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「――ってなわけで、無事にトイポとレーノーが参加してくれることになった」
「うおー! ありがとうなのだ!」
ロニィが勢い余って両手を掴んで振り回してくる。
しかし、これで何とかなりそうだ。
「ビクタン達は大丈夫そうか?」
俺とクエナは治癒所まで来ていた。
ロニィと共にビクタンの調子を見に来たのだが、今はまだ眠っているようだ。
「子供たちはもう治ったみたいなのだ。でも、ビクタンはもうしばらく安静にする必要があるのだ」
「こっぴどくやられていたからな」
「ちょっと目立ちすぎたのだ。反省しないといけないのだ」
「いいえ、そんなことないわ。目立ったからといって武力で鎮めようとするなんておかしいもの」
ロニィの自責をクエナが咎める。
事実、ロニィは悪いことなどしていないのだから。
「それでも……ツヴィスに悪いことをしてしまったのだ。あいつは恐らく関係なかったのだ」
「ああ、俺もそう思うよ。おそらくロゲス達だろう」
「その通りなのだ。あんな卑怯な手段をとるのは他にいないのだ」
「ツヴィスには謝っておいた方がいいかもな」
「うむ、なのだ。あと腐れなく成祭に勝つために必要なのだ」
朗らかな顔つきでロニィが言う。
内心では腸が煮えくり返るほど怒っているのだろうが、成祭に備えて冷静さを取り戻しているのだろう。
(……成祭か)
ここまでロニィが勝つためのお膳立てをしてきた。
マジックアイテムの件といい、メンバーを揃えた件といい。
目的はひとつだ。
聖剣の奪還あるのみ。
しかし、ここまで関わってきて内情を少しずつ理解していった。もはや無関係と言い切ることはできないだろう。
(獅子族は放っておけない)
ツヴィス、セネリア。
彼らの想いを無視することはできない。
不意に治癒所に獣人が入ってくる。
ツヴィスだった。
「なんだ、来たのだ?」
「……ああ。ロニィがここにいるって聞いてな」
視線がたどたどしい。
何やら迷いがあるような気配だった。
「ちょうど良かったのだ。謝っておきたかったのだ。ビクタンや子供たちを攻撃した、なんて疑わって悪かったのだ」
気恥ずかしさと申し訳なさそうをない交ぜにした顔で、ロニィが謝る。
だが、ツヴィスは特に気にしていない様子で――むしろ別のことを気にかけているようだった。
「ロニィ……それを許してもいい。だが、頼みがある」
「頼み? なんなのだ?」
「成祭に参加しないでくれ」
その提案は場の空気を凍らせるものだった。
だが、意外なものではない。
「そこまでして許しを乞うつもりはないのだ。おまえは、もっとプライドのあるやつだと思っていたのだ」
ロニィの明らかに蔑視の含まれた眼光がツヴィスに注がれる。
たしかにツヴィスの頼みは軟弱なものだった。けれど、それを放ってはおけない。俺はそれほどに無関係とは程遠いものになってしまったからだ。
「ロゲスの脅しの件か?」
「脅しなのだ?」
「ああ。もしも成祭に負ければ、セネリアはロゲス達に連れていかれる。俺達の血筋は幾度となく最高戦士や護り手を生み出してきているから……」
「……ゲス共なのだ」
事情を把握したようで、ロニィの蔑視は別のほうに向いた。
「ちょっと待って。ロゲスなんて気にしなくても良いんじゃないの? 仮にロニィが成祭で勝てば、ロゲスは追放でしょ。ツヴィスが勝ってもセネリアを奪われることはないはず。別にロニィに負けて欲しいなんて言わなくても事は上手く進むわよ?」
クエナの話はもっともだ。
だが、それには大きな欠点もある。
「ロゲスが大人しく追放されるとは思わない。だから俺は成祭で負けるわけにはいかないんだ」
ツヴィスの拳に力がこもる。
本当にセネリアを想っているからこそ、万が一も許したくはないのだろう。
「ならすべてを守ってみせるのだ! 私に打ち勝ち、ロゲスにも打ち勝つのだ!」
「――それができたら頼みはしないだろうが!」
ロニィの理想に、ツヴィスは怒声で返した。
ああ、そのとおりだ。力の差は明確に存在している。きっとツヴィスはロゲスに勝つことはできないだろう。
俯き気味のツヴィスの頬に涙が伝う。それは地面にも垂れた。
「無力なのが……ここまで辛いとは……思わなかった……」
その変わり様に誰もが口をはさめない。
弱々しい声でツヴィスが続ける。
「順調だったんだ……神童だって言われて……護り手にもなって……おまえが現れなければ……!」
心の底から出てきた声は恨みだった。
それが正面から向けられているのはロニィで、きっと裏にはロゲス達がいる。それだけじゃない。この種族に対するものまであるだろう。
「――私は負けられないのだ。私に協力してくれたやつらがいるのだ。だから、そうやって情けない姿を見せることはできないのだ」
「……――!」
ツヴィスが何も言い返せず、ただ立ち尽くしていた。
そんな姿を見て、これ以上は何も言うことはないのだとばかりにロニィが立ち去っていく。
「それじゃ、私は行くのだ。成祭の用意があるのだ」
「ああ。またな」
俺とクエナは手を振って呼応する。
だが、ツヴィスは引き留めることもせず、顔を歪ませながら佇んでいる。
「……」
きっと今の彼には本当に何もできないと分かっているのだ。だからこそ次なる手は正常ならざるものになる。
「ツヴィス、獣人の勝ち負けにこだわる姿勢は必要だと思う。そのためにどんな手段を使うのも良い。けど、どこかで最低ラインは作っておいた方が良い。ロゲスのようにはなるな」
「知った風な口を聞くな!」
「そうだな。……すまない」
余計なことを言ってしまった自覚はある。
だが、彼には守るものがある。それを知っているから同情もする。何も伝えないまま終わるわけにはいかない。
聖剣を取り返す。そのためにロニィを勝たせる。それが最上の目的であることは獣人族の領地に来てから何度も再確認をさせられている。
(だからツヴィスが卑怯な手段を講じれば……俺はロニィを守らなければいけない)
できればツヴィスには道を踏み誤って欲しくはない。
「……大丈夫だ、ツヴィス。もしも成祭に負けたら俺に依頼しろ。必ず、おまえ達を守ってやる」
「…………くそ」
ギリっと奥歯を噛みしめる音がこちらにまで聞こえてくる。
俺の心根を察してしまったのだろう。
きっと彼には同情なんてものはプライドを傷つけるだけのものでしかないのだ。けど、それを受け入れなければならない。妹のために。
その葛藤が毒にならなければいいが。