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よかん

 俺とクエナは馬車から降りて、目の前の景色を眺めていた。


「ここがオーヘマス……国都?」


「どう、感想は?」


 クエナが隣で尋ねてくる。


「なんか今まで見てきた都市とは違う感じだ」


「うん。獣人族の最大の特徴は強さを重視しているところ。だからこんな風になってる」


 外壁は一切ない。


 ただ民家が広がっている。


 ここに来るまで森を抜けてきたが、魔物は多く存在した。襲われたことだってあったほどだ。


 つまるところ、この国都とやらは魔物の襲撃の対策が一切取られていないのだ。


「強さを重視するって言っても戦闘だけじゃ食べていけないんじゃないのか?」


「そうね。でも、そういった仕事は軽視されている。いくらでも補充できると思われてるから」


「おぅ……怖いな」


 自然とそんな言葉が出る。


 俺の違和感をクエナが代わりに問うてくる。


「なに言ってんの。あなた強いんだから天国でしょ? 寝首を掻かれるとか想像してるの?」


「いや、そうじゃない。なんだろうな。強くなることが絶対のような……」


「もしかして競争が怖いの?」


 クエナが俺の顔を覗き込んでくる。瞳の中には心配そうな色が見えた。きっと、動揺をしていたところを見透かされたのだろう。


 そこで、自分が過去の体験と照らし合わせていたことに気が付く。


「ああ、多分そうだ。森にいた頃は強くならないと死んでいたからさ。それが絶対であるここは息が詰まりそうだ」


「死ぬわけじゃないでしょうけど……まぁ、追って追われてを繰り返すのは疲れるでしょうね。でも、獣人族はそれで栄えている。人族だって魔族だって少なからず競い合うことだってあるでしょう」


「……まぁ、たしかに」


 クエナに言われて、少しだけ落ち着く。


「じゃ、探すとしましょ。ここは人も多いから、まずはギルドの支部に行って――」


 言いかけて、クエナが視線を止める。


 俺も釣られて視線の先を見ると、ボロボロの剣を持った駆け出しっぽい冒険者が歩いていた。まだ若い少年だ。


 その剣は見知ったもので、ていうかもろに――


「あるじゃねーか!」


「うおっ!」


 冒険者が俺の声にビックリした様子で立ち止まる。


 やばい。不審者だと思われてしまっただろうか。


 このままだと警戒されてしまう……!


