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ブラックな騎士団の奴隷がホワイトな冒険者ギルドに引き抜かれてSランクになりました  作者: 寺王
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12

 山脈に囲まれた麓。


 普段ならば雄大な景色が広がっていたことだろう。


 だが、今ではどうだ。


「ひどい有様ですね」


 エイゲルが呟く。


 山脈は欠け、火煙が立ち込めている。


 人々の阿鼻叫喚が嫌でも耳に入ってきた。


 ここはまるで戦場だ。


 いいや、戦場と呼ぶには甚だ蹂躙が過ぎるようだが。


「あれはなんだ?」


「おそらく精霊でしょう。かなりの数です。しかも上位の精霊ばかり……」


 精霊。


 そういえばエルフの里で召喚されていた。あれの同種族ということか。


「シーラさんは恐らくあちらにいると思いますが……ふむ」


 エイゲルが深い森林になっている部分を指さす。緑が生い茂っており、人影は見えるわけがない。


 だが、俺も探知魔法を駆使すれば人の魔力を察知できる。


「いるみたいだな。先に行かせてもらう」


「了解です。僕は精霊の対処に移ります。そちらの要件が終わり次第、手伝ってもらえると幸いです」


「シーラは良いのか?」


「どちらかといえばスフィさんの方を優先しなければいけないですからね。この精霊たちはちょっとシャレになりません」


 そう涼しい顔で言ってのけるあたり、かなり余裕があるように見える。


 しかし、あまり強そうには見えない。


 そこそこの戦闘スキルは持っているのだろうが、本当にスフィを救援に行くだけの力があるのだろうか。


 むしろ、彼にとってはここで逃げる方が正しい選択肢であるように思えてならない。


 それでも、エイゲルに確固たる自信があるように見えるからには信じよう。


 わざわざ止めるような真似をする方が無粋だ。


 なにより、俺にも優先しなければいけないことがあった。


「なら、スフィは頼む」


「行く必要はないかもしれませんけどね」


 エイゲルも分かっているようだ。


 俺の探知魔法にはスフィを護る強者が捉えられている。その中にはとびぬけた実力を持つ者がいるようだった。


 そいつがネリムと戦ったらシーラの身体はもたないだろう。




 暴れる精霊を倒し、避け、ネリムに辿り着く。


 邪剣を振るい、空間に亀裂を生み出しながら精霊を召喚しているようだった。エルフの時とは手段が違う。


 暴走させることが前提の召喚手順なのだろう。


 最初から使役するつもりはなく、一帯を破壊するために呼び出していると分かる。


「随分と手広く魔法を知っているみたいだな。剣士じゃなくて実は賢者だったりするのか?」


「剣技の方が得意なのよ」


 俺のことを一瞥もせず平淡に答えた。


「その手に持つ邪剣はおまえの抜け殻か何かか?」


「これはオリジナルの邪剣。私がこの邪剣の形状や性能を魔法で模倣していたのよ。人であった頃の私の愛用品だったからイメージしやすかったの。それで、あなたはどうやってここまで?」


「がんばった」


「……そ」


 俺との問答は退屈だったみたいだ。


 ため息交じりに剣を構えてきた。


「戦うつもりはない」


「なら、なに?」


「シーラを返してくれ。そして、俺と一緒にリフのもとに行って欲しい」


「リフね。あの幼女でしょ? なんで?」


 かなり懐疑的だ。


 理由は俺も知らない。


 ただ、連れてきて欲しいと言われたから連れて行く。……なんて言っても素直に頷かれるとは思わない。


 俺はリフを信頼しているがネリムは違う。


「逆に聞かせてもらいたい。どうしておまえは暴れているんだ? シーラの身体が欲しかった……だけじゃないんだろ?」


「私本来の身体が朽ちているとでも思ってるの? 別にこの身体くらい、ちゃんと返すわ」


「ならどうし――」


 言いかけ、止める。


 ネリムの転移だ。


 魔力を消し飛ばして魔法の行使を中断させる。


 いやダメだ。


 間に合わない。


「待て!」


「待てない。忠告しておく。あまりアステアとは関わりを持たないことね」


 次の瞬間にはネリムの姿はなかった。


 即座に探知魔法を広く展開する。――……見つけた。


 長らくシーラに取り憑いていたが、俺の探知魔法の有効範囲までは分かっていなかったのだろうか。


 あるいはすぐに逃げられる可能性もあるから、


(クエナに連絡っと)


 ギルドカードを使い、クエナにネリムの行き先を伝える。おおよその場所さえ知らせれば、あとは追跡してくれるだろう。


 ……他にも二三言を付け加えておいた。


(さて、と)


 未だに暴走が止まらない精霊たちのところに向かう。


 こちらも急務だろう。




 精霊の姿は実に様々だった。


 魔物に似ているものもあれば、自然そのものに似ているものもある。たとえば炎だ。他にも人がそのまま大きくなったようなものもいた。


 問題があるとすれば理性がないことだろうか。


 ネリムは意図的に彼らを暴走させているのだから当たり前といえば当たり前だが。


「よいしょっ」


 精霊の撃退法は至って簡単だ。


 一定以上の刺激を与えること。


 なんでもいい。


 殴る。


 蹴る。


 魔法をぶつける。


 そうすれば元居た場所に戻っていく。


 たしか精霊界だったか。


(しかし、数が多いな)


