしたら」
「それでもシーラは渡せない」
シーラとネリムを連れながら、こうしてスフィ達と会話すること自体がリフの依頼に反することであることは分かっている。
だが、スフィ達は真摯に対応しようとしてくれている。
それに応えなければ、これから余計に拗れるかもしれない。
「ジードさん……私はジードさんに必ず協力します……!」
「私や近衛騎士団はソリア様の意向に従います」
俺の譲歩しない姿勢を見て、何かしら察してくれたのだろう。ソリアとフィルが息を合わせて理解を示した。
それからエイゲルも頷く。
「僕もそちらに一票ということで。多数決なら一旦解散しなければいけませんね、我々は」
「平和的な解決が望めるのならば、な」
ロイターが補足する。
しかし、いきなり攻撃を仕掛けてくるようなことはしない。
いつどんな状況で荒事になっても問題ないと思っているようだ。
何より選択と決断はスフィに任せているのだろう。最後の確認とばかりにスフィの方を見ている。
スフィの視線が俺を捉える。
それから、次に会ったら返そうと持ち歩いていた聖剣を見つけたようだった。
「――条件があります」
スフィが苦々しい顔で続ける。
「勇者を引き受けてください、ジード様」
「……」
シーラのためにすぐさま返事をしたかった。
が、思いとどまる。
そう簡単に決めて良いことではない。
「シーラさんの罪は大きい。容易く解決できることではありません。そうなれば人々の目を誤魔化すための理由が必要です」
「そこで俺が勇者になれば良いということか? 受けたり断ったり……きっと、俺は嫌われ者になるな」
「安心してください。筋書きを用意すれば評価が改まることもあります。たとえば、今回神聖共和国を暴走した精霊たちが襲いました。それを止めたのはジードさんです。そこで改めて人を救う意義を見出し、勇者を引き受ける……これならば支持を得やすくなるでしょう」
それから、とスフィが続ける。
「犯人がシーラさんであることを知る人は少ない。今までの一件は暴走した精霊が元凶であるとして、偶然アステア関連の施設が襲われたことにします。シーラさんを目撃した人には、操られた人族がいたことにします。ほとんどが国の組織に属する公人か真・アステア教の関係者なので周知徹底は容易でしょう。操られていたのなら罪はない」
恐ろしいまでの計画能力だ。
何てことはない考えのようではあるが、それを恐らくこの場で一瞬にして考案して見せた。
あるいはこうなることを予期して幾つものパターンを考えていたのかもしれない。
そして何より実行するのはスフィ本人になる。
それはつまり、彼女が実行できる範囲での提案ということ。
おそらく今日にでも動くことができるのだろう。
俺の前に立っているのはルイナか、リフか。弱冠ながら、彼女たちを彷彿とさせるとは末恐ろしい。
「でも、問題がある。精霊を止めたのは俺じゃない。巨大な爆発が起こったんだ」
「それは僕ですね」
エイゲルが赤い水晶を取り出す。
親指の第一関節までくらいの小ささだ。
「そのマジックアイテムで爆発を起こしたのか?」
「ええ。試験段階なので僕以外はもっていませんけど。僕的には実戦での結果が見れただけで満足なので戦果くらい譲ります。問題なしです」
エイゲルがダブルピースをして口角を上げる。
「ジードさん、どうされますか。あとはあなた次第です」
「どうって――」
普通に考えれば勇者を引き受ける以外の選択肢は見当たらない。
だが、俺の答えよりも先に、ソリアが深刻な顔で言う。
「――スフィさんとロイターさんはギルドを辞めました。私もかつて、『聖女になるのならギルドを抜けてくれ』と言われています」
それは脅しのような助言だった。
「俺もギルドを……辞めさせられるのか?」
「いいや、あくまでも個人の判断だろう。勇者パーティーの仕事を全うするため、雑念を抱くことがないようにするための提案だ。リフ殿はよく考えている」
俺が勇者になる可能性を孕んだ途端、ロイターの物腰が柔らかくなっていた。いつの間にか大剣も鞘に納められている。
「ご安心ください、ジード様。ギルドを辞められたのなら、神聖共和国で最高位の騎士の称号をご用意します。それに真・アステア教の司祭の座も兼ねることができます」
スフィが屈託のない笑顔で言う。
「待て待て。俺がギルドを辞める話になっているが、それは別に強制じゃないんだよな? なら俺は別に辞めるつもりはない」
「強制ではないようですけど……」
ソリアの歯切れが悪い。
半強制的ということだろうか。わざわざ言葉にしようとするほどなのだから、きっとそれだけの空気が流れていたのだ。
しかし。
「どちらにせよ、俺には勇者を引き受ける以外の選択はないんじゃないのか?」
「……すみません。力及ばずで」
ソリアが申し訳なさそうに首を垂れた。
「いいや、ありがとう。戦わないでくれて」
それから背後のシーラが俺の裾を握り、おずおずと顔を覗いてくる。
「私のせいで面倒なことになってごめん……もしも嫌だったら勇者なんて断っていいんだよ……?」
「気にしなくていい。おまえが誰かに取られることの方が嫌なんだ」
「うぅ……」
それにリフとの約束もある。
もはやネリムの姿を補足されてしまった以上は完全に隠しきることはできない。
しかし、まだ無事に連れ帰ることはできる。
「――スフィ。改めて、勇者を引き受けるよ。節操がないけど」
「いえ! そのお言葉を聞けただけで嬉しいですっ!」
スフィの満足げな表情が印象的だった。
そして何より、敵意剥き出しだったロイターの雰囲気が一変して温和になったことも。




