30
――ユイは東和国をこのまま保護してくれ、と頼んだ。
そこには思想を滅ぼしてほしい、という願いも微塵もなくなっているようだった。
ソリアもルイナも、ただユイの考えを尊重した。
「実を言うとな。俺はユイがどんな選択をしても支持するつもりだったんだ」
今は月が明るい時間帯だ。
隣にはルイナとユイがいる。
「そうだろうとも。おまえはそういうやつだ」
ルイナが楽しそうに笑って頷く。
どういうやつだ……?
いまいちルイナが俺に抱いているイメージが分からない。
「きっとソリアも……否定はするが止めにかかるようなことはしなかった、と思う」
「ああ、あれも家族を失ったと聞いている。ユイの痛みも分かるだろうさ。だからこそ、ユイのした選択がいかに立派であるかも理解したさ」
ルイナがユイの頭を軽く撫でる。
ユイは嬉しそうに口元を緩めていた。
俺達から彼女に送る小さな称賛だ。傍から見れば侵略と捉えることもできる今回の戦い。その裏の舞台を、彼女は表立って褒められることはないだろう。
だからこそ、俺達が褒めるのだ。
「――ところで。俺はなんで呼び出されたんだ?」
そう。
この場に俺やユイ、ルイナがいる理由。それは俺が彼女たちに呼び出されたからだ。
理由はまだ告げられていない。
「おお、そうだったな。なんだ、私は付き添い程度だから気にするな。モテ男くん」
ルイナがしなやかな手を俺の肩に回してきた。
モテ……男くん?
その呼び名のダサさは疑問の余地があるが、それよりも先にユイが殺気立った目で俺を見ていることの方が気になった。
「……何かしたか? 俺」
まるで今にも俺を殺しそうな目付きだ。相当な覚悟がある。
今までの行動を振り返ってみる。が、ユイを怒らせるような言動をした覚えはない。
ついにユイの口が開かれた。
「――す……き……!」
……咄嗟には、頭が追い付かなかった。
す、き。
なるほど。
(……なるほど)
言葉通りの意味なら、そうか。なるほど。
「……あ……ああ」
やばい。うまく舌が回らない。
衝撃が強すぎる。
なんだ、ユイのその顔は。
顔を真っ赤に染め上げて可愛い。いつもの冷たい声とは違う、羞恥に震えた小さな弱々しい声。
いやいやいや、おかしいだろうそのギャップは。もはや犯罪だ。取り締まってくれ誰か。
ドキドキが止まらない。
「どうなんだ、ジード?」
ニヤニヤしたルイナの整った顔が横から覗いてきた。
息を飲む。
(そういう……ことだよな?)
ユイの「すき」は『好き』ってこと。
それもきっと男女的な意味での好意を伝えられたのだ。
「いや、おかしいだろうっ!? たしかに東和国に来てから色々あったけどさ……!」
「ああ。今まで否定されてばかりのユイを認めてくれたし、辛い仕事も一人で引き受けてくれたそうじゃないか。そしてトドメに『ユイがどんな選択をしても支持するつもりだった』と来た。色々ありすぎるな?」
ルイナがめちゃくちゃ楽しそうに言う。
なんだこれ。前のようなハニートラップ的なものなのか?
いや、ユイの顔は真摯に受け止めなければいけないものだろう。それだけ可愛い――いや真面目な顔つきだ。
でも、でも。色んな言い訳ばかりが思いつく。
ユイと一緒にいた時間は長くない。そこまでユイのことを知っているわけでもない。
ここで俺が好意を伝えたら……?
不意にクエナとシーラの顔が浮かんだ。――ああ、ダメだ。
「……悪い。時間を……もらえないか」
気持ちの整理が追い付かない。
今まで人との関りがあまりなかった。
禁忌の森底で暮らして、騎士団に捕まって。それが人生の大半だったんだ。
接し方が分からない。
情けない言い訳だ。ユイは覚悟をしてくれていたのに。
「……ん」
ユイが静かに一言頷いた。
それから踵を返す。
愛想をつかされただろうか。
「動転しているだろうからユイの今の気持ちを教えてやろう。『いつでも待ってる』だぞ」
ふふ、とルイナが俺の鼻先をつついてきた。
なんて気配りができるんだ……。
それからルイナがユイの後を付いていく。そして、くるりと振り返って不敵に笑う。
「ああ、そうだ。ユイは側室だからな。――正妻は分かっているよな?」
何度も聞いているからな……そりゃ何となくは想像がつく。
ルイナも自信があるようで、俺への問いかけには答えを聞かずして去って行った。




