びょうにん
目が覚める。ギルドの仮眠室だ。
オイトマとの戦いでの疲労や傷を癒すために眠っていたのをぼんやりと思い出す。まだ身体に気だるさがあるが、外から大勢のざわめきが聞こえてきて起こされた。
このまま継続して眠っていることもできるが、一度開いた目を閉じるのは惜しく感じてしまう。一息だけ吐いて地面に足をつく。
(なんだ?)
先ほどからの喧騒。扉や壁を挟んでいるため仔細の内容までは伝わってこない。
扉を開け、中央ホールに向かう。だが、辿り着く前にギルド職員に見つけられて止められる。
「ジ、ジードさん。すこし部屋で待っていてもらっても構いませんか?」
「なにかあったのか?」
「そ、それが……――」
職員が続きを言う前に、雪崩のように獣人が俺の下に駆け込んでくる。
「「おおお! ジードさんだあ!」」
敵意はない。
だが、やばい。
「握手! 握手してくださいー!」
「サインください! ここに!」
「俺はあんたがやるって知ってたよ! やっぱすげえなあ!」
あっという間に俺の周りが囲まれた。
(な、なんだ……?)
来たばかりの頃の冷やかな対応とギャップが激しくて戸惑ってしまう。
近くにはしたり顔のクエナが満足そうにうなずいていた。
彼女が助けてこないということは問題ないのだろうが、ギルドの外にも人が集まっていて何をしたらいいのか処理に困る。
「はいはい、みなさん! ギルドの中でやってもらっては他の方の迷惑になりますから外でやってください!」
「「はーい!」」
いや、外ならいいのか? 俺への配慮はなしか……?
職員に誘導されて俺と獣人たちは外に出た。
そんなこんなで解放されたのは数時間してからだった。人は減る気配もなく、むしろ増えていくばかりだったのだが、お腹が空いたので流石に身を引かせてもらった。
「大変だったわね」
食事を囲んで、クエナが嬉しそうに笑いかけてくる。
俺は肉団子を頬張ってクエナの方を見た。
「他人事だと思って。下手な魔物討伐より疲れたんだぞ」
「でも嫌われているよりマシでしょ?」
「まぁ……そうだけど」
「私も誇らしいわ。あんたは誤解されていて欲しくないからね」
「俺もクエナがバカにされなくなると思うと嬉しいよ」
「……! う、うん……」
クエナが顔を赤らめて髪をいじる。
「それじゃ聖剣を受け取りに行くか」
空っぽになった食器を手に取る。
それを専用の回収するコーナーにまで持っていく。
刹那。
『ドォン!』という爆音が響き渡る。
「――」
「――!」
クエナと視線を合わせ、俺たちは音のほうに向かう。
「いい加減にしろ! おまえ……おまえ達は負けたんだろ!」
「だまれ! オイトマが眠っている今しか機会はない!」
ツヴィスが言い争っている。
相手は――ロゲスか。
周りには人が集まっている。ロゲスの下には複数の獅子族がいた。
ツヴィスは背にセネリアを隠している。
「負けたことは不問にしておいてやる! だからセネリアを渡せ。そして今の機会に共にオイトマを殺せ!」
「……バカな。そんなことをして何になる!?」
「オイトマを殺せば俺が最高戦士だ! 獅子族が頂点に舞い戻るのだ!」
「そうしてまた他の種族に奪われたら卑怯な手で殺すのか!?」
ロゲスの手には中途半端に開錠された手錠がされている。
どうやら獅子族の者が内応して拘束を解かれてしまったようだった。
オイトマが倒れている今がチャンスと見たようだな。
「分からないのなら……力づくでやるまでだ!」
「待て」
群衆の中から割って入る。
「ジ、ジードさん……!」
さん?
ツヴィスにさん付けされた。
元からこんな風な様子だっただろうか。
少しでも敬意を持たれた、ということかもしれない。
「邪魔をするな、人族! これは獣人族内での問題だ! 私たちの中には護り手もいるんだぞ!」
ロゲスの言いたいことは分かる。
仮に手を出せば種族間の問題にまで発展させようというのだ。なにより彼らがこのままオイトマを倒せば、オーヘマス国都は彼らの手中に収まる。
「いつか勝手に話されてたな。……依頼してくれ。守る」
「――! は、はい! 私と兄を……彼らから守ってください!」
セネリアが言う。
本当はもっと手続きがいるのだが……さすがに無粋か。ここは略させてもらうとしよう。
「人族ぅ……! いいのだな!?」
「護り手ならこちらにもいるだろう」
ツヴィスをちらりと見る。
彼はそのまま頷く。何かあっても彼が語ってくれるだろう。それが万能ではないとしても大義はあるというわけだ。とはいえ失敗したらリフに迷惑をかけてしまうのは間違いないな。
「――おまえこそいいのだ? ロゲス?」
ロニィだ。
騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
「ロニィ……元はといえば貴様らの一族がッ!」
ロゲスが迫る。
しかし、俺は彼の眼前に立って勢いを止めた。
「相手は俺だ」
「ぐ……!」
「わかっているのだ? 父を、オイトマを倒したのはジードなのだ」
「そんなことは聞いている! だが、俺はやらねばならない! 獅子族こそが至高なのだから!」
それに、とロゲスが続ける。
「オイトマとの戦いで疲弊しているはずだろう! 貴様も本音は戦いたくないんじゃないのか!」
ロゲスは、なおも諦めない。
「その執念は立派だ。上昇志向も良いものだと思う。でも、それを押し付けて傷ついているやつらもいる。おまえはやりすぎだ」
足を踏み込んで、拳をロゲスに放つ。
地面に衝撃が走り、軽い地震のようなものが起こる。
「――すこし静かにしていろ」
これでしばらくは起き上がれないだろう。
「おお、一撃なのだ」
地面に倒れ伏したロゲスを、ロニィが暢気に見る。
「さすがに父さんを倒した男は違うのだ」
このこの、とロニィが指でつついてくる。くすぐったい。
いや、なんか殺気が混ざっているぞ。
「いつか私がおまえを倒すのだ、ジード」
……なるほど。
どうやら父親を倒したのはロニィのやる気に火を付けてしまったようだ。
「いいや、俺が倒す。そうして名実ともに最高戦士になってやる!」
今度はツヴィスが乗ってくる。
二人の素質は非常に高い。
「楽しみにしてるよ」
それは俺の素直な気持ちだ。
「ねぇ、終わった?」
クエナが横から尋ねてくる。
一瞬だけ失神したロゲスを引き顔で一瞥していた。
「んー、終わりかな? どう?」
ロゲスの取り巻き達を見る。
彼らは顔を真っ青にしながら縦に振った。
「それなら聖剣を返してもらって帰りましょう。ロニィ、いいかしら?」
「うむ。問題ないのだ。私の家に来るのだ」
ロニィが先導をして、俺達ふたりは彼女の後ろに付いていく。