あ
なんというか……
「こんな場所あったのか。城……か?」
ツヴィスの家も大きかったが、ロニィの「家」は一段と大きい。というか広い。あと色々と多い。
「言ったでしょ。人族でいうところの王族だって」
「なははっ。驚いたのだ? 住み心地が良くてお金がいっぱい入っても居座っちゃうのだ。まぁ適当にくつろいでいくのだ」
ロニィに案内されて大きなリビングに辿り着く。ああ、いや、客室というのだったか? 俺が寝泊まりしていた宿よりも大きいけど……
「来ていたのか」
オイトマだ。
所々に包帯が巻かれている。
「いたそうだな」
「ふふ、おまえが元気そうなのが不思議なくらいにはな。傷の治りには自信があるのだがね」
「傷も疲労も地獄と地獄で味わってきたからさ」
言うまでもなく禁忌の森底と騎士団だ。
クエナも察しているのかクスリと笑っていた。
「人族の女性よ。すこし離れてくれないか?」
「私?」
指名されたのが意外そうにクエナが自分を指さす。
しかし、何やら真剣な表情であったオイトマを見て肩を竦めてから立ち上がった。クエナが部屋から出ていくとオイトマが姿勢を崩す。
「ふっ、まさか私を倒すとはな」
「……おう」
「警戒するな。なにも取って食おうというわけじゃない」
無理を言ってくれる。
クエナを遠ざける理由を聞くまでは警戒するしかない。受け入れられ始めたからといって、ここが異郷の地であることに違いはないのだから。
「ああ、安心してくれ。使用人にロニィもしばらく近づけないように言っておいたからな」
特に心配する必要性は今のところ感じていないが、先んじていったようだ。
それからオイトマが魔法を展開する。敵意はない。防音のためのものだ。
「さて、どこから話すかな。そうだ、あらかじめ言っておくが私はおまえが好きだ」
「えっ」
咄嗟にお尻を手で隠す。
しかし、オイトマはため息をつく。あきれられているような感じだ。
「私にもそっちの趣味はない。安心しろ」
「よ、よかった」
マジで安心した。
「好き、というのは気に入っているという意味だ。獣人は昔から強いやつが好きだからな。かつては敵対していた勇者でさえも同様だ」
「それは聞いてる」
「そうか。では、それを前提として話そう。おそらく、おまえは近々殺されるだろう」
「……は?」
殺される?
誰に? どうして?
疑問が止まない。
「不思議そうだな。それもそのはずだろう。さて、ではどうしてだと思う?」
「恨み……とか?」
「たしかに。動機としては十分だ。しかし、違う。おまえは『強すぎる』が故に殺される」
会話に惜しみは一切ない。
俺に恩を着せるつもりはないようだ。
ただ純粋に伝えようとしている。
「強すぎるって、そんなことで?」
「なら仮におまえが世界の支配を企む男ならどうだ?」
「いや、それは……危険だけど」
「そうだな。これはあくまでも極端な例だ。しかし、絶対の法則でもある。世の中はどのように否定しても弱肉強食であることに変わりはない」
何気なしに食べている肉も、命を奪ったものだ。何気なしに依頼をしている魔物の討伐も人族の生存圏を拡大するためのものだ。それは全て強さによるもの。
それは理解している。
「でも、だからってどうして殺されるんだよ?」
「危険だからだ。人族は個体こそ弱いが数に勝る。獣人や魔族は数こそ少ないが個体が強い。で、あるならば。もしも人族の個体が強くなれば? 獣人の数が増えれば? 勢力図が大きく塗り替わるのだ」
「なら魔族が俺を殺そうとするわけか?」
「いいや、今のは種族単位での話だ。しかし、本質はもっと細かい。ひとつの国や組織、はては個人にまで直結するだろう」
「……?」
「おまえの存在が目障りだと感じている者も少なくないだろう、という話だよ」
冗談の類ではない。
オイトマは本気で語っているのだ。
俺が殺されるのだと考えていて、それを俺に伝えている。
「じゃあ誰が?」
「さぁな」
「は?」
大事なところで……
いや、知っていたら直接教えてくれていたのだろう。あくまでもこれは忠告というわけだ。
「そもそも、これは私の憶測でしかないんだ」
含みをもった笑いだ。
「でも、わざわざ俺に伝えたってことは何かしらの根拠があるんだろ?」
「そのとおり。人族でも強い個体の勇者と、強い個体の中でも群を抜いて強い魔王、その死亡率だ」
「そりゃ戦争だろ?」
「なぜ……ずっと争っている?」
「そりゃ魔族が侵略するからだろ?」
「何度も何度も。一度も途絶えることなく?」
