救い
俺はまた緊急依頼を受けていた。
なかなかハイペースで緊急の依頼を受けるのだが珍しいわけではないらしい。とは傍らにいるAランクの先輩美人冒険者ことクエナの言葉だ。
「あんた足早すぎじゃない……?」
すこし疲れ気味にクエナが言う。
これでも王国からずっと走って森まで来たのだが、クエナは疲れこそすれ息は切らしていない。
「緊急の依頼なんだから急がないといけないだろ」
「けどもうすでに騎士団が先行しているって話じゃないの」
「ん、そうなのか?」
聞いていなかった話に問い返す。
「ええ。ちらっと聞いただけだけど王都近辺に現れたワイバーンの群れ……それだけでも騎士団の案件でしょ」
「まぁたしかにそうだな」
王都近辺は第一騎士団が守っている。
それは王族専用の護衛集団と言っても過言ではない。危険な魔物が現われでもしたら即座に討伐に向かう。
それは第一騎士団にも在籍していた俺だから分かるものだ。
ではなぜ俺たちにも依頼が回ってきたのか。
「まったく……商人たちもワガママよね。第一騎士団が討伐するんだから少しくらい荷物運ぶの待ちなさいよ」
「いやいや、鮮度の高い果物とかだったら大事だぞ。木から落ちて腐ったものを食べたことがあるが不味かった」
「……なんでそんなもの食べてるのよ」
クエナが「うげー」と顔を青くしながら言った。彼女は俺が森に棲んでいたことを知っている一人なので今更説明する必要もないだろう。
彼女なりに茶化しているのだ。
「まぁ、でもその商人さんのおかげで依頼がこうして来たじゃないか。神聖共和国から帰ってずっと暇だったから丁度いい」
「あんた、あれから掲示板の依頼にあんまり手を付けてないもんね。ていうかギルドにすら顔を出してないし。あんまり気にしすぎなくていいのよ?」
「気にしすぎている、というわけじゃないさ。カードを見て依頼も確認してる。ただ程よいものがないだけだ」
「それならいいけど。っと、そろそろ着くわね」
「ああ。あとこのペースで走って五分だ」
俺の魔力の波はすでにワイバーンの群れ十七匹と戦っている騎士団総勢二百五十名を捉えていた。
そこには見知った魔力や姿かたちもあった。
「あと五分ね……相変わらずジードの探知魔法はすごいわね」
俺のこの波はいわゆる探知魔法というらしい。しかもかなり高度な魔法で、通常なら五メートルが限界とのことだった。地下ダンジョンなどを潜るときに二メートルから重用されるらしい。
俺は必要範囲しかやっていなかったが、この前ちらっと本気を出そうとしたら王都全域を飲み込んで魔物に過剰な反応を与えてしまったのでやめておいた。
ちなみにリフにも反応された。あの幼女はすごい。
そんな探知魔法だが、なにか違和感を覚えた。
「ん……?」
「どうしたの?」
「いや、なんか変なんだよ。様子が」
「様子? ワイバーンのこと?」
「違う、騎士団の方だ」
「騎士団が? もしかして全滅でもしてるの?」
クエナがいくつも推察を立てる。
だがどれも違う。
「違和感は二つだ。一つはおそらくシーラ――副団長クラスが前線で戦っている」
「それは普通……じゃなかったわね。むしろ大ごとよね。どうしてかしら。団員たちが動けなくなってやむを得ずって感じ?」
「いや、団員たちは動けている。そのうえでシーラも戦っている。おそらくシーラは副団長に成りたてで俺たちにも優しく人情的に接していた。彼女自身も前面に出て戦っているんだろう」
「なるほどね。でも違和感を覚えたんでしょう?」
「ああ。今までは父親である第一騎士団の団長からの命令で戦うことを許されていなかったはずだ」
そう。許されていなかった。俺たち団員が前にいる以上は後ろでどっしりと構えるように言われていたはずだ。
むしろこうやって戦場に出ることでさえ稀なのだ。
「だからこその違和感ね。もう一つは?」
「もう一つは……首輪か? 首を一周している小さな線くらいのマジックアイテムが団員たちの身体を支配しているような……」
「首輪……支配……? ねぇ、それってシーラって指揮官にも着いているの?」
「いや、着いていないみたいだな」
「……もしかするとそれって!」
クエナが俺の言葉からなにか勘付いたようだ。
だがその言葉はまだ聞けない。もう五分が経ったのだ。
つまり第一騎士団が争っている場所に着いた。
「――クエナは七時の方向から飛来してきているやつを落とせ!」
「分かったわっ!」
俺の咄嗟な言葉を瞬時に対応し、忠実に炎の剣を抜いて体長が倍以上もあるワイバーンに向かっていった。
ワイバーンのランクはBだ。上位のクエナにとって一匹を相手にするのは難もないのだろう。
そして俺は――。
『グオオオオェェェェェッッ!!!』
さらに前で戦っているシーラ。
剣を跳ね飛ばされ、ワイバーンの攻撃を防ぐ手立てをなくしている。周りにいる騎士や兵たちは動ける様子じゃない。
――それはすでに探知魔法で理解していた。
「壱式――」
それは『禁忌の森底』で出会った魔物? だ。姿形はないが、たしかに魔力としては存在していた。
それは急に現われ、鋭い魔力をもって鋼鉄をいとも簡単に両断した。
要領はそれと同じ。
俺が初めて見て、初めて覚えた魔法。
剣を抜く動作を虚空でする。魔力を込めるだけで、それは斬れる剣となる。
「――【一閃】」
ワイバーンはあっさりと二分した。
シーラに迫っていた身体は地面に落ちて死に絶える。
「大丈夫か、シーラ」
尻もちを付いて唖然としている金髪の美少女を横目で見ながら聞いた。
目を見開いたままなにも口にできない様子だ。見た感じ怪我はなさそうで安心した。
というか別の場所ではクエナがもう二匹も倒している。
団員たちは増援に安堵して剣を地面に刺してそれを軸に身体を傾けたり、身体を地面に投げ出したり、思い思いに休憩をしている。
まだ全然ワイバーンはいるのだが、彼らの顔は疲れで限界そうだった。
見ればシーラも整った顔が疲労で元気なさそうだ。
「なにかあったのか、シーラ」
もう一度、別の言葉で問いかけた。
するとシーラの瞳から涙がぽろぽろと零れ出した。
終いにはワイバーンの群れの中だというのに――俺に抱き着いてきた。
余程の恐怖だった、ということもあるのだろう。
だがそれだけじゃない。それだけでここまで追いつめられることはない。
シーラが一言、
「……も……ぅ……むりだよ……ジードたすけて……!」
俺にそう縋り付いてきた。




