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ブラックな騎士団の奴隷がホワイトな冒険者ギルドに引き抜かれてSランクになりました  作者: 寺王
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205/269

 朝日がクエナ家を照らす。


 シャコシャコと音が鳴っていた。


 洗面台でジードとクエナが歯を磨いているのだ。


 朝の何気ない日常があった。


「朝ごはん、何にしよっか」


「お肉」


「朝から? 私はパンとスープで」


「ああ、それ俺のも頼む」


「じゃあサラダ作ってくれない?」


「わかった」


 それぞれの分担する内容が決まった。


 普段ならばシーラが一人で率先してやるのだが、この二人も意外と息の合った連携を見せている。


 物足りなさはあるが、これもこれで悪くはないと二人は感じていた。




「「もぐもぐ」」


 二人の食事は静かなものであった。


 だが、気まずさはない。


 落ち着きと心地良さがある。


 それは戦場に慣れた二人が警戒心を出さないでいられる場所だという共通認識が成り立っているからだ。


 完全な信頼関係が築かれている証でもあった。


「そういえば、またアステアの教会が襲撃されたみたいよ」


「またか、物騒だな。ユセフのときみたいに魔族が暴れてるのか?」


「犯人は分かってないみたいよ。あれ以降あまりニュースにもなってないし」


「ニュースになってないのか? 結構な事件だと思うんだが。不安にさせないため、とかか?」


「だとしても周知させて危険を回避するよう伝えるべきだと思うけど。そもそも情報が入って来てないとか? 襲っているのも夜中が多いみたいだし、証言も少ないんじゃないかしら」


「なるほどな……」


 二人の皿が空になる。


 シンクにまで持っていき、洗うのはクエナ、拭くのはジードと役割が分担されていた。実際に二人で家事をするのは初めてだったが、野宿を重ねていくうちに、自分がやるべき事を理解しているのだった。


