かんがえ
木の軋む音と、馬の蹄が大地を蹴り上げる音が聞こえる。
一人だけで乗るには十分すぎるほどのスペースが確保されている荷台で、俺は御者をやっているクエナを見ていた。
「クエナは馬車も使えるんだな」
「護衛依頼で依頼人が怪我をしたことがあってね。それから多少は覚えておくようにしてるの。馬術は基本的な移動手段だし」
「すごいな。なんでもできて」
「普通よ、これくらい」
結局、馬車を利用させてくれる人はいなかった。
代わりに病気で仕事をできないからと、馬車を有料で貸してもらうことができた。
「ジードは獣人族について、どこまで知ってる?」
図書館で見たから色々と知っている。とくに獣人族は人族との交流が多いので、情報量は自然と比例している。
「『最高戦士』ってやつが治めてるんだろ? たしか今はオイトマとかいうやつだ」
「そう、そのオイトマが一番強くて、一番獣人から支持を集めている。そしてその配下の『護り手』も強い。これが獣人族の上流層ね」
「護り手の中にはSランクの冒険者もいるって聞いたな」
「ええ、いるわ。むしろ護り手じゃなくともいるくらいよ。そんな獣人族の中心部であるオーヘマス国都に行くんだから、そのうち出会うんじゃないかしら」
クエナが顔をゆがめる。
あまり出会いたくなさそうだ。
「そんなにいるのか? 前のSランク試験では獣人族は一人もいなかったが……」
「人族と獣人族の試験は別よ。基準は同じだけど」
「へぇ。数はどうなんだ? 獣人のほうが多いのか?」
「それは人族のほうが上。獣人族でギルドが設置されたのも人族より後よ」
「さすがの物知りだな」
「目指してるからね」
その一言に焦燥はなかった。
とても落ち着いていて、次は必ず彼女がSランクになりそうだと思った。
「そういえばさ、俺は仮面とか持ってきた方が良かったかな?」
「勇者の件で嫌われているからってこと? 別にいいわよ。人族だってにおいでバレるからフードや仮面はむしろNG。他種族に行ってまで素性を隠す怪しいやつを獣人族は受け入れない」
「……ふーむ」
「心配なら私一人で行ってもいいけど?」
ふと、クエナがそんなことを言う。
たしかに彼女の力量ならば問題ないだろう。そうした方がいいとも思う。
「クエナの実力を疑うわけがない。けど、クエナを一人で行かせる方がイヤだ」
「でも、今ならまだ――」
「――万が一にでもクエナが傷つくくらいなら俺一人で行った方がいい」
「……ちょっと」
クエナが口元を抑えながら俺から視線を逸らす。
意図的に顔を隠すようにして。
「な、なんだよ? 変なこと言ったか?」
「い、言った」
「なんだよ? 教えてくれ」
「私は冒険者なのよ。傷だっていっぱい付く。それこそ一生残るようなものでも覚悟は……」
「それがイヤなんだ。クエナの受ける傷はすべて俺が受けたい」
「そ、そういうところが変なことだって言ってるのっ!」
激しい口調だが、不思議と嫌がってはいないように見える。
むしろ喜んでいるような気配すら感じる。
「私はあなたと肩を並べる存在になるの。……変なことを言ってくれる、あなたの隣に」
クエナにしてみれば余計なお世話だったかな。
きっと、俺の言葉は彼女の覚悟の邪魔だったんだろう。ならばもう言わないほうがいいだろう。
「なら、二人でオーヘマス国都まで一直線だな」
「また面倒に巻き込まれないでよ」
「約束す……………………極力がんばる」
「……あんた」
「すまん。でも目の前で困った人がいたときに『変なことに巻き込まれたらどうしよう』って迷いを生みたくないんだ……」
「ふふ。まぁ、それでいいと思うわ。そういう正直なところ好きよ」
「お、おぅ……ありがとう……」
クエナにしては珍しく、好きと言われた。あまりこういった言葉は使わないと認識していただけに、息を呑み込む時間だけ戸惑う。
「……待って。やっぱり今のなし」
「なんで!?」
「恥ずかしいからよっ!」
「な、なら恥ずかしくなくなるくらい言ってくれてもいいんだぞ!?」
「うっ、うるさいって! 獣人族領まで歩かせるよ!?」
「こ、ここから!? 悪かったって!」
なんて話すだけで、時間は過ぎていった。
獣人族領までは数日かかったが、本当に一瞬のように感じた。