オイトマの問いは俺も不思議に思ったことはある。
魔族がそれほど愚かだったのか。
いいや、違う。知性はたしかにあったのだ。魔物と魔族は混合することはあっても同一ではないのだから。
「つまりオイトマは何が言いたいんだ?」
「誰かに争いを強制されているんじゃないのか。いいや、強制という言葉は違うな。そう、操られている。とか」
「どうやって? それだけ強いのなら魔法の対処はどうにだってなるだろう」
「いいや、魔法だけではない。獣人にも最高戦士になるためなら死をも厭わないような連中はいくらでもいる」
「名声、か。富もそうだな」
俺が言うと、オイトマが正解とばかりに頷く。
「ああ。生物は欲が尽きないからな。強者に危機感を持つ層は上位の階級にいるだろう。そういったものを操ることだってできるはずだ。今回、おまえが勇者に選ばれたのだって作為的なものを感じて仕方がない」
それからオイトマが俺に対して言う。
「絞れてきたんじゃないか? 身近な存在に怪しいやつはいくらでもいるだろう、おまえクラスになれば」
オイトマは遠慮がちだった。
一歩間違えれば俺の周辺の人間に対する侮辱だからだろう。
しかし、彼が俺を心配していそうなことは分かっているので怒りはしない。
「怪しいやつって……」
「ギルドのマスターはどうだ?」
「リ、リフが? いいや、ありえない。あいつは色んなことで協力してくれた。それに俺を助けてくれたんだ」
「それはおまえに都合が良いだけの妄信じゃないか? ギルドは実に都合の良い組織だ。ランク制度は名声も富も集められる。標的が現れたら恰好の的になる……だろ?」
「……」
「それにおまえの隣にいる赤髪の人族もそうだ。本当に信じるに足りるのか? ギルドマスターの差し金ではないのか?」
そう考えると。
クエナの関係図はリフだけでない。ルイナだって繋がる。
もしもクエナが敵だったら……
「オイトマ、もうやめよう」
精一杯笑みを作る。
それでも、どういう表情か、俺にはわからない。
でも一つだけハッキリわかることがある。
クエナが敵はありえない。
「……そうか。ひとつだけ言おう。我らは関係ない。これを信じるも信じないもおまえの自由だが、なにか困ったことがあれば獣人族に立ち寄るといい。みんな、おまえを気に入っているようだからな」
「ああ、ありがとう」
オイトマの話が本当であるかどうか、それすらも定かではないのだ。
疑ってかかるような真似はしたくない。だけど、オイトマの話を捨てきれない。その可能性は十分にありえる。
頭の片隅にこびりついてしまう自分が……少し嫌だった。
それから聖剣を受け取り、俺とクエナは帰路につく。ギルドの仮眠室じゃない。人族の領地に向かうのだ。
「もう帰るのね」
クエナが馬車に荷物を積み上げながら言う。
「ああ、聖剣をスフィに返したいしな。せっかく獣人族の領地にいるんだから旅もしてみたいけどさ」
「それだけじゃないわよ。人族だとジードのことを嫌いって人達はまだ沢山いるだろうからさ」
「そうだったな……」
俺のことを嫌い、か。
これもまた勇者にならなかったからなのだろうか。
扇動している?
民衆の意を汲むように差し向けているのか?
「どうかした?」
クエナが顔を覗き込んでくる。
少し、はっとなる。
こんな考えたくないこと、頭の片隅のつもりが、堂々と中央に居座っている。
「なんでもない。ただクエナのことが好きだなって」
「えっ……!」
あ、やば。
事情を説明しにくいから適当にごまかしたつもりだったのだが。
とんでもないことを告白してしまった。
「そ、そそそ、それは……あ、ありがと……」
「いや……あのさ」
クエナの手を握る。
なんか色々と積み重なりすぎて、心が爆発している。
「俺、クエナのこと本気で――」
「待って」
俺の言葉の続きを察したクエナが制止してくる。
「シ、シーラのこと……どう思ってるの?」
「………………好き」
「………………そ、そう」
どこか複雑そうな顔だ。
「クゼーラ王国は……一夫一妻制よ」
「うっ……」
クエナの言葉が胸に突き刺さる。
いや、もうさ。
わかった。わかったよ。選べない。あきらめる。もうち〇こ切る。それでいい。
なんて一人で突っ走っていると、クエナが手を握り返してきた。
「ウェイラ帝国は一夫多妻制……よ。ジードのためなら……わ、私は……あの国に……戻れる」
絞り出したような声はめちゃくちゃ可愛かった。
その日の馬車はすごく遅かった。
2021/10/25に5巻目が発売されます。