「お、驚かして、すまない。じつは君の持っている剣は俺の物だったかもしれないんだ。確認しても良いかな……?」


 なるべく穏やかな口調で語り掛ける。


 少年は目をパチクリさせたまま固まっている。


 やばい。このままだと心を開かれないまま逃げられてしまうのでは――


「――ジードさんじゃねーか!」


 少年が腕をピン! っと伸ばして聖剣を差し出してきながら言ってきた。顔は驚愕に染まっている。


「……あ、す。すみません! あの、いつもご活躍見てます! どうぞ確認してください!」


「え? あ……ありがとう」


 なんだか拍子抜けした気分だ。


 まるで子犬に懐かれているような態度を取られている。


 あまり悪い印象は抱かれていない様子で何よりだ。


「……よかったわね、Sランクの冒険者サマで。憧れの的じゃないの」


 クエナが小声で横から嫌味のように言われる。


 少年は目を輝かせているから、なんとなく言いたいことは分かる。だが、やめてくれ。悪いことをしているわけではないのに、なんだか後ろめたい気分になるじゃないか。


「で、どうなの? 本物っぽい?」


「ああ、みたいだ」


 ポロリと聖剣を纏っていた錆びの一部が零れる。どういう仕組みか、綺麗な刀身が少しだけ垣間見える。


「すまない。これは俺の物だ。買い取らせてくれ」


「い、いえ! ジードさんからお金は取れませんよ!?」


「それは悪いからダメだ。なんなら他の剣を見繕っても……」


 故意ではないが、一時的に失くしてしまっていた。しかも、聖剣は捨てられていたのだ。それを拾われて売られるのは仕方ないことだと思う。


 何より彼に悪意があったわけではない。このまま俺が無理やり奪っては、ただの被害者というものだろう。


「ちょっと……」


 クエナが注意を払うように声をかけてくる。気づく。いつの間にか獣人族に囲まれていることに。


 どうやら会話に集中しすぎてしまったようだ。


「その剣を貸してもらおう」


 獅子の耳としっぽ。がっしりとした体格に長身だ。尖った目をしている。低く重みのある言葉に相応しい男だ。


 文献で見たことがある。


 この容姿の特徴は獅子族――。獣人族でも武闘派の種族だ。


「……」


 半ば強引に奪い取ろうとしてくる。


 しかし、力を込めて留まる。


「なんのマネだ?」


「そっちこそ。これは俺のものだが?」


「俺は『護り手』のツヴィスだ。反抗しないでもらおうか」


「なぜ、剣を見たい?」


「それが『聖剣』だからだ」


 ツヴィスと名乗った男は淀みなく答えた。


 どうやら最初からバレていたようだ。


 てか、こんな一瞬で見破られるってことは本物の聖剣なんだな。スフィがあっさり渡してきていたから疑ってしまっていた。すまん、スフィ。


 しかし。


「なら余計に渡すつもりはない。これは借りているものだ。本来の持ち主に返さなければいけない」


「ああ、そうだ。おまえの持つべきものではないな。ジード」


「俺のことまで知っているわけか」


「おまえは獣人族でも有名だ。もはや良い意味ではないが」


 明確な敵意を向けられる。


 足の重心から、軽い息遣いの変化で戦闘が始まる気配を感じた。


「さっきも言ったが聖剣を持ち主に返したいだけなんだ。戦うつもりは毛頭ない」


「おまえが良くても俺達は良くない。おまえに聖剣は似合わない。今、おまえが持っているだけで虫唾が走る」


 ツヴィスの顔が歪む。俺への憎悪が滲み出ている。


 どうやら俺は相当嫌われているようだ。


(おまえの言ったとおりだったよ、クエナ)


(でしょ)


