おっちゃん
クゼーラ王都を歩く。
「どうやって行く?」
「馬車が一番ね。お金さえ払えば引き受けてくれるはず」
普段より多めにね、とクエナが付け加える。
俺を乗せるにはそれだけの利益が必要というわけだ。
普通なら、目的地への護送依頼を並行して受ければお金まで稼げるのだがな。勇者の神託を取り消した俺では何をしでかすか分からない。そんなことを思われるかもしれない。
「たしか獣人族領はクゼーラ王都から離れていなかったよな?」
「三日くらいで着くわよ。あんたの転移魔法を使えば、一旦あっちに行けば往復もできるでしょうしね」
「何もなければの話だな。それだけの距離は魔力の消費が激しいから連発はできない……」
なんて会話をしている今でさえ。
――視線が痛い。
皮膚にはダメージがない。だが、心を棘で刺される感覚は消えない。
「もっと人通りが少ない道にするべきだったわね」
クエナも同じことを思っていたのか、そんなことをポツリと呟く。
「こっちの方がはやいんだろ?」
「まあね」
「それならこっちでも――あ」
覚えのある匂いが鼻腔をくすぐる。
串肉屋のおっちゃんだ。クゼーラ王都に帰ってからまだ一回も食べてなかったな。
つい、普通のノリで声をかけようとする。
しかし、挙げようとした手をクエナに止められた。そこで気づく。俺が声をかけない方がいい。それが串肉屋のおっちゃんのためでもあるのだ、と。
胸のざわめきが大きくなる。こんな気持ちになるのなら、クエナの言うとおり別の道を選ぶべきだった。
「――おい、ジードじゃねえか! んだよ。食ってかないのか? おまえなら今後ずっとタダだって言ったろ?」
「お、おいバカ。あいつに声をかけるのは……」
「うるせえな。だれが何をしようが勝手だろうが」
一瞬、涙腺が緩む。
いつもと変わらない声だ。
隣の店のおやじに止められてもなお、俺のほうを向いて笑みを浮かべている。
「き、気づかなかっただけだよ。それじゃあ五本もらおうかな」
「あ~ん? てめえ鼻おかしくなったのか? めちゃくちゃ良い匂いが大陸に幸せ運んでんだろうが!」
おっちゃんが小突いてくる。
ちょっとだけ痛いが、不思議と胸のざわめきと痛みは消えた。
それから五本分を用意してくれた。
「ほらよ、ちゃんと食っとけ」
「ありがと……。はい、銅貨五枚」
「金はいいっての。息子を助けてくれた時に約束しただろ?」
「いいんだ、受け取ってくれ。ずっと無料だったら店を潰しちまう」
「てめえ……ま、くれるってんなら貰っとくよ」
おっちゃんが銅貨を粗略な態度で取る。
「でもよ、息子を守ってくれた礼はさせてくれ。あいつもお礼を言ってくれって頼んできやがったからな。おまえが勇者だったら機会もあったんだろうが」
話していると、クエナが裾を握ってくる。
「そろそろ行かないと。三日もかかると剣を持っているっていう冒険者の行方も……」
「ああ、そうだな。悪いな、おっちゃん。行かないといけない」
「冒険者だもんな。行ってこい」
豪快に笑い飛ばしながら背中を叩かれた。
不快感はない。むしろ、背中を押されたような心地良いものだ。
「行ってくる」
妙な気分だが、笑みがこぼれた。
それからしばらく歩いて。
「クエナ、ありがとな」
「急にどうしたのよ」
「いや、俺なんかといると嫌われるのに。家にまで泊めてくれてさ」
「生まれた時から嫌われてるのよ? 私は慣れっこ。どっちかというと、あんたを襲おうとするシーラを止める方が大変よ」
クエナが肩をすくませる。
「そうか。……それでも、ありがとう」
「シーラにも言ってあげてね。何も考えてないように見えて、ちゃんと考えてる。あの子もいっぱい辛いことがあって、救ってくれたあんたを本気で……」
言いかけて、止まる。
それから首を左右に振って、微笑をたたえる。
「この続きは私が言うものでもないわね」
そうやって反省して。
けど、どこか名残惜しそうな顔を残している。あるいは、口にしたことを後悔しているようだ。それはシーラに配慮しているというよりも、むしろ自己本位的なものに見えた。
「ああ……」
曖昧に頷く。