「そんなことよりも――シーラの件どうなった?」


 昨晩、二人で話し合っていた。


 すぐさま行動したいところだが、相手はかなりの熟練者であると戦闘だけで分かってしまった。


 闇雲に探しても、おそらく意味がないことに気が付いたのだ。


 その結果、最も情報を持っていそうな人物に声をかけることにしたのだ。


「ああ、ちょうどリフから連絡が来ていたよ。あと一時間後にギルドに招集されている」


 ジードがギルドカードを取り出してからクエナに見せた。


「そ。忙しいみたいだったのに会えるのね」


 その言葉は皮肉交じりだった。


 それもそのはずで獣人族領へ旅立つ前、シーラに最後に会った時にリフが連れて行ったところを目撃していたのだ。


 しかも怪しげな儀式をすると言っていた。


 何かしらの事情をリフが知っていることは言わずもがな、だった。




  ◇




 ギルドマスターの部屋の扉を中指で叩く。


 中から入室の許可を告げる声が届き、俺とクエナは足を踏み入れる。


「よく来たのじゃ」


 リフがニッコリと笑みを浮かべながら俺たちを歓迎する。だが、その貼り付けたような笑みは、作られているものだと分かった。


「悪いな、会ってくれて。忙しいだろ?」


「いや、近々こちらから呼ぶところだったのじゃ」


「シーラの件か?」


「うむ」


 笑みが一転して深刻な顔となった。


 真面目な話に移り変わる瞬間だと理解する。


 突然、リフが頭を下げた。


「すまぬ。シーラの身体は乗っ取られてしもうた」


「ああ、知ってるぞ。昨日会ったからな」


「会ったじゃと!? それからどうなった! やつは何て言っておった!」


 ガバリと頭を上げて鬼気迫る顔で聞いてくる。


「いや、何も。取り逃がしてしまったし……」


「む、そうか……」


「ねぇ、あれの正体は誰なの? シーラはどこに行ったのよ?」


「そうじゃの。おぬしらには順を追って説明しなければならぬの」


 リフが一拍置いて話し始める。


「まず、邪剣の正体はネリムという」


「ネリム……?」


 クエナが片眉をひそめる。


「知ってるのか?」


「昨日言ったでしょ。シーラの身体を乗っ取ったやつで、思い浮かんだ人がいるって。そのうちの一人がネリムよ。史上最高の剣聖と呼ばれていた人」


「史上最高の剣聖? ……いや、ちょっと待て。思い浮かんだ人って全員……」


「そう、死んでる。だからリフの言っている人は違う――わよね?」


 クエナがリフの方を向く。


 それはさも答え合わせのような問いかけであった。自らの答えに一抹の不安すら持っていない。


 だが、クエナの予想に反してリフは首を横に振った。


「いいや、違わぬ。歴代最高の剣聖であった、かの『神域』のネリムじゃ」


「なっ……だって彼女は確かに死んだって……」


「うむ。歴史が語っておる。疑いようのない完璧な史実がネリムは生きていないと明言しておるのじゃ。されど、生きていてくれた」


 さも喜ばしいような言い回しだ。


「じゃあ、そもそも邪剣じゃなかったってことか?」


「自らの意思で邪剣に姿を変えていたのじゃ」


 クエナが頭を抱える。


 これは確かに訳の分からない情報量で混乱しそうになる。


「そいつがどうしてシーラの身体を乗っ取ったんだ?」


「本当にわらかぬ。こちらは友好的にしていたつもりだったのじゃが、話すらしてもらえないほどに警戒心を持たれておった。本来、自らを剣の姿に作り変える魔法は不可逆。自分では人の姿に戻れないと言うから、わらわが邪剣から本当の姿に戻したのじゃが――シーラごと連れて行かれたのじゃ」


