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レス爺さんと別れてからしばらく。
もらった地図を頼りに、シーラが向かったという目的地の近くまでやってきた。
今はクゼーラ王国と神聖共和国を繋ぐ道を歩いている。
この道は舗装されていて両脇は森に挟まれている。
普段から商人や旅人などが使うのだろう。
かなり動きやすい。
また軍隊も使用しているのか横幅が広い。
問題は魔物に襲われやすいところだろうか。
探知魔法を使用しているが、魔物の気配が一向に途絶えることはない。そのため護衛されている隊商か、腕に自信のありそうな者しか横切ることはなかった。
が。
また一人、通りがかる。
書籍を読み漁っていて隙だらけの青年だ。
かなり油断しているようで――魔物が襲い掛かる。
魔物も随分と目ざといことだ。
だが、俺は青年の確かな魔力の動きを捉えている。
熟練と言えるほどではないが、戦闘は十分にこなせるほどで――――あっさりと魔物に押し倒された。
「おいおいっ」
すぐさま魔物を追い払う。
自衛ができるものだと思い込んでいたが、かなり読書に集中していたようだ。
「……んぁ、これはどうも」
「ああ、大丈夫か?」
「問題ありません。やっぱり文字を追いかけるあまり周りを忘れてしまう癖が……」
青年は地面に落としてしまったメガネを拾う。
それから俺が差し出した手に掴まりながら立ち上がった。
「どうもどうも。このご恩は……ん?」
青年がメガネをかけ直しながら俺の顔をじっと見つめる。
「なんだ? 俺の顔に何か付いているか?」
「ジードさん?」
「ああ、そうだが?」
こいつも俺のことを嫌っているのだろうか。
半ば反射的にそんなことを考えてしまう。
しかし、青年は平然とした笑みを浮かべて、俺に好感を持っているような顔をした。
「では、助けられたのは二度目になりますね」
「ん?」
誰だっただろうか。
顔に覚えがない。
「スティルビーツの戦争の時に救出してもらった……いや、こう言った方が分かりやすいですか。串肉屋の息子です。エイゲルといいます」
茶色い髪の、どこか学者のような顔立ちをしている。
同世代くらいだろうか。
「ああー!」
スティルビーツの時はロクに顔を見ていなかったので覚えていなかった。
言われてみれば串肉屋のおっちゃんの面影があるような気もする。
俺が思い出した素振りを見せると、青年エイゲルは満足げな表情を浮かべながら周囲を見る。
「ところで、どうしたんですか。こんなところで?」
「人を探しているんだ。シーラというんだが、知らないか?」
ギルドカードに映る金髪の少女を見せて尋ねる。
正直なところ期待はしていない。あまり積極的に道行く人の顔を見るような性格には思えなかったからだ。
だが、予想に反してエイゲルは肯定的に頷いた。
「この方なら知っていますよ。ちょうど僕も探していたのでご一緒に行きませんか?」
「そうなのか? そっちはどういう目的だ?」
「討伐です。アステアに被害をもたらしているので」
「そうか」
ならば一緒には行けないな。
なるべく誰にも知られずに捕縛しなければいけない以上、彼は競合する敵ということになる。
「おや、同じ目的ではなさそうですね」
「どうしてそう思う?」
「普通、同一の目的であればもう少し肯定的な態度を取りますが、ジードさんの場合は残念そうで、敵意がありそうな態度ですから」
「なかなか鋭いな……」
もはや隠すことすら面倒に感じてしまう。
「ジードさんの目的を教えてもらえますか?」
「なぜ?」
こちらが聞いた以上は答えなければ不平等だ。
しかし、敵の多さではこちらが勝る。
あまり簡単に口にしていい内容でもない。
だからこそ身構えてしまった。
だが、そんな態度に不信感を覚えるでもなく、エイゲルは淡々とメガネを押し上げながら言う。
「協力したいからです。あなたには恩がありますし、父が懇意にしていますから」
「ほう」
薄っぺらい理由にも感じるが、全くの嘘ではなさそうだ。
訝し気な俺の表情を再び読み取ったのか、自らの潔白を証明するように、ポケットから長方形のマジックアイテムを取り出してきた。
「シーラさんの居場所なら分かっています」
マジックアイテムだ。その四隅は小さな球体になっていて、そのほかは平べったい。
平面には地図と赤い点が表示されている。
特徴的なのはそれだけじゃない。
魔力の細い糸が無数にマジックアイテムから伸びている。
意識的に視なければ俺でさえ気が付かないほどだ。
「神聖共和国の中でも宝物が保管されている頑強な施設に向かっているようです。今はスフィさんもいる場所だったと記憶しています」
「……この赤い点がシーラか? すごいな」
「限定的な探知魔法です。これを目印に感知しています」
言いながらエイゲルが再び取り出したのはひし形のマジックアイテムだ。
「それを使えばシーラがどこにいるのか分かるのか?」
「正確には魔力パターンを読み込んでくれるんです。最初はシーラさんの魔力パターンなんて知りませんでしたから、複数の襲撃を経ててようやく記憶させました」
「よく分からないがすごいな。でも、限定的ってことは、この場所に来るって分かってたのか?」
「いいえ。この母体の表示用マジックアイテムは、事前にアンテナの役割をするマジックアイテムを仕込んでおけば別の場所も表示してくれるんですよ」
エイゲルが試しに他の地図も読み込んでくれる。そこには赤い点などは表示されていない。
「なるほどな」
「シーラさんの行動目的はアステアの破壊と見られています。ですから、アステア関連の施設に、信者さん達に協力してもらってアンテナを設置してもらっていたんです……ん? これは……?」
エイゲルが得意げに説明していると、表示用のマジックアイテムがブレる。赤い点が掻き消え、さっきまでの地図とも変化が生じている。
「どうしたんだ? マジックアイテムでも壊されたのか?」
「いいえ、壊されてはいないようです。ですが、マジックアイテムがバグるほどのなにかが発生しているみたいです」
「……とにかく行ってみないといけないわけだ」
「そうですね。スフィさんがいるわけですし、『あの人』が護衛をしていますが……まぁ向かった方がよさそうですね」
エイゲルが急ぎ足で向かう。
一瞬だけ行動を共にするか迷う。
だが、次の瞬間には共同歩調を取っていた。
エイゲルの使っているマジックアイテムは有用だ。
そして、それを伝えてくれるくらいには俺に協力体制を敷いてくれている。
だが、疑わしき点はある。
どうして一介の串肉屋の息子が、大司祭クラスでなければ知らされていないスフィの居場所を知っているのか? ということ。
しかし……やはり俺にはないものを持っている。
そして、わざわざこれを俺に見せたということは、自分が本当に協力したいのだと示しているのだろう。
ならば俺も信じるべきだ。
串肉屋の串肉は美味しいしな。




