りめん
帰りの道中だった。
俺とオイトマは自然と隣り合っている。
クエナは少し後ろに構えていた。
「トーナメントの一回戦目が終わった頃合いだな」
「ああ、かもな」
「帰る頃には夜だから成祭の観戦は明日からになるだろう。ロニィは勝っているかな?」
「勝ってるんじゃないか? 強いし」
「だよなぁ」
デレっとした顔だ。
最高戦士だとか、さっきまでロゲスほどのやつを一撃で仕留めた男とは思えない。――ロゲスは後ろで護り手によって連行されている――
こういうのは親バカだというのだろうか。
「小さい頃のロニィは病弱でな。それでも強くなりたいと頑張っていたんだ。だから弱者側の気持ちが分かったんだろうなぁ。私には分からなかったことだ。あいつはすごい」
ふと、獣人のぬくもりを感じた。
たとえそれが家族愛であったとしても、強者と弱者で明確に区別された境界線をぼやけさせるほどのものだった。
「いいや、そう考えらえれるオイトマが父だったからだろう」
感じたことをそのまま口にした。
「なんだ、世辞は言えるのか。礼儀を知らぬものだと思っていたのだがな」
「悪かったな。敬語をうまく言えるなら使ってるよ。たどたどしい口調になるから使わない方がマシだって言われたんだ」
「ははは! それはおもしろいな!」
オイトマが豪快に笑い飛ばす。
いや、敬語って難しくないか? 使えるやつらは軒並み天才だと思うんだけど。
「てかさ、あんた読んでたろ。ロゲスが裏切るって」
「ほう? なぜそう思う」
「ロゲスが裏切っても普通そうだったから。あと俺をグループに入れた」
「少ない根拠だな。頭の方は赤髪のほうに任せっきりか?」
マジかよ。とばかりにオイトマが見てくる。
赤髪とはクエナのことだろう。
「そうだよ。悪いか?」
「いや、悪くない。そういう奴は勘が良かったりするからな。私は嫌いではない」
「そうかい。ってことは正解なんだな?」
「ああ、読めていた。そもそも、あれは裏切る気満々だったろう。読めない方がおかしい」
たしかに態度は明らかなものだった。
しかし、
「裏切るように仕向けたのはおまえじゃないのか?」
追放だとか、ツヴィスの成祭を取り消す話を持ち出したのはオイトマだった。
たしかにロゲスは暴れていたが、最終的に裏切るようになった決定打はオイトマのものだろう。
「そうだ。ツヴィスがいじめられすぎて可哀想だったのでな」
「知ってたのか」
「獅子族にも私を慕ってくれている者がいる」
オイトマがわずかに振り返る。
視線の先には獅子族の護り手がいた。
彼はロゲスには付いていない、オーガと戦っていた男だ。
なるほど。そういうことか。
「ならロゲスはどうなるんだ?」
「ツヴィスが強くなるまで牢獄にいてもらうことまで考えている。あいつならば数年でロゲスを超すだろう」
「そうか」
きっと、それならばツヴィスも安心できることだろう。
実際に俺もオイトマと同じ意見だ。
ツヴィスはロゲスよりもセンスを感じた。しばらくすれば超えていくだろう。
「しかし、どうしてそこまで獣人族の内輪に関わろうとする? 聖剣のためならばロニィのことだけを気にしていればいいだろう」
「縁みたいなもんが出来てしまったしな。余計なおせっかいだと分かっていても何とかしたいって気持ちが前に出てしまう」
「良いではないか。実際におまえほどの力量を持てば並大抵の事象には首を突っ込んでも問題ないだろうしな」
オイトマが獰猛な笑みを浮かべる。
ロゲスとは比べ物にならない。明確な威圧感が俺だけに向けられていた。隙を見せたら戦闘が始まりそうだ。鳥肌が立つ。
「戦うつもりはないんだがな」
「私はあるがな? おまえの強さは気になるところだ」
なんと面倒な……
ロニィの言っていた忠告が今更になって身に染みる。
気に入られるとここまで絡まれるものなのだな。
「ふっ。まぁ、今は帰ろう」
今は、って。
まるでこの先があるみたいな物言いだな。