 なんてクエナとアイコンタクトを取る。互いに同じことを思っているかは議論の余地があるだろう。


 しかし、おかげでクエナが助け船を出してくれる。


「いきなり人族を襲ったとなれば大問題よ。それも私たちはSランクとAランク。ここら一帯に甚大な被害が起こるわ」


「どうでもいい」


 クエナの言葉は一蹴される。


 ああ、これはマズい。アウェイの状態で戦闘が始まりそうだ。


「待つのだ! 困っているようなのだ。助けてやるのだ!」


 腑抜けた声と共にツヴィスと俺の間に助勢が入り込んでくる。


 白く、高い耳にしっぽ。狼だろうか。


 あまり賢くはなさそうな喋り方とは対照的に、女性的ではあるが戦闘に慣れていそうなバランスの良い体格をしている。


「……ロニィ」


「護り手とはいえ暴挙は許されていないのだ、ツヴィス」


 空気が変わる。


 隣のクエナも「ロニィ……」と口にしている。有名人のようだ。


 どうやら戦闘にはならずに済みそうかもしれない。


 ロニィと呼ばれた女性も強い。ツヴィスを止めるだけはある。


「では、おまえはこいつに聖剣が渡ることを許すのか?」


「イェスなのだ。持ち主が所有するのは当然のことなのだ」


「いいや、持ち主は違う。これは歴代の勇者様がどこかの村に託したものだ。そして、それは聖女スフィ様が預かっていた……所有すべきは資格のあるものだけだ」


「相変わらずの勇者好きなのだ。けども、そのスフィとやらが託したのはジードなのだ」


「違うと言っているだろうが! 勇者から逃げた臆病者が持っていいはずがない!」


 ツヴィスの言葉に熱が入る。


 ロニィが仲裁してくれたようだが継続して状況は芳しくない。むしろ白熱してしまって人々の注目が集まっているくらいだ。


「で? もしもジードから取ったらツヴィスが返すの?」


「少なくとも勇者を断ったような恥知らずよりはマシだろうが!」


 さっきから俺の扱いが随分とひどい。


 まぁ、こうなることは話を聞いて予想していたので心のダメージは不思議と少ない。


「――和やかではないな」


 また誰かが間に入ってくる。


 今度は『強い』なんてレベルじゃない。纏う魔力は少量だが極めぬかれている。


 ロニィに似て白い尻尾と耳を持つ男が現れた。


「……オイトマ様」


「父さん」


 さっきまで威勢の良かったツヴィスがしおらしくなった。


 ロニィは男のことを「父」と呼んだ。


 どうやら両者ともに見知った人物が現れたようだ。


「なんの話だね。混ぜてもらおうか」


「いえ、お気になさるほどのことでは……」


「ツヴィスがこの人からカツアゲしようとしてたのだ」


「ちっ……」


 ロニィが勝機を得たとばかりにとニヤリと表情を浮かべる。


「ほう。なぜ? ツヴィス、おまえの家に金は腐るほどあるだろう。歴代の『最高戦士』を何人も輩出してきたのだから」


「……金ではありません。そいつが不相応にも聖剣を聖女様に返そうとしていたから、俺が代わりにその役目を担おうと考えただけです」


「はは、なるほど。それでロニィと口げんかになったわけだ。それで、ジード殿。君は許したのか?」


「おまえ、だれ――」


「ジード」


 俺の言葉を遮り、クエナが横から小声で話しかけてくる。なんなら急ぎの要件とばかりに横腹を突いてきながら。


「どうした?」


「……今の最高戦士よ。つまり獣人族の王様」


 どうりで。


 実力で選ばれるだけはある。


 と、なれば返事を待たせるわけにもいかないだろう。


「俺は許していない。ここで帰してくれれば長居もするつもりはない」


「ふむふむ。せっかく人族が来てくれたのだ。もっと居てくれてもいいのだがな?」


「いや、それは」


「そうだ。こうしよう」


 オイトマが有無を言わさず俺から聖剣を奪う。


 ポロリと錆びが落ちたのは、俺が長く持っていたからだろう。


「近々、獣人族で『成祭』という催しが行われる。これは若き最高戦士候補の実力を見極めるためのものだ。ツヴィスとロニィは注目株なのだよ」


「……それが?」


「ツヴィスが勝てば聖剣は彼が持ち、ロニィが勝てば聖剣はジード殿に返そうじゃないか」


「なに言ってんだ? なんでそんな催しに俺が……」


「ここでは私がルールだ」


 オイトマの周囲から続々と獣人が集まる。


『護り手』とかいうやつらだろう。一人一人の力量は凄まじい。ここにいる数人でさえ、オイトマを除いても一国の軍事力にさえに値するほどだろう。


 クエナが俺に聞こえる声で、ぼそりと呟く。


「……今は引いとくのが得策かも。獣人族と揉めるのもまずいわよ」


 しかたないか。


 だが、いざとなれば――。


「わかった。それでいい」


「うむ。では、聖剣は預かろう。必要であれば研いでおいても良いが?」


「その錆びは研いでも意味ない」


「なるほど?」


 いささか得心のいっていない様子だが、オイトマが隣にいた男に聖剣を渡した。


「では、ツヴィスもロニィも奮闘するように。背負う者の責任は大きい。……ツヴィスはわかっているだろうがな」


 オイトマの言葉に、ツヴィスが睨みで返す。


 それには鬼気迫ったものがあった。


 同様に、聖剣をオイトマから預かった側近らしき『護り手』の一人も、似たような視線を――ツヴィスに与えていた。


 どうやら複雑な関係のようだ。


 オイトマが締めくくり、解散となった。


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