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ブラックな騎士団の奴隷がホワイトな冒険者ギルドに引き抜かれてSランクになりました  作者: 寺王
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13

 シーラの行方を捜すために、クエナは情報屋をあたっていた。


 クゼーラ王都から離れた街。


 王都と比較すれば規模は小さく感じられるが、クゼーラ内では二番目の都市だ。


 そんな場所の路地裏のさらに奥深い暗闇。


 布で仕切られた薄汚い場所があった。


 クエナがそこに入る。


「人を探しているんだけど」


 中には艶やかな白髪の少女がいた。


「うい、クエナさんじゃないっすか」


「久しぶりね。エク」


 二人は知り合って数年になる。


 クエナにしてみれば質の良い情報屋として重宝しており、王都から距離はあっても必要な情報があれば通うほどであった。


「探している人ってシーラさんのことっすか?」


「ええ。目撃情報とかでも良いんだけど」


「ちっと高いんですよねぇ~」


「高いってことは仕入れてるのね?」


 エクの情報は頼りになる。


 仕入れているのであれば、クエナは出し惜しみするつもりはなかった。


「仕入れてはいますよ。でもぉ、知ってるやつが少ないっす。それに加えて口止めされているみたいで中々どうして厳しいんっすよねぇ」


「それで、いくらなの?」


「こんぐらいっす」


 エクが指を三本たてる。


 申し訳なさそうにウィンクまで付け加えていた。


「銀貨三十枚?」


「んにゃ、金貨三枚っすよ」


「かなり高いわね」


 通常の情報料にしてみれば法外ともいえる値段である。


 しかも曖昧な目撃情報がメインとなるであろう、本来は大きな価値がつきにくい人探しでこれだ。


 エクが補足するように言う。


「シーラさんを探している組織がふたつあります。ひとつは神聖共和国の騎士団で、もうひとつは真・アステア教っす」


「どこも情報を得ようとしているわけね」


「うっす。なんで金貨三枚には口止め料も含まれていると考えてくれると良いっす」


 エクが言うからには本当に情報を喋った相手については口を割らないのだろう。クエナはそんな確信があった。


 だが、クエナにはもうひとつの懸念点がある。


「この情報は誰かに渡したの?」


「シーラさんの目撃情報っすか? いいや、まだっすよ」


「じゃあこの情報は誰にも売らないでちょうだい」


「ん、独占したいんすか?」


「ええ」


 クエナの言葉にエクが一瞬だけ沈黙する。


 それからニヤリと笑う。


「じゃあ金貨三十枚になるっすよ」


「……わかった。でも二十枚しか持ってきてないから、また別のタイミングで十枚渡すのじゃダメ?」


「普通はダメっす。けどクエナさんは上客ですし、信じられるんでね。特別っすよ?」


「助かる」


 クエナがポケットから麻布を取り出してから渡す。


 あらかじめ詰められていた金貨二十枚が重々しく机に置かれ、ジャラジャラとぶつかり合う。


「毎度ありっす」


 エクは確認をすることもなく、麻布をそのまま懐に入れた。


 それからクエナの方を見る。


「ところで、どうしてそこまでしてシーラさんのことを探ろうとしているんすか? 独占するってことは誰よりも先に探したいってことっすよね。しかも、そのお金を払うだけのリターンがあるってことだし」


「気にしなくていいわ」


 エクの問いにクエナがばっさりと切り捨てる。


 それは余計な詮索をさせないためのものだった。


「すんません。情報屋の本分でして」


 えへへ、とエクが軽く頭を下げる。


「それで、シーラはどこにいそうなの?」


「ちょいとお待ちを」


 エクが布袋を取り出す。


 それは幾つもの紐によって縛られている。


 紐にはそれぞれ特徴があった。


 極端に長いものや短いものもあれば、赤色や青色などの色が割り振られていたり、結び方が違ったり……それが情報を厳重に保管するための暗号の役割を果たすマジックアイテムだと見抜ける者は少ないだろう。


