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陽が昇る。嫌でも時間をかけてしまったことが分かる。
だが、急いできただけあって、かなりの距離を踏破できた。
第一頭任領。
(やはりか)
探知魔法が正しければ、ここに全員がいる。
第三頭任のサカキを倒したことが発覚し、その後に第二頭任は即座に動いた。自らの護衛を引き連れて第一頭任の下に逃げ込んだのだ。
(事前に隠密部隊が動くと察知していたのか)
思えばサカキも用意していたな。
彼女が倒されたことによって一人では無理だと第二頭任も判断したのだろう。
その行動力は別のところで使ってほしかったところだが。
(……城?)
第一頭任の待つ場所は屋敷と呼ぶには大きく、城と呼ぶにはどこか独特だった。
屋根には瓦があり、黄金色をした魚の置物が対になって二つ左右にある。
これが東和国の城か。
頭任の間には序列がないと聞いていたのだが、第五と比べると規模感がまるっきり違う。
中にも黄金やプラチナで加工された宝物や巨大で緻密な絵が飾られている。建造物に使用されている石や木も質感が高級だ。
「一人か?」
ズシリとした重みのある声が届く。
すでに俺は囲まれている。そもそも、こいつに辿り着くには囲まれる他に選択がなかった。
「ああ。おまえは第一頭任のコグマだな?」
「……ふん」
返事はない。
だが、容姿の特徴はユイの落としたメモに書いてあった。
黒い髪に黒い瞳、鍛えられているであろう肉体。右目には切り傷がある。――すべて合致している。
隣にいる第二頭任も同様だ。
「てっきり、あの小娘もいるのかと思ったのだがな。的外れな仇でも討ちに来たのではないのか?」
また問われる。
俺の質問には答えないのに、なぜ自分は聞いてくるのだろうか。
愉快な気持ちではない。しかし、ここには話し合いに来たのだから不機嫌にさせてはいけない。
「ここに来た目的は一つだ。神聖共和国の保護に入り、薬を民衆に渡してほしい」
「――で、あの娘はどこにいる?」
また、俺の言葉は流された。
グッと堪える。
「……なぜ知りたいんだ?」
「決まっているだろう。やつらの罪を償わせる」
「やつらとは、ユイの家族か?」
「ああ、そうだとも。殺したはずの死体が消えていてな。晒上げることもできなかったんだ。だから丁度良い。ユイを嬲り殺して晒す」
この場にいる全員が同意とばかりに口元を歪めて笑う。
「クズ共が」
伍式『激震』
俺を囲んでいる連中の意識を飛ばす。
多少は鍛えられた者のみが辛うじて膝を突いていた。
「なっ……なにを!」
コグマに近づいて頭を掴む。
「従ってくれないか? おまえが黙って人形を演じてくれれば終わりなんだ」
「……ぁ」
さっきまではつらつとしていた顔が恐怖で慄いている。
俺の言葉にコクリコクリと頷いた。
「じゃあ神聖共和国の保護を受けるな?」
「わ、わかった。だから……こ、殺さないでくれ」
やけにあっさりと……
いや、これで良いんだ。
「じゃあ、これから神聖共和国とウェイラ帝国が構えている陣地に――」
「ハハハハハッ! バカがぁ!」
コグマが刀を振る。
俺が目を離したタイミングで。
「最後に勝つのは正義だ! 次はあの小娘だ! 昔から第五のやつには腹が立ってしょうがなかった! 貴様ら生きて帰れるとおも――」
カタンっと、刃物の欠片が地面に落ちる。
俺に触れて壊れてしまったコグマの刀の一部だ。
「――最後に勝つのは正義?」
良かった。
と、思う自分がいた。
こいつらだけは見過ごしたくなかったからだ。
ユイを侮辱して、傷つけた。こいつらに対する憎悪がはち切れそうだった。
(ああ、俺もクズだな)
自分でも笑ってしまう。
こんなやつだったか、俺は。
人の世に出てきて本性が現れたのか。それとも影響されてしまったのか。
「まぁ、俺は勇者でも何でもないんだから、良いよな」
「――アアアアァァァァァァッッッ!!!!????」
コグマの頭を持ち上げて、床に投げ捨てる。
ただそれだけのことだ。
それだけで息をしなくなった。
第二頭任も、気が付けば巻き添えになっていた。
ほとんど死んでいる。
ちょっと力を込めて人を投げただけ。
ただそれだけのことで、俺の手は得も言えぬ不快感に襲われた。
命を奪うことは初めてではないはずなのに。
(ユイを拾って、ソリア達に報告しないといけないな)
城が崩れる音を聞きながら、ポツンと寂しくそんなことを思っていた。
ただ心底を思ったのは。
この場にユイを連れてこなくて良かった、ということだった。
きっと彼女が聞けば傷ついてしまっていただろうから。
第三頭任の時だけで、それは身に染みて分かった。