当然あまり戦う気は起こらないので、聖剣を取ったら早く帰るとしよう。
◆
俺達が帰る頃にはトーナメントは終了していた。
しかし、聞いた話によるとロニィは順調に勝ち進んでおり、ツヴィスも同様だった。
ようやく観戦ができたのは翌日だった。
成祭は円形の闘技場で行われる。俺とクエナはロニィを応援するために来ていたが……
「あぁ? なんで人族がいんだよ。てか、こいつジードじゃねえか!」
すこし観戦していることを後悔したのは、そんな絡み方をされてからだった。
場は騒然となってしまい、とても気まずい。お腹が痛い。
しばらくしたら『出ていけ』とまでコールが起こりそうだ。
だが、そんな彼らを諫めたのはビクタンや、オーガの際に助けた獣人たちだった。
「彼らは私たちを助けてくださいました。何より今回のオーガ討伐でキングを倒す活躍をされたのですよ。ロニィ様のご友人でもあるのですから観戦する権利は大いにあるでしょう」
「ぐ……!」
ビクタン達が俺から好奇や避難の目から逃すために囲むようにして座ってくれる。
「いやはや、大変ですな」
「すまん、助かる。ケガは大丈夫か?」
「このとおり問題ありません」
「いいえ、大ありです! もう無茶はしないでくださいね」
ビクタンの隣に恰幅の良い女性が声をかけてくる。同じ兎の耳をしているが、こっちは白色だ。
「わかっているさ。……ああ、すみません。こちらは家内でして」
「どーもー! お話は聞いていますよ。バカ達が騒いでますけど私は応援していますからね!」
両手でサムズアップしてくる。随分とハツラツとした物言いだ。
だが、なんとも悪い印象は抱かない。
「始まるみたいね」
クエナが言う。
中心にはロニィのグループと狐族の女性グループが相対していた。
審判の合図と共に戦闘が始まる。
魔法の余波がこちらにまで飛んでくる――かと思いきや、魔力の障壁によって当たることはない。ちゃんと防衛策は取っているようだ。
戦闘が激化している。だが、このままでもロニィは圧勝――
「――うおおおお! ロニィ様ァ! 勝て、勝て、勝てロニィ様ァ!」
「!!??」
突如として隣から叫び声とも声援とも分かりにくい声が飛んできた。
最初は信じられなかったが、おとなしそうな印象を抱いていたビクタンが声の主だった。
マジックアイテムで声を大きくして、さらに横断幕も開いている。後ろの客に邪魔じゃないのか……? と思ったけど後ろもロニィのために横断幕の展開を手伝っていた。
こいつら全員がロニィの応援者というわけだ。
いや、それだけじゃない。闘技場ではロニィを応援する声が多い。なんというか狐族の少女が可哀そうになってくるレベルでアウェイだ。
(あ、ロニィ勝った)
場の光景に圧倒されていると、いつの間にか勝負がついていた。
かなり早かったな。
ロニィのチームメンバーが強いのもあるが、本人も『Sランク』なだけある実力だ。
『さて、皆様! 参加者が倒れたので投票をいたします! どちらが勝者に相応しいでしょうかぁ~!?』
……勝者ってこれで決めるのか。
歓声はロニィが占めている。圧倒的だ。
たしかに分かりやすいことこの上ないが接戦になったら大変そうだな。
(次はツヴィスか)
相手は象族だな。その体格はとんでもなくデカい。3メートルはあるだろうか。
だが、ツヴィスは臆することなく攻め入っている。
象族の男が放つ一撃は重たい音を残している。見ているだけでも痛そうだ。
「勝ったわね」
「ああ、そうだな」
クエナが隣で冷静に審判を下す。俺もそれに同意した。
実際にその数秒後には象族の男が倒れていた。
(しかし……ロニィの時と比べるとあまり応援の声は聞こえなかったな)
ロゲスの件もあるのだろう。
獅子族全体の評判が下がっているのかもしれない。
何よりビクタン達もあまり興味がなさそうだ。彼らからすれば、ある意味では敵のようなものだからだろう。
それからロニィやツヴィス以外のメンバーの戦いも数戦あり、解散の運びとなった。




