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おうち

 大きい。


 セネリアの家を見た時に抱いた感想だった。


 中に入ると外観以上の広さを感じた。


「どうぞ、ゆっくりしてください」


 ニッコリと微笑まれる。


 クエナのクゼーラ一等地の家も凄いが、単純な大きさでいえばセネリアの家は二倍くらいある。


「なぁ、セネリアの両親ってなにをやってるんだ?」


「両親は共に他界しています。父は流行り病で、母は気を病んでしまって……」


「……すまん」


「いえ、私が物心つく前の話ですから」


 あまり気にしていない様子で遠慮がちに言ってくる。


「それにしても大きい家ね。踏み込みすぎて申し訳ないんだけど、遺産にしては保てるか不思議なところよ?」


 クエナが不躾な問いかけをする。しかし、それは彼女も承知のうえだろう。仮にクエナが聞いていなければ、俺が聞いていたところだった。


 安心して泊まるためにも事情は把握しておきたい。


「うちは代々、最高戦士を輩出している家系で。私は全然強くないんですけど……」


 そういう事情か。


 人族でいえば貴族のようなものだろうか。


 それに、とセネリアが付け加える。


「兄が護り手なんです。私なんかとは違って、とても強くて優秀で」


 そう言うセネリアは自慢気だ。


 ふと、点と点がつながる。


「なぁ……セネリアの兄ってさ――」


「――おまえら、なんでここにいる?」


 敵意と殺気の入り混じった気配が背後から漂う。


 振り返るとツヴィスが立っていた。


「あ、お兄ちゃん。あのね、この二人は……」


「……おまえは黙ってろ」


 ツヴィスからセネリアに冷たい視線と言葉が投げかけられる。


 本当に兄妹なのか疑念が浮かぶほどのものだ。


「寝泊まりさせてくれるっていうから来ただけだ。喧嘩をしに来たわけじゃない」


「あ? おまえらなんかを?」


「お兄ちゃん……ジードさん達は私を助けてくれたの。その二人が困っているみたいだからお礼をしたくて。お願い!」


「いや、でも、こいつらは」


「私を助けてくれたんだよ? 困ってるんだからお互い様だよぅ!」


 セネリアが瞳を潤わせて懇願している。なんだか、わざとらしさを感じる仕草だ。


 兄のツヴィスはかなり動揺していた。


「……ちっ。一泊だけだぞ」


 妹の願いに根負けしたようだ。


 愛想悪く舌打ちをしながら自室らしき部屋に入っていった。


「ん? 泊っていいのか?」


「みたいですね」


 なんだか意外なまでにあっさりと済まされた。


 ツヴィスのことだから追い出される覚悟はしていたのだが。


 表向きは辛く当たっているように見えたが、よほど妹には甘いらしい。


「それじゃ、お部屋に案内しますね」


 セネリアが俺たちに微笑む。さっきまで涙目でツヴィスに迫っていた姿とは一転した。


 それから部屋に案内される。


「客室は二つご用意できますけど、一つでいいですよね?」


「「え?」」


 セネリアの無邪気な問いに素で聞き返してしまう。自然とクエナと声が被って気まずい間ができあがる。


 それから一瞬クエナと見合う。クエナの顔が真っ赤になっている。


「ふ、二つじゃダメか?」


「そ、そそ、そうね。二つでお願いしたいんだけど」


「あれ? てっきりお付き合いされているのかと……すみません! こっちの部屋とこっちの部屋を使ってもらえれば大丈夫ですから」


 セネリアが隣り合った部屋を手でさす。


 すごい勘違いをされていて……ちょっと気まずい。


「「は、はい……!」」


 また声が被った。


 それからクエナと別れて部屋に入る。


(広いな)