「バカっ。私たちはリフを信じていたのよ」


「言い訳はせん。本当にすまぬ」


 このやり取りで、少しだけ安心している俺がいた。


 リフが嘘をついているようには見えなかったからだ。


 最悪の可能性は、リフがシーラを罠にはめたことだった。そんなことをされれば俺たちも対処が難しくなる。


 もちろん、リフがそんなことをするとは思わない。だからこそ、微かにでも疑っていた自分に反吐が出そうになるくらいだ。


「ともかく今はシーラを取り返すことが重要だ。リフは何か知らないか? ネリムとやらが行きそうな場所を」


「実はアステア関係の建造物が連続で襲撃される事件が発生しておる」


 あらかじめ用意していたであろう情報をもたらす。


 が、それは意外なものであった。


 クエナにしても動揺している。


「ええ、知っているわ。……ちょっと。うそでしょ?」


 別件に聞こえたリフの話は、しばらく考えるとシーラに結びつく。


 クゼーラの教会で神父が言い淀んでいた理由はこれか。彼は俺達とシーラが仲間であると知っていたのだ。


 思い返せば聖剣もアステアと関係がある。


 そうなれば俺たちを襲ってきたことも説明がつく。


「でも、どうしてそんなことをしているんだ? 史上最高の剣聖ってくらいだから勇者パーティーだったんだろ? アステア教とは仲が良かったはずじゃないか」


「あやつの目的は不明じゃ。だがの、明確な敵意を示している組織が真・アステア教じゃ」


「名前が変わってしまったから信じられないとか……」


「その程度であれば話し合いの余地は十分あるじゃろうて」


「……シーラもどんだけ運がないのよ。いや、邪剣なんてものを受け入れた時点でアホだけどさ」


 不用意なことをしているとは分かっていたはずだ。それでも受け入れたのは、危険ではないと考えていたからだろう。


 実際に俺自身も同じことを考えていた。


 それもこうして危害を加えられ、見通しが甘かったことが悔やまれる事態になってしまった。


「そこでじゃ、おぬしらに頼みたいことがある。Sランク相当の極秘依頼じゃの」


「俺たちに依頼?」


「なるべく傷つけず、シーラとネリムを捕縛して欲しい。それも誰にも見つからず、バレず、これ以上の被害を抑えて欲しいのじゃ」


「言われるまでもないな。俺は最初からそのつもりだ」


 リフの下に来たのもシーラの詳細を聞き出すためだった。彼女を救うために来ているのだから依頼でなくとも助け出すことを前提で動いている。


「うむ。されど、それはシーラだけの話じゃろう。わらわはネリムに関しても捕縛して欲しいと頼んでおるのじゃ。穏便に、誰よりもはやく」


 毅然とした態度だが、どこか申し訳なさを含んでいる。


 彼女なりに失敗したことを反省しているのだろう。


 その上で俺達に頼んでいるわけだ。


 クエナが前に出る。


「教えて欲しいんだけど、なんでネリムにこだわるの?」


「……それを知ってどうするのじゃ?」


「むしろなんで説明されないわけ?」


 かなり苛立っている様子だ。


 こうも感情的になっているのは、シーラを危険にさらしたからだろう。


 それには自業自得な面もあるのだが、リフがトドメを刺したようなものだとも捉えられるからだろう。


 その理由を明さずに虫のいい話をされても納得しかねるのだ。


「わかった。おぬしらには特別に教えよう。ただし、ネリムを連れ帰ってからじゃ」


「……ちゃんと説明を受けていないのに依頼は遂行しろって?」


「担保が必要ならば言うのじゃ。この腕でも落とそう」


 リフが片腕を突き出す。


 その目は冗談を言っているようには見えない。


 さすがのクエナも気圧される。


「ぐっ……わかったわよ」


 大人しく引いた。


 これ以上はなにも言うことがないようだ。


「リフ、俺も説明は後でいい。だけどひとつだけ魔法を教えて欲しい」


「魔法?」


「急を要する依頼なのは分かっているから、この場で一回使ってもらうだけで構わない。『代替魔法』というものを知りたい」


 ネリムがシーラに行使したであろう魔法だ。


 リフほどの魔法の使い手ならば知らないはずがないと踏んだ。


 そして、その予想は正しかったようで、リフもさほど難しい顔はしなかった。「なるほどの。たしかにジードの目ならば一度見ただけで覚えられるじゃろう。されど、なぜその魔法を知りたいのじゃ?」


「ネリムだと分かっていてもシーラの顔を前にしたら戦いづらい。知っているやつとは極力戦いたくないからな」


「くく。あい分かった。クエナ、近くに寄ってくれ」


「えー……」


 クエナがこれから起こる事態を予期して露骨に嫌そうな顔をしている。しかし、こうしている間にもネリムが暴れているという事実が脳裏に過ったのだろう。本当に嫌そうな顔ではあるがリフの隣に並んだ。


 リフの魔力がうごめく。


「よく見ておくのじゃ――――あれ?」


「どうじゃ。わかったかの」


 リフが途端に腑抜けた顔になっている。


 目が点になって周囲を見回していた。


 反対に嫌そうな顔をしていたクエナは涼しい顔をしていた。


 どうやら完全に入れ替わっているようだった。


 なるほど、これは。


「助かったよ。よくわかった」


「では実践してみるかの? 今度はわらわとジードが変わろうか」


 クエナ――の身体のリフ――が手を差し出してくる。


「ちょ、ちょっと待ってよ! ごちゃごちゃになるからいやよ!」


 リフ――の身体のクエナ――が慌てて拒否する。


「たしかにクエナの言う通りだ。これ以上はめちゃくちゃになりそうだから辞めておこう」


「くく、そうじゃの」


 心底楽しそうに笑っている。


 悪戯っぽいクエナの顔は普段とは違うギャップが垣間見え、ちょっとかわいい。


「だけど試させてはもらうよ」


 俺の魔力が二人を包む。


「…………あれ? 戻った?」


「そのようじゃの。さすがと言うべきかの。普通ならば数十年の魔法の知識と経験を積んだ上で、さらに数年の修行の末に習得する魔法のはずじゃが……くく、笑ってしまうのう」


 その計算ならリフは一体どれだけの月日を費やしたのだろう。幼女に見えるのに。あるいは才能があって日は要さなかったのかもしれないが。


 しかし、これで。


 元通りになった二人を見て、魔法の取得を確信した。


「ありがとう。これなら応用もできそうだ」


「頼もしいのう」


「ほとんど何が起こってるのか分からなかった……もうここまで来ると怖いわよ……」


 クエナが震えるように両腕を抱え込む。


 自らの身体が一瞬でも乗っ取られていたことに恐怖でも感じているのだろうか。


 それならばシーラはどのような心持ちなのか。


 さて、とリフが口にする。


「ジードよ。これを持つのじゃ」


「これは?」


 綺麗なカッティングが施されている。たしかラウンドブリリアントカットとかいう豪華な名称だった気がする。


 宝石などに使われるような研磨のされ方だが、これは紛れもなく魔力を纏っているマジックアイテムだ。


 それが黄金色に輝いている。


 一目見ただけで分かる。


 相当な時間を費やして作成された精巧なアイテムだ。


「なぁに、ちょっとした特注品じゃよ。何があっても肌身離さず持っておれ。そして、もしもシーラに危険が訪れたのなら、常に一緒にいてやるのじゃ」


「これも事情を説明できないのか?」


 俺の問いにリフが肩を竦める。


 もはや言葉も不要というわけだ。


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