であい
オーガの集団は街にまで侵攻していた。
数にして三十匹はいるだろうか。
「こんなところに来ているのか」
「オーガはAランクの魔物よ。たしかな実力もあれば多少の知性もある。けど場所が悪かったわね。ここは獣人族でも守りが獅子族の住まう場所よ」
護り手らしき獣人族だけではない。一般の住民までもが参戦している。その中にはロニィの姿もあった。
三メートルはあろうかというオーガの巨体をものともしていない。
着実に一匹一匹を仕留めている。
一見すれば問題なさそうな状況だが、気がかりなことがあった。
「……だれも救助活動をしていない?」
「そうみたいね」
「――……!」
まさに今も一人の少女が襲われそうになっていた。
オーガが蹂躙される一方で、ようやく見つけた弱者。にたりと笑みを浮かべて丸太を握りやすくした程度の棍棒を振り上げた。
少女は腰を抜かしているようで尻もちを付いたまま動けていない。
大丈夫。間に合う。
そんな光景を冷静に対処する術を思い浮かべながら、俺は駆けていた。
「壱式――【一閃】」
オーガの胴体が真っ二つになる。
そんなおぞましい光景を少女に見せるわけにもいかず。俺は少女の前にオーガを覆い隠すよう立った。
「大丈夫か?」
すっかりおびえ切った目をしている。
耳と尻尾を見る感じ、獅子族の少女だろう。
「す、すごい……」
光景を隠してはいたが、少女は俺のやったことには感づいたらしい。
「ここは危ない。行こう」
少女に手を差し出す。柔らかく小さな手が受け取る。
ひとまず少女を抱えながら安全な場所に向かう。――クエナの元だ。
「ほかにも襲われている人がいるみたいだ。この子を頼む。あと何人か連れてくるかも」
正直、街の中心にまで戻ってくる時間はない。
となるとオーガを相手に獣人を守りながら戦えるのはクエナしかいない。
「私がお守ってわけね。行ってらっしゃい」
腰に手をあてながら、しょうがなさそうにため息交じりに了承してくれる。
それから――誰もしない救助活動をクエナと二人で行った。
オーガの襲来を退けると、街の復旧作業が早い段階で行われるようになった。
しかし、護り手は逃げていったオーガたちを追いかけている。作業は街の住民ばかりで行っているようだ。
「た、助かりました。ありがとうございます」
救助した獣人の中から代表して兎の耳を持ったふくよかな男性が前に出てきた。オーガの侵攻で丸メガネが少し欠けている。
「ああ、気にしなくても大丈夫ですます――……平気だったか?」
慣れない敬語を使おうとして失敗する。
まだ練習が必要そうだ。
男がマリンキャップを取りながら笑みを浮かべる。
「おかげさまで家族全員が無事です。私はビクタン、そこの商店でマジックアイテムを営んでいます」
オーガによって壊されかけている街並みの一部を指しながら言う。
マジックアイテム……か。
「俺はジードだ。冒険者をしている」
「ええ、よく存じ上げております。もしお困りの際は私共にお手伝いをさせてください。力はありませんが、マジックアイテム関係のお話であればご協力いたします」
ビクタンはそう言うと頭を軽く下げてから立ち去って行った。
俺のことを知っていても嫌ってくる様子はなかった。
他の獣人たちも俺に頭を下げると復旧作業に取り掛かりに行く。
そして最後に一人だけ残っていた。
最初に助けた獅子族の少女だ。
「どうした? 家族は?」
「……」
なにか迷いのあるような目が、たまに俺のほうを見てくる。
それは決意に代わることなく、無為に時間だけが過ぎていく。
仕方ないので誰かに預かってもらおうと思い――。
「ジード」
ロニィが戻ってきた。
「オーガを追いかけなくていいのか?」
「あれは功績が欲しい連中にやらせるのだ」
「功績なら街の復旧を手伝えばいいのに……」
クエナがオーガによって一部壊滅させられた街を見ながらぼやく。
そんなクエナの意見とは裏腹に、ロニィは首を左右に振る。
「そんなものは何の足しにもならないのだ。――だから聞きたいのだ。なぜ弱者を助けのだ?」
ロニィが獅子族の少女を一瞥した。
「助けるのに理由がいるのか?」
「本能的にいえば私も助けたい気持ちはある。それはごもっともなのだ。でも意味ないのだ」
「意味はある」
「ほー。是非とも教えて欲しいのだ」
「彼らは腕っぷしの強者や弱者でいえば弱者だろう。けれど、腕っぷし以外では俺達が負けていることだってあるんじゃないのか。少なくとも俺にはマジックアイテムなんて作れない」
俺が文明に触れて真っ先に思ったことだ。力だけで生きてきた禁忌の森底とは大きな違いがある。
「ふふん、それは分かるのだ。けど価値の違いなのだ。マジックアイテムはたしかに便利なのだ。けども力には劣る。実際にオーガの侵攻を食い止めたのは力なのだ」
「だからこそ助け合うべきだろう」
「街を守る壁の話なのだ? それなら彼らが勝手に作るべきなのだ」
「そ、それは魔物が妨害してくるから――!」
獅子族の少女が間に入ってくる。
「じゃあ依頼をすればいいのだ」
「むりね。これだけの規模となると長期間になるわ。お金も人手も足りなすぎる」
投げやりなロニィの言葉にクエナが反論する。
「つまり、それだけの価値しかないということなのだ。本当に大事なら最高戦士や護り手が直々に動くのだ」
「一見だけで全ての価値が見いだせるわけじゃないわ。今やマジックアイテムは戦場でも使われ出している。人族では主力級の働きを見せているし、個人の使い手次第では『賢者』クラスの働きができる人だっていると聞いているわ」
