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「……ん」
背中から、のそりと身体を動かす感触が伝わる。
ユイだ。
俺は眠ったままの彼女を背負いながら帰路についていた。
「起きたか。おはよう」
「朝……!」
すでに陽が昇っている。
任務のことを思い出したであろうユイが、背中で慌ただしく反応している。
「大丈夫だ。もう終わったよ」
俺がそう言うと、ユイは静かになった。
「……」
しばらく間があった。
彼女の中で色々と巡っているのだろう。
俺にだけ仕事をさせてしまった罪悪感や、眠ってしまった自分を咎めるものもあるかもしれない。
「……どう、だった?」
ユイが最初に尋ねたのは結果だった。
「また話を聞いてもらえなくてな。ちょっと暴れてしまった」
「……――」
なにかを察した気配で、ユイが黙った。
それから肩を軽く叩いてきて「降ろして」と呟いた。
「疲れただろう? もう少し休んでもいいんだぞ?」
なんて俺の言葉も聞かず、ユイが地面に立つ。
それから一歩先に出てから膝を曲げて背中を向けてきた。
「……どうぞ」
これが意味することは。
「今度は代わりにユイがおんぶをするって?」
「ん。私は十分」
思わず笑みがこぼれる。
安直だが、純粋な考え方だ。
これが彼女なりの、仕事をサボってしまった贖罪だろうか。あるいは何かを察したための配慮だろうか。
「たしかに、ぐっすり寝ていたからな」
「うっ」
俺が言うと、ユイが気まずそうに頬を朱色に染める。
いつもと違って表情が豊富だ。
「気持ちだけもらっておくよ。背負ってもらうほどヤワじゃないさ」
軽くユイの頭を撫でてから先に進む。
……――嫌な感触が、また甦る。
コグマらを殺した時の、生々しい不快感だ。
あれから、どうにも消えてくれない。
(なんなんだ。これは……)
命を奪ったことは数知れない。
人を殺したことだってある。騎士団時代には戦争にも加担していたし、最前線で戦ってきたのだ。
でも、それらの時とは何かが違う。
それが分からない。
「ジード」
ぎゅっ、と手が握られる。
ユイの柔らかい両手に包まれていた。
「――ありがとね、ジード」
ユイらしからぬ言葉遣いだ。
顔も、より一層赤らめている。
なんというか。可愛い。
不意に気付いた。
(……手の不快感が消えた)
ああ、そうだ。
俺はあの時、明確な悪意で人を殺したんだ。
『こいつらを殺せる。良かった』
たしかに俺はそんなことを考えてしまった。
残酷で、残虐で、慈悲なんて言葉が過りもしない。きっとソリアが見ていたら激怒していた。それほどのものだ。
「俺こそ、ありがとうな」
「?」
ユイが小首を傾げる。
なんで俺から感謝されたのか分からないのだろう。
ああ、別にそれでいい。
こんなことが知られたら恥ずかしい。
(ユイの「ありがとう」の暖かさは……あの時の悪意に免罪符を与えてくれた)
誰かを救えたのだ、という。
俺の中で一生消えることはない、悪意。帳消しにすることはできないが、それを許してくれる、免罪符。
「帰ろう。ソリアやルイナが待っている。あとフィルも。今の魔力的に転移はできないが俺たちなら今日中には着く」
「……ん」
それから俺たちは横並びになって帰路についた。