 インテリアも充実している。


 嫌味抜きで、よほど金を持っているらしい。


 ……いよいよ、だな。


 荷物をまとめる。とはいえ便利な携帯用のものばかりなので時間はかからない。


 しばらくしてドアがノックされる。


「入ってくれ」


「うん。荷物の整理終わった?」


「終わったよ。そっちに行くつもりだった」


「そ。ちょうど良かったわね。それじゃあ予定を話そうかしら」


 クエナが適当な椅子に腰を下ろす。


 俺もそれに倣う。


「おそらく、私たちが手伝えばロニィを勝たせることができる。方法は『選挙』のようなもの」


「せんきょ?」


 聞き慣れない言葉だ。


「神聖共和国の大統領を決める際の手段、投票よ」


「ほー」


 大統領ってのは、たしか……そうだ。国の主導者だ。王族や貴族とは違い、平民からでも成り上がれるもの。


「単純な勝ち抜き戦だけでないのならロニィに票が集まるよう仕向ければいい。今日の力のない人を虐げるような状況見たでしょ?」


「ああ、ひどいもんだった」


「きっと、獣人族でいう『弱者』って人たちも同じことを考えてるはず。ならロニィに彼らを助けるよう言うのよ」


「助けるっても、どうやって?」


「彼らを認めてあげるの。マジックアイテムの製造は有意義なものだって。だからこそウィンウィンの関係を築くために守るって。ロニィは実力者だから一言あれば十分よ」


「ふむぅ」


 そういえばロニィもなんだかんだで受け入れていたな。もしかすると可能性があるのだろうか。


 俺としても聖剣が戻ってくる可能性が高まるなら試したい。


「ま、クエナが言うのならやってみる以外の手はないな」


「決まりね。ひとまずロニィに協力を打診しなくちゃ」


「ああ、そうだな」


 クエナが冒険者カードを弄っている。どうにかしてロニィと連絡を付けようとしているのだ。


 おそらく明日にでもロニィと会って話すことができるだろう。


(……)


 自らの冒険者カードを取り出す。


 未だ依頼と取り消しが繰り返されている。


 実際に俺や周囲への被害がないだけマシだが、あまりにも幼稚だ。


 しかし、気になっていることがあった。


(違うか……)


 ちょこちょこ依頼されては取り消される。本来なら依頼者名は見ることができない。しかし――取り消される一瞬前であれば見ることができる。


 目的の名前は出ていない。


 正直、イタズラをしてくる依頼者の名前なんて覚えるつもりはない。意識して確認もしていない。


 しかしながら、イタズラをされる前は不意に目につくことが多くあった。


「……――セネリア」


「どうしたの?」


 クエナが不思議そうに俺の顔を覗く。


「実はさ、セネリアの名前を聞いた時、ちょっと引っかかったんだ」


「引っかかった?」


「ああ。俺に何度も依頼をしてはキャンセルをしてきたやつの名前だ」


 クエナがすこし意外そうに片方の眉が吊り上がる。


 それから再確認するよう小首を傾げた。


「イタズラってことよね?」


「間違いなくな」


「名前が似ているってだけじゃない?」


「その可能性もあると思う」


「きっと、そうよ。ましてやお金をかけてまですることかしら」


「実際している奴らもいるからな……ほら」


 クエナに俺の冒険者カードを見せる。


 ドン引きクエナが顔をしかめた。


「うわぁ……まだこんなに……」


 なんだかんだ気苦労は多い。


 正式な依頼は一回も来ていないが、緊急性を伴うものもあるので通知はくまなくチェックしているのだ。


 気を抜いて怠れることではない。


「気を付けなさいよ、セルフ・ブラックってやつ。自分で過酷な労働してたらギルドに来た意味ないじゃないの。一番大事なのはあんたの身体と精神よ」


 言われたハッとする。


 そういえば、まだ仕事に対して気持ちを背負いすぎているようだ。


 クエナは本当によく俺のことを見てくれている。


「そうだな。クエナ、ありがとう」


「うん。ここでジードに倒れられたら元も子もないしね」


 にっこりを微笑む姿はとても愛らしく。


 俺の感情の全てを飲み込むようだった。


「なぁ――」


 言いかけて、止まる。


 うまく言葉が紡げない。


「どうしたの?」


 不審な態度をしていただろう。自分でもよく分かる。


「いや、なんでもない」


 誤魔化すように笑う。


 クエナに抱いている気持ちがある。


 でも、どういう言葉をかければいいのか。わからない。今度リフに会って聞いてみるとしよう。きっと彼女ならば答えてくれるだろうから。


「ふーん。ま、いいけど」


 クエナが訝しがりながらも仕方なく納得する。


 こんこん、とノックが入る。


「はい、どうぞ」


「失礼します。お風呂とごはんが出来たのですけど、どうしますか?」


 セネリアだった。


 その日は何事もなく、彼女から歓待を受けるのだった。ただ、ツヴィスは部屋から出てこず、顔すら合わなかった。


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