「……ふむ」
クエナの言葉にロニィが押し黙る。
さすがの聡明さだ。クエナの機嫌が悪くなるだろうから言えないけど、やはりルイナと同じ血が通っているだけあって似ている部分がある。
『ガァァァァァァアアアッッ!!』
オーガの咆哮。
さっきの兎族の男性たちが襲われている。
まずい、見逃してしまっていたか。隠れていたようだ。探知魔法を使えばよかった。そんな反省を反芻させながら足に力をこめる。
だが。
俺よりもはやくロニィが動いていた。
オーガが軽く蹴り上げられる。宙を舞う巨体がロニィの更なる一撃で地面に叩きつけられる。
「まぁ、たしかに。ジードやクエナ、それからセネリアの言うことにも一理あるのだ」
ロニィがニカッと屈託のない笑みを浮かべる。
過去のしがらみは一切消えたとばかりの柔軟な対応だ。器すら感じさせてくれる。
それからロニィはオーガを抱えて街の外れにまで向かっていった。街の復旧には邪魔だからだろう。
「……ん? セネリア?」
ふと、気にかかる名前が出てきた。
しかし疑問を口にするよりも前に、隣から声がかかる。
「わたしの名前です。セネリアと申します」
大きな瞳が俺を見上げる。
獅子族の少女――セネリアというようだ。
「なんだ。ロニィとは知り合いだったのか」
「正確には兄の知り合いですが……」
「おお、そうだったのか」
なんとなく顔なじみのような親しさだったので違和感があった。それにしても互いに敵意があったようなので、仲が良いかは判断の余地があるだろう。
「家は大丈夫そうなのか?」
「はい、おかげさまで無事でした。そもそも私の家はもっと中心部のほうなので……」
「なるほどな。それじゃ、はやく帰った方が良い。さっきみたいに隠れているオーガがいないとも限らない」
「そうですね……わかりました」
なにか言いたげな様相だったが、セネリアは素直に頷いた。
「さて、クエナ。帰るとするか。また成祭が終わる頃に戻ってこよう」
「そのことなんだけどね。私たちは残っても良いんじゃないかしら」
神妙な顔つきでクエナが提案する。
「どうして?」
「一週間程度しかないのなら往復の移動だけで時間が取られちゃうわよ」
「転移が使えるぞ? 距離があるけど俺とクエナの二人ならムリじゃない。さすがに魔力の限界があるから連発はできないけどな」
「ほかにも理由があるわ。さっきのロニィの成祭の話を聞いて思ったんだけど私たちも手伝えるんじゃない?」
「手伝える? トーナメントの参加はムリじゃないか?」
人目に付くことさえ憚れるだろう。
もしもロニィと一緒に戦っていたらブーイングの嵐に違いない。ましてや観客が乗り込んできそうなほどだ。
「トーナメントじゃないわ。投票のことよ」
「ああ、あったな。そんなものも。でも肝心なのは実力なんだろ?」
「いいえ。投票なら一時の戦闘で決まるものじゃない。これの意図は『護り手』に相応しいかどうかを決めるものだと思うの」
「ほーん?」
クエナの言葉は難しくて頭がぽわんぽわんだ。
どうやら察してくれたようで、クエナが額を抑えながらかみ砕いて教えてくれる。
「単純な強さだけを測るのなら客観性を重視するまでもないわ。だからこそ最高戦士は一番強い人で決まるわけ。でも今回は『護り手』を決めるためのものだとロニィが言ってたわよね」
「ああ、護り手になれるのも賞品の一つだって言ってたな」
「それはつまり普段の仕事ぶりも投票に影響するんじゃないのかしら?」
「人格的なものも評価されるってことか?」
「獣人族で人格が評価されるかは怪しいところだけど……話の筋としては似たようなものね」
仕事や普段の行いも鑑みて護り手になるか決めるってことなんだろう。考えてみれば素行の悪いやつが国都を守るような職務に付くのもおかしいか。
「なんとなく分かったけど、それがどうしたんだ?」
「チャンスってこと。私たちがロニィを手助けできるポイントよ」
クエナの瞳がキラリと輝く。
なんだかノリノリな様子で可愛い。
「……っと、その前に泊まる場所を探さないといけないわね」
クエナが空を見上げる。
夕日が傾き始めている時間帯だ。
もうそろそろで暗くなる。
「泊まる場所か。どうすっかな……」
なるべく獣人族領に留まる理由は知りたい。
しかし、クエナの言うことなのだから疑いようはないだろう。何かしらの手立てがあるということだ。
ならば残るしか選択肢はない。
そうなると先に泊まる場所を見つけなければいけない。なるべく陽が沈む前に。
「ジード……また野宿するかもしれないわね」
「だよなー」
嫌われ者の辛いところだ。
オーヘマス国都に来た時のことを思い出す。かなり視線が痛かった。あれは宿に泊めてくれる雰囲気ではない。
どこかに大金を払えば泊めてくれるような場所もあるかもしれないが、それを探すだけの時間はおそらくないだろう。
やっぱり転移をして人族に戻るのも一つの手か。
「あ、あの。私のお家でよければいらっしゃいますか?」
うぉうっ。セネリアだ。
まだいたのか。と言っては口が悪いだろうか。
しかし、てっきり帰ったものだとばかり思っていた。
「いや、さすがに世話になるわけにはいかない。迷惑をかけたくはないからさ」
「迷惑だなんてそんな! 助けていただいたご恩をお返ししたいだけなんです!」
「……うーん」
「良いじゃないの。泊めてもらいましょう」
「ええ、ぜひ!」
にっこりと微笑むセネリアに、俺はこれ以上断ることはできなかった。




