つよさ
トイポが引き受けていた依頼はオーガの討伐だった。
オーヘマス国都の近隣にある森に、統率の取れたオーガの集団がいくつも現れていたという。
「こういう時はオーガキングがいるわ」
とはクエナの言だ。
獣人と合流する際の道中で情報の交換会を行っている。
「Sランクの魔物だろ? 滅多に現れないとかいう」
「そうね。まだ人族がひ弱だった時代、一国を滅ぼされたこともある。仮に知能がもっと高ければ魔族みたいに、同等の種族であると認められていたかもしれない」
それほどに強大な魔物。それがオーガキングという生き物だ。
禁忌の森底にオーガはいたが、キングと呼ばれるまでのものはいなかったと記憶している。
「実質、初めて戦う相手になるな。楽しみだ」
「本当は私たちの配置じゃないけどね……」
そう、クエナの言うとおりだ。本当は俺達が戦うのはオーガキングではない。だが、とある事情から配置を移動していた。
それから獣人たちの集まりに合流する。
腕利きばかりが二十名くらいだろうか。全員が護り手だろう。オイトマまでいる。
「おい! おまえらトイポの代わりだろ!? 持ち場は別だろうが!」
ロゲスだ。
こいつまでいるのか。オイトマは何を考えているんだ。
いや、正式にはツヴィスが成祭に負けるまでは追放ではないのだったか。
「オーガが移動していた。あんたらの持ち場に合流しに来ただけだ」
そう、俺達が予定されていた配置から移った理由はこれだった。
探知魔法を展開すると、そもそも討伐するべき魔物が存在していなかったのだ。
「そんな話は入っていない! それにこっちはオーガキングがいるって方面だ。おまえ達に邪魔されたらたまったもんじゃないんだよ!」
「そうなのか? なら別の方面に向かうとするよ」
言いながら踵を返そうとする。
しかし、オイトマが軽く手を挙げた。
「いや、待て。あるいは我々の動きが察知されたのだろう。側近がキングを守るために移動した可能性がある。こちら側で参加しろ」
「ですが、オイトマ様、足を引っ張る可能性が。そもそも勇者を断るほどの男に務まる仕事かも怪しいのに……」
「私の言うことが聞けないのか?」
「……いえ」
「ジード達は我々に付いてこい」
「わかった」
許認可は降りたみたいだ。
と言ってもオイトマ一人の独壇場だが。
ロニィが『父さんが気に入ったみたいなのだ』とか言っていたが、その恩寵もあったのかな。
森の奥に進めば進むほど、不気味な静寂が包み込んでいた。普通なら魔物の泣き声などが聞こえるはずなのだが一切ない。それどころか魔物の気配すらも消えている。
俺の探知魔法で理由はわかっている。ここら一帯の魔物がオーガによって掃討されているのだ。
「なぁ、オーガキングって一匹だけじゃないよな?」
「なぜ?」
俺の質問にオイトマが問い返してくる。
「生態がわからないんだ。でもキングってほどだから一匹だけのようにも思えてさ」
「一匹だけのはずだ。それ以外の前例はない」
「じゃあ、今回が初めての事例かもしれないな」
「なに?」
「二匹いるぞ。同じくらい強いのが」
パキリ、と小枝が折れる。
それは護り手の一人が踏み抜いた結果に生まれた音だった。
俺達の会話の声よりも小さい、何気ないものだったはず。
しかし、きっかけはそれだった。
『グロオオォォォッォーーッッ!』
オーガが一斉にこちらに向かい出す。
まだ距離はあるみたいだが地響きと揺れは届いてきている。雄たけびは肌を刺激してくるほどだ。
「どういうことだ、ロゲス。確認はおまえに一任してあったぞ」
「……」
オイトマの問いにロゲスは応えない。
ただ視線を合わせたままだ。
「そもそもオーガが移動していたことを知らなかったわけでもあるまい。そこの人族が分かったのだ。おまえが把握できていないはずがない」
俺のは探知魔法だからなんだが……
まあ今は会話に入るタイミングではない。
それにオイトマがそれほどロゲスを信頼していた証でもあるだろう。
だからこそ、なのだろう。
「――獅子族には誇りがある。昔は代々、獣人を束ねてきただから誰もが言うことを聞いていたんだ」
『グォォーーーーーンッ!』
オーガが岩を削った鋭利な武器で切りかかってくる。
それを護り手の一人が迎え撃つ。
次第にオーガの数は増えて大規模な戦いに発展していった。
クエナも混ざっている。
そんな中でもロゲスは態度を変えない。臆すことも動じることもせずにオイトマを一点に見ていた。
「変わったよ。次第に最高戦士は違う種族になっていった。俺がおまえに負けてから……死ぬほど屈辱を感じていた。だが、いいんだ。獅子族はまだ強くなればいい。そう思っていた――ロニィのやつがバカ共を立てるまでは!」
獅子族の護り手がオイトマを囲む。
これは『狩り』だ。
オーガではない。
オイトマを標的としたロゲス達の狩りだ。
「こんな時に仲間割れとはな」
「仕方ないだろうが! おまえにはこうでもしないと勝てねえんだよ! そこは認めてやる!」
ロゲス以外の護り手はオーガに戦力を割いている。
たしかに機会を見るのなら今が絶好なのだろう。ましてや、こんなこと街中ではやれないからな。
「『ロニィがバカ共を立てる』か。それだけが理由か?」
「そうだ! マジックアイテムなんざは獅子族の権威を揺るがしたゴミの産物だ! 弱者は罪だ!」
「そうだったな。獣人にとっての悪夢の時代は獅子が君臨していた時だ」
ロゲスは震えていた。
反対に、囲まれているはずのオイトマは泰然自若としていた。
「他のやつがオーガキングに手こずっている間、おまえは俺達に殺されろ!」
「――それはどうかな?」
オイトマの切り返しは冷静だった。
周囲をしっかりと見ている者だからこそのセリフだ。
「な……なに?」
ようやくロゲスも気が付く。
今、他の護り手が力を割いているのはオーガの残党だ。
オーガキングは二匹とも俺の背後で倒れている。
「そっちも手助けしようか?」
「いらん。ご苦労だったな、人族」
随分な自信だ。
他の護り手に対しても、ロゲスとの睨み合いにすら参加させようとしない。
「ちぃ……!」
オイトマの余裕が腹立たしいのだろう。ロゲスの怒りは心頭に達している。
「ロゲス、私はおまえに対して随分と配慮をしてきたつもりだ。だが、もはや容赦をすることはできない。今すぐの追放を甘んじて受け入れろ。それからツヴィス達には関わるな」
「だまれ! おまえに何が分かる!? これ以上、俺たち獅子族を愚弄するな!」
「話すに値せず、か。――しばらく眠れ」
ドスン、という音だった。
オイトマの猛烈な蹴りがロゲスを吹き飛ばした。
呻き声すら聞こえなかった。
「なっ!?」
ロゲスの取り巻き達が事態に気付いた時、すでに彼らの半数が戦闘不能に陥っている。
まるで大人と子供だ。
(これほど戦力差が開いているものなのか。ロゲス達の対応も納得だな)
ただ一方的に捕縛されている。
これほどの強さは見たことがない。魔物でも、人族でも。
あるいは魔族のフューリーなら……いや、やつの本気は見たことがないから不確定なことは言えないか。
「それでは帰ろうか」
オイトマの宣言は軽い仕事をこなした後のものに似ていた。これ俺がオーガキングを倒さなくとも平気だったろ。




