25
転移して、しばらく。ユイは離れることなく声をひそめて泣いていた。
彼女の涙が止まるまで一時間はかかっただろう。
「勝手に判断した。ごめんなさい」
もう大丈夫そうだ。
そして、この謝罪はサカキとやらを殺した際の話だろう。傍から見れば独断専行だったからな。
まだ『説得』はできていたかもしれない。実際に彼女が下ることを承知してくれれば、ソリアやルイナ達からすれば色々と便利だろうしな。
「大丈夫だ。おまえがやらなければ俺が殺していた」
そんな残酷な回答が出てくる。
……これは戦争だ。
私的な感情がないわけじゃない。ユイのために、もっと早く殺してやればよかったとさえ思う。
それを許してくれるだけの大義名分と理由はある。
それでも、自分を人間として辟易しそうになる部分が心のどこかにあった。
「……」
ユイが押し黙る。
なんとなく、考えていることは理解できる。
きっと彼女も私的な感情が入っていたから殺したのだ。
そこの整理がつかないのだろう。
「俺はユイが偉いと思うよ」
「……?」
ユイが俺の胸元で不思議そうに首を傾げる。
「俺は家族いないけどさ。大事な人が殺されたら、きっと皆殺しにする」
それは誇張のない真実だ。
感情を操ることなんて俺にはできない。
素直な行動をとってしまう。
「だからユイは偉い。人を殺さずに思想を変えてもらおうってんだ。俺だったら思想を持つやつごと潰してしまいそうなのにさ」
俺が下らない人格だから、ユイがどれだけ立派かハッキリわかる。
「誰に褒められるわけでもないのに、よく頑張ってるよ。よく耐えている。今回のサカキの件だって必要な犠牲だと思う。薬を渡すための大事な犠牲だ」
自分でも、この言葉がご都合的だと思う。なんかの本で読んだ、どこぞの独裁者が使ってそうな言葉だ。
それでもユイを癒してくれるのなら、それでも良い。
「……どうして」
「?」
「どうして優しくしてくれるの?」
それは普通の女性と変わらない喋り方だった。
これが彼女の素だったのかもしれない。
「……どうだろうな。親近感とか、かな。俺も孤児だったから」
でも。
家族を失った時の痛みは思い出せないでいる。
漠然とした喪失のみがあって、薄っぺらい論調だったかもしれない。
ただユイの口元が緩んだ。
「そう……」
きっと、笑った。
断定できないのは、表情が変化したと思ったら顔を地面に向けてしまったのだ。顔が見えない。
好奇心からのぞき込んでみたい欲求にかられながらも思いとどまる。
「ジード……ありがとう」
「ああ」
不意にユイが寄りかかる。
耳をすませば寝息が聞こえてきた。緊張が解けて眠ったのだろう。
任務中ではあるが、このまま寝かせておこう。
木にもたれさせる。
(さて、と)
ユイが落とした紙切れを拾う。
書いてあるのはターゲットとなる人物たちだ。
(結界を張って……行くかな)
仮にユイに危険が及べば飛んでこれる。
それまでは俺が彼女抜きで動くとしよう。




