23
一週間が経った。
第四頭任領に向かった使者は帰ってきた。そいつの報告では「神聖共和国の保護を受ける」という話だった。
領主自らも帯同していたので安心して良いだろう。
それを聞いたソリア達は薬を用意して送った。
だが、第三頭任以降の吉報は待てども来なかった。
――使者すらも。
「――では、残る領地は武力を以って制圧する。ということで良いな?」
「もう少し待ってはいただけませんか? 何か……起こっているかもしれません」
「これ以上は待てない。迎え撃つ用意をされていては被害もバカにはできない」
「……ですが」
「良いな?」
「……っ」
交渉の場で、ウェイラ帝国の進軍が決まった。
とは言え、俺とユイの少数による制圧――あるいは領主の暗殺がメインであることは事前に話してある通りだろう。
「安心するが良い。少数で動けば味方も敵も被害は少ない」
「少数……?」
「ユイと……そうだな。ジード、おまえも手伝ってやってくれないか?」
まるで初めて提案したような演技だ。いま思いついたとさえ錯覚する。
当然、あらかじめ談合があったとすればソリアは怒るだろうからな。
今みたいに。
「なっ! ジードさんのお手を汚させるつもