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東和国から帰還した。
ソリア達はまだ残るようだったので別れることになった。
(……なんだ?)
帰路についている間、ずっと人の視線が気になった。王都の中で宿に戻ろうとしている間も、だ。
彼らには明確な敵意や侮蔑が込められている。中には殺意を感じるものまであった。
何か思い当たる節を巡らせてみる。
が、何も思いつかない。
(手は出してこないようだが……)
油断しているといきなり殴りかかってきそうだ。
あまりにも気味が悪い。
「あ、ジード……!」
不意に声が掛けられる。
シーラだ。隣にはクエナもいる。
クエナが俺を見るや否や慌てて駆け寄ってきた。
「ばかっ。はやく来て!」
手を握られて引っ張られる。
それからクエナの家にまで連れてこられた。
「ど、どうしたんだ?」
急な態度に驚きつつ問いかける。
かなり走ったのでクエナとシーラは肩で息をしている。だが、息を整えるよりも優先して俺のほうに口を開いた。
「あんた、勇者の話を断ったんだって!?」
クエナがそう聞いてきた。
その問いかけは半信半疑のよう。しかし、どこかありえないものを見るような眼差しだった。
「耳が早いな」
「私だけじゃないわよ! 勇者を断った話は世間に出回ってるわ!」
「うんうん。色んなところで噂されてるよ」
クエナの言葉にシーラが頷く。
大して日も経っていないのに随分と話が回っているな。
それだけ勇者に対する関心が大きいというわけだ。
「それで本当なの?」
クエナが真面目な表情で問う。
「ああ、本当だ」
「…………はぁ、やっぱり。ジードなら断っても不思議じゃないと思ったわ」
額に手を当ててため息をつかれた。
「勇者を断るジードも素敵っ! 私の中の邪剣さんも喜んでるよ!」
クエナとは反対にシーラは嬉しそうだ。
禍々しい剣に喜ばれても良い気分になっていいか分からないが。
「なに言ってるのよ! 勇者を断ることがどれだけヤバいことか分かってるの?」
「ヤバいって何の話だ? 断っただけだろう?」
「あのね……断ること自体は問題ない。問題は女神アステアの信者たちよ」
「アステアの信者?」
そういえば勇者は神託を受ける云々と言っていたな。
神託を送るのが女神アステアであることは書物で読んだので知っている。
そして、そのアステアには信者なるものがいることも知っている。真・アステア教の人たちが正にそれだろう。
そこには聖女に選ばれていたスフィもいるし、それからソリアも在籍していたはずだ。
「信者の中には過激派もいるの。女神アステアの言葉は絶対と信じている人達よ」
「言葉?」
「訓戒とか、女神が降臨された際に発した言葉とか。そして……神託もそうよ」
「へぇ、なるほどね」
「神託を断ったやつはあんたが初めてだけど、かなり顰蹙を買っているはず。ここに来るまでに襲撃されていないのが不思議なくらいよ」
「そこまでか?」
かなり不穏な言い方をしてくれる。
しかし、道中の人々の視線は今にも殺しにかかってきそうなものがあった。それらの辻褄がようやく合った。
「ええ、そこまでよ」
「でもシーラは普通そうだぞ?」
「この子は能天気だからね」
クエナがシーラの頭に手を置いた。
シーラは「えへへ」と恥ずかしそうに笑って、続けて言った。
「私の神はジードだからっ」
「ブレないな……」
そこがシーラの良いところ、なのか。
「まぁ、私も女神アステアを信仰しているわけじゃないから別に何でもいい。けど、そうじゃない人もいるの」
「まぁ大体わかったよ」
クエナが危惧していることは俺を襲撃しようって輩がいるかもしれないって話だ。
それだけ神託が重要視されていることは理解した。
「『大体』だと危ないわ。人族だけでも大多数の人間が支持している。獣人族だってそう。むしろ過激なのはあの種族よ」
「ああ、獣人族か」
よく見かける。人族と仲良くしている種族だ。ギルドの支部がいくつもあり、Sランクも多く輩出している。
むしろ高い身体能力と索敵能力など、戦闘面では魔族にも劣らない部分が多い。
「口うるさいかもしれないけど、勇者の話は考え直した方がいいかもしれないわ」
「……んー。でも具体的に勇者って何をするんだ?」
「魔王討伐……とか?」
「魔王? いたっけ?」
フューリーが過る。
しかし、魔王が誕生した、なんてニュースは流れていない。それにフューリーは魔王になりたくなさそうだった。
「今はいないわね」
「えっ、いないの? じゃあ、なんでなのよ?」
クエナの言葉にシーラが疑問符を浮かべる。
「分からないわよ。そもそも今回の神託は色々と異例なことが多すぎるの。本来、信託は魔王が生まれてから行われるものだったし。それに勇者を断るなんて話も初めて」
「あはは、すまん」
「すまんって……まぁ私はなんでもいいけど。それにソリア様よ。聖女は確実に彼女になると思っていたのに」
「えっ、ソリア様じゃないの?」
シーラが目を点にする。
どうやら本当に勇者に関しては興味ないようだ。
「ビックリするわよ。なんと聖女に選ばれたのはスフィ」
「えーーーー! 私の慧眼すごいー!!!」
シーラが予想外の方向にビックリしてきた。
「慧眼って。あんた何かしたの?」
「パーティーに勧誘したじゃない! 私が!」
めちゃくちゃ自慢げに言ってくる。
いや、まあ確かにそうだけども……あれは場に偶然居合わせたスフィを勢いで誘っただけだろう……
「話を戻すけど、ジードは勇者になるつもりないの? 一応魔族とは戦争中よ。主にウェイラ帝国だけが暴れているのが現状だけど」
「まぁ、ないかな。変に忙しくなるのも嫌だし」
「そ。あんたがそれで良いなら私は別に良いわよ」
なんだかんだ言って、最後は俺の意見を尊重してくれる。それだけで本当に俺のことを心配していたのだと分かる。
「あ! ならスフィから預かってた聖剣みたいなやつ返す?」
シーラが思い出したように言う。
「そういえばあったな。返しておこうか。どこに保管してる?」
「取ってくる!」
シーラが聖剣のもとに行く。
だが、すぐに「アレー!?」という声が響き渡った。
それからバッとこちらの方に戻ってきた。かなり焦っている顔つきで。
「聖剣ないんだけどー!!!!!」
まじか。聖剣ないか。