 エクがそれぞれの紐を複雑に触った後に麻布から一枚の紙を取り出した。


 それは大陸全土が描かれている地図である。


 だが、特に何らかの目印があるわけではない。戦乱の時代であれば詳細な地図は価値の付けようがないほどに高価であったが、今ではありふれたもののひとつに過ぎない。


「さて、この地図に魔法の粉を吹きかけやす」


 エクが麻布から四つの瓶を取り出す。


 それからまずは青色の粉を適量手のひらに取り出して地図に吹きかけた。地図の様々な場所に青い点ができあがる。


 次に黄色い粉を取り出してから同じ要領で吹きかけた。今度は青色の点の幾つかを囲うように黄色い丸ができあがる。


「この青い点がシーラさんの目撃情報っす。さらに青い点を囲んでいる黄色い丸は、神聖共和国の騎士やアステア教の信者たちが重点的に聞き込みを行っていた場所っすね」


「なるほどね。神聖共和国の周辺が多そうね」


「じゃ、次の粉っす」


 エクが黒色の粉を吹きかける。


 それは日付と時間帯であった。


「これは?」


「シーラさんが出現した時間帯っす。不明なものは書いてないっすけど、大体の時間は分かるはずっす」


 転移は一日に何度も行えるものではない。


 だからこそネリムの行動パターンからは特徴が消されている。


 転移した周囲のアステア施設を軒並み壊した場合もあれば、ひとつだけ壊した場合もある。そして後者は後日になって再び訪れて潰している。


 完全に動きを悟らせないために動いていた。


「へぇ……でもこれだけだと難しいわね」


「そっすね。最後に赤い粉を吹きかけるっす」


 赤い点は青とも黄色とも重なることなく、山脈や地下洞窟などの険しい場所を指した。


「これは?」


「シーラさんの拠点の可能性がある場所っす」


「……多すぎない?」


 エクが挙げるということは、いくら「可能性」であっても信じるに値するものだろう。


 だが、それを置いても十を超す候補があった。


 しかも、そのどれもが危険な領域にあるものだ。


 仮に全てを探すとなればクエナの負担する労力は果てしないものになるだろう。


 それについてはエクも頷いた。


「いや、本当に。けど情報によるとシーラさんは転移を使ってるんでね。そうなると拠点の位置をここまで絞れただけで褒めて欲しいっす」


「……」


 クエナが腕を組んで首を捻る。


 これまでの経験をフルで動員して考える。


(拠点防衛だけを考えるならトラップを仕掛けられる地下洞窟が良いけど……転移での消費魔力を考えると神聖共和国からそこまで距離を取らないはず……。そもそも拠点を作るのに時間を掛けられないはず)


 ふと、考え込んでしまっている自分に気が付く。


 それからエクに、


「この地図はもらっていいの?」


 と尋ねる。


 じっくり考えるのであれば場違いだろう。


 静かな場所ではあるが、ここはエクが商売するための場所なのだから。


「ええ、どうぞん」


 すでに開示した以上、それは既にエクの手を離れて広がる可能性のある情報だ。よって地図程度であれば持ち出されても問題ない。クエナが独占した情報であれば尚更だった。


 エクが軽快に了承したのを確認するとクエナが地図を持ち出す。


「ありがとう。また来るわ」


「あーい、またどうぞ~」


 エクの声を背に、クエナは部屋を出る。




  ◇




 ウェイラ帝国。


 帝都の中心部。


 そこには女帝の住まう巨城があった。


「――ふーん。結局シーラが暴走した理由は分からずか」


 豪華に装飾された部屋。


 埃のひとかけらすら許されない清潔に整えられた部屋には三人の影があった。


 一人は女帝ルイナ。


 巨匠が作り上げたルイナ専用のソファーで足を組みながら座している。


 その背後には最側近のユイがルイナの守護を担っていた。


 そして、そんな二人に対しているのは一人の少女だ。


「うっす。もう一言も詮索させないって感じっす」


「おまえのことは頼りにしているんだがな?」


「力不足で申し訳ないっす」


「いいさ。クエナも他の情報屋を知っていて、真っ先に飛びついたのはおまえだったのだからな。クエナが一番信じているのはおまえということになる」


 ルイナの言葉を素直に受け取るのであれば、


(他にも息のかかったやつがいるってことっすね)


