けつ
俺はクエナと一旦分かれ、裏口でツヴィスを待っていた。
「おう、あんたか。呼び出して悪いな」
ツヴィスがスッキリした笑みを浮かべながら出てくる。
あまり応援はされていないようだが、どこか気持ち的には楽になっているようだった。
「いや、気にしなくていい。それでなんの用だ?」
「まずは訂正したくてな。俺はあんたを臆病者だと言った。だが、これだけ蔑視される環境で、いつ襲われてもおかしくないのに獣人族領に留まっている。ただ物を返したいってことのために。そんなやつが臆病なわけない」
綺麗に腰を曲げて頭を下げてきた。
なるほど。それを言うために。
ロゲスの傍らにいたのに悪事に手を染めなかったのは、この正々堂々とした心根があるからだろう。
「頭を上げてくれ。勇者を断ったのは事実だ。そう思われても仕方ない」
「器がデカいな。……オイトマを連想してしまうよ」
ツヴィスが微笑を湛える。
どうやらオイトマに良い思い出ができたようだ。
「ロゲスの件は聞いているよな? いや、そもそもジードは現地にいたのだったか。それならば俺の口から言う必要もないだろうが、ロゲスは捕縛された。もうセネリアに危害を加えられることはない」
「おまえが強くなる、っていう前提がある。それは忘れるなよ」
「ああ、わかってるさ。必ず強くなる。まずはロニィに勝つよ」
ツヴィスが胸を張ってこたえる。
今の彼には自信も自由もある。疑いようもない。彼はとても強い。
「そうか」
いよいよロニィも危ないかもしれないな。
実力的にいえばロニィの方が上だと思っていたが、今のツヴィスにならば負けてもおかしくはない。
そうなると聖剣がなぁ。
なんて思っていると、
「だから聖剣は俺が返す」
ツヴィスがそう言う。
それには固い意志を感じた。
「勇者になりたいって気持ちは変わらないわけか」
なんて捉えていたが、どうやら違ったみたいだ。
ツヴィスが両手を振りながら勘違いを正すように慌てて言葉を紡ぐ。
「俺が返すって言ってるのはジードだ! 聖女スフィではない!」
「ん……? ああ、なるほどな」
「元はといえば俺が付けたイチャモンだ。悪い」
「まぁ、そこに関して正直に言うとマジでダルかった」
「だよな」
てへへ、とツヴィスが笑う。
反省してるのか?
とはいえ、こいつが聖剣を奪おうとしなければ、こうして獣人族領にいられることはなかった。ここでの様々な経験もできていなかったことだろう。
「でもさ、ツヴィスは勝算あるのか? 正直ロニィの声援すごかったぞ」
本人に言うべきではないことだろう。もしかするとプレッシャーになるかもしれないからだ。それでも尋ねたのは自信ありきの顔だったからだ。
「ああ、俺もマジックアイテムについては認めた。だけど最後に人を動かすのは拳だ」
ツヴィスが両手の拳をぶつけてニカリと笑う。
今の彼には何の迷いもないことが伺えた。
「ま、頑張れよ。応援してるさ。ロニィの次くらいに」
「はぁ!? そこ大事なんだが!」
◆
俺達の観戦は二日間続き、成祭は最終戦となった。
残ったのはロニィとツヴィスだ。
どちらも危うい局面はあったように思えるが、それでもここまで勝ち抜いてきた。
「どっちが勝つと思う?」
「成祭か? それとも勝負か?」
この二つは類似している。だが、明確な差がある。たとえ勝負に勝っても成祭に負けることだってあるだろう。ツヴィスとロニィの声援の量は天と地ほどの差がある。
「どっちかといえば勝負ね。私は力量を測る目を付けたいし」
「なら参考にならないな。あいつらならどっちが勝っても不思議じゃない。それくらい分からない」
ツヴィスは前までロゲスに縛られていたためか、蛇に睨まれているような身体の硬さが残っていた。だが、今のあいつには迷いがない。ロニィにとって強敵であることは間違いないだろう。
「そうよね」
クエナも同じ意見だったようで、難しそうな顔をして『へ』の文字を口で作っている。この局面の予測で頭がいっぱいになっているようだ。
『はじめ!』
戦闘が始まる。
チームメンバーの戦いは互角……いや、ロニィが上だ。
トイポは言わずもがな強い。
だが、レーノーもなかなかやる。
影を操っているのだろう。雲の陰りや闘技場の影……すべてが武器になっている。時に鋭利な刃物に、時に縛り付ける便利な紐に。強いな。
(敵に回したら面倒くさそうだな)
他の獣人は肉弾戦ばかりだった。
だが、レーノーは近接戦だけでなく魔法まで駆使している。どちらも一級品だ。獣人族から離れてトイポに師事してもらっていただけはある。柔軟性が高い。
(肝心のロニィとツヴィスの戦いだが……)
どちらも接戦だ。一歩も引かない。
しかし、やはり残念ながら声援はロニィの方が大きい。かなりの差が付いてしまっている。俺の隣の男は今日も叫んでいる。
『ロニィ様ァァァァァァ!」
こいつ本当に怪我してるのか?
特に今日は最終戦だけあって熱が入っている。入りすぎている。
快活そうな奥さんも流石に元気すぎるビクタンの心配をしている。
そんなこともあって、どちらかといえばツヴィスがアウェイの状況だ。
まぁしかし、戦闘に集中していてそれどこではないか。
だけど。きっと届いていることだろう。
「お兄ちゃんー! がんばってー!」
可愛らしいセネリアの声援は。
それはツヴィスの心地良い笑顔が示している。
戦闘の終わりは――ツヴィスが地面に伏したタイミングだった。