 建造物を囲むように精霊たちが攻め入っている。


 ひとまず防衛にあたっている勢力と対話するとしよう。


「転移」


「うおっ!」


 騎士の一人が俺の存在に驚く。


 あまつさえ剣を振るってきたので止める。


「待て待て、味方だ。場に居合わせたので協力したい」


「ジード様……!?」


 どうやら俺のことを知っているようだった。


 それならば話が早いだろう。


「指揮官はだれだ? 俺のやるべきことを教えて欲しい」


「そ、それでしたら――」


「おまえの仕事は俺が与える」


「?」


 赤い髪。


 がっしりした身体つき。


 大剣を背負い、精練な魔力が身を包んでいる。


 歳は四十くらいだろうか。


「ロ、ロイター様!」


「おまえは行け。ジードには私の方で話す」


「わかりました!」


 ロイター。


 騎士の一人がそう呼んだ。


 なるほど、彼が最強と呼ばれる冒険者【星落とし】のロイターか。


「初めまして、だな。俺はロイターだ。おまえの話はよく耳にしていた」


 ふと、彼の言葉に違和感を覚えた。


 初めまして。


 本当にそうだろうか。


 なぜだか、そうは思えない。


 だが、その違和感を肯定も否定もする記憶はなかった。


「俺もあんたのことはよく聞いてたよ」


「それは光栄だな。では、俺が剣聖に選ばれたことも知っているか?」


「ああ、もちろん」


「ならば勇者に誰が選ばれたのかも聞いているのだろう?」


 これは嫌味か?


 あるいは純粋な問いかけか。


 何にせよ、あまり良い意味ではなさそうだ。


「それよりも早いところ精霊を止めなければいけないだろう」


「……それよりも? アステア様以外に優先するべきことがあるのか?」


「当たり前だ。今こうして騎士が奮戦している。俺たちが混ざれば被害は少なくなるだろ。なら勇者だとか剣聖だとか話すよりも行かないと」


「なるほど。このままでは施設に被害が及ぶ」


 少しだけズレを感じる。


 ふと。


 先ほどの騎士が精霊を相手に苦戦している姿が目に入った。


 このままだとマズそうだ。


「あっちの助けに行くぞ」


「待て。それよりも施設に近づいている精霊の一団がある。そちらが先だ」


 ロイターが淡々と指さす。


「じゃあそっちはおまえがやってくれ」


「数が多い。そこの騎士一人よりも、施設を護る方が大事だ。あれはアステア様の恩恵を受けている場所なのだ」


「……は?」


 俺の肩を抑え、意地でも自らの意見を聞かせてくる。


 なんだ、こいつ。


「おまえは勇者だ。最善の選択をとれ。騎士一人の命は重い。だが、それ以上に重いものもある。我々は民を先導する者として多数の幸福を取らなければいけない」


 ズレ。


 こいつとは合わない。


 そんな予感がした。


 少数の犠牲の上に多数の平穏が成り立つ。


 その論理はわかる。


 選択が必要なことだってあるからだ。


 だが、本当に施設をこいつ一人で守れないのだろうか。


 いいや、そんなことはない。


 こいつの強さは上位の精霊が束になったところで敵うようなものではない。


 何を隠そう俺を力ずくで止めているんだ。


「俺が勇者を断った話は聞いているはずだ。そんなものに従う道理はない。何より、目の前で危険な目に遭っている奴を無視できるか」


 ロイターを振りほどいて騎士の前に立つ精霊を薙ぎ払う。


 吹き飛んだ精霊により木々が押し倒されていき、やがてその姿が消える。


「大丈夫か?」


「は、はい! ありがとうございます!」


 騎士がボロボロになりながらも笑みを浮かべる。


 もしも見捨てていたら、こんな顔も見ることはできなかっただろう。


 ロイターのような人間がいても良いのだろう。


 だが、俺がそれに従う道理も義理もない。


 俺を睨みつけているロイターを見る。


「俺は俺の方法で参戦する。おまえの指図は受けないよ」


「……では、見ていろ。おまえが行かなかった結果、どうなったか」


 ロイターが施設の方を振り返る。


 まさか助けに行かないつもりなのか?


 刹那――大爆発。


 だが、それは精霊の一団に大ダメージを与えるものだった。


「……なに?」


 ロイターが唖然とする。


 どうやら彼にも予期せぬものだったらしい。


 おそらく……エイゲルだろうか。


 ささやかながら、彼の魔力が視える。


 だが、それは本当に微々たるものだった。


 あれほどの大爆発を起こせるとは到底思えない量だ。


「俺はどうやら運が良かったみたいだな」


「ちっ」


 まぁ、いずれにしても転移で間に合っていただろうけど。


 しかし、ロイターも本気を出せば、先の大爆発で倒された精霊の一団くらい一人でどうにかしていただろうに。


 こうまでして言葉や時間を使ってまで俺に語り掛ける意味があったのだろうか。


 まさか俺を諭しているのか……?


 目的が分からない。


 しかし、今のところは早いところ精霊退治だ。


 まだ多数残っているのだから。




 そして、これが終わったら――。



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