 ということになる。


 決して穏やかではないが、逆らったところでどうにもならない相手なのは分かりきったことであった。


「それもこれもウェイラ帝国の情報網を貸していただいているからっすよ」


 エクは正式な軍属ではない。


 あくまでもルイナの私兵のような括りである。


 かつてはユイもそうであった。


「それを差し引いても優秀だよ」


「なはは、あざます。ユイさんの後を継ぎたいっすけど、影の部隊になるには戦闘力がてんでからっきしなんで。これくらいはさせてもらいます」


「……」


 褒められてもユイは微動だにしない。


 まるで人形か死体か。


 徹底的に消された存在感は恐怖すらも呼び起こすほどだ。


「謙遜するな。皇室で義務的に戦闘を習った私よりは幾段も強いだろう」


「まぁ、一人でやっていくくらいにはっすけどね」


 情報屋は危険な職業だ。


 情報を買い取れば後は用済み、漏らされる危険性を考慮すれば排除した方が良い……なんて思われることさえある商売である。


 いきなり襲われることだって多い。


 その対価はもちろんあるが。


「ああ、それと今年の分だったね。準備させておくから帰りに受け取ってくれ」


「ありがとうっす。ウェイラ帝国は払いが良いから震えるっすよ」


 なはは、と笑いながらエクが言う。


 実際ルイナがエクに渡している額はシャレにならない。


 エクの一年分の報奨金だけで十の家族の一生分を養えるほどだ。


 まだ若いエクがそれだけ稼ぐ手段はこの商売以外にはなかったかもしれない。


「そういえば、組合や銀行経由でも良いだろうにわざわざ手渡しを選ぶ理由はなんだね?」


「どうも数字だけだと不安なんすよ」


「ふっ、なるほど。慎重なんだな」


「ま、そうとも言うっすけどね。情報なんてあやふやなもんを商売に使ってるんで、周りのものくらいは確かなものでありたいんすよ」


「ふむ、おもしろいな」


 預けておいた方が安全で移送もはるかに楽なことは承知している。しかし、それはエクの変えたくない信念でもあった。


「こっちもひとつ聞きたいことがあるんすけど良いっすか?」


「情報なら金をとるぞ?」


「うっ……」


 エクが露骨に辛そうな表情を浮かべる。


「くく、冗談さ」


「それは助かりやす……」


 ルイナは一連の『芝居』を打ってくれたエクに対して満足げに笑う。


「それで、聞きたいこととは?」


「へい。どうしてクエナさんを囲うんですか?」


 エクはかねてよりルイナがクエナを気にかけている理由がわからなかった。優秀な情報屋はそれだけで重宝される。


 それだけに人に貸す行為は利敵だろう。


 エクはクエナがルイナに対して並々ならぬ敵意を抱いていることは承知しているつもりだった。


 しかし、ルイナはあっさりと返す。


「今になって帝位簒奪でも考えられると面倒なだけだよ」


 それは至極単純でありながら、面倒な権力社会を象徴していた。


 もはやルイナと同等の血筋の人間は少ない。


 ましてや同時期に皇位継承権を保持していた「正当」な血統はルイナとクエナを残す以外にはなかった。


 それだけクエナがウェイラ帝国を揺るがしかねない――少なくとも国を分けてしまえるほどの――存在であることをルイナは言っていた。


「んー、でも私以前にも情報屋を差し向けてますよね。クエナさんを殺せばよかったんじゃないっすか?」


 エクはあくまでも冷淡だった。


 嫌いではないし、敵でないなら生きていて欲しいとも思っている。


 だが、ルイナの話を整理した結果、クエナの生存を許すことは得策ではないと指摘したのだ。


「おいおい、問い詰めてくれるなよ」


 ルイナが不快感を示す。


 それにエクは素直に頭を下げた。


「すんません。でも邪魔ものなら排除することだってできるはず。かつて起こったウェイラ帝国の権力闘争でもルイナさん『排除』くらいしてましたっすよね?」


 エクの人並みならぬ警戒心がユイの殺意を感じ取っていた。


 ここまで切り込んだのはやりすぎであったと内心で後悔と反省をしているが、それを止めることができないからこそ、情報屋としてここまで大成できているともいえた。


「まぁそうだな。邪魔なら排除した方が良い。ただな……」


 ルイナが天井を仰ぐ。


 まるで遠い過去を見るように。


「あいつは私に似ているだろう。本当に死んだか確認するとしたら顔を見ないといけないよな? それは生理的に気持ち悪い。だから生きたまま囲っているのさ」


「なるほどっす」


 ルイナは生来の「女帝」であった。


 身勝手に、世界が自分のものであるとばかりに振る舞う。


 エクにとって、人の命を左右する判断材料が権力闘争と自身の気持ちだけであることに違和感はあれど、ルイナが自身の気持ちを最も大切にしている姿はなんら不自然ではなかった。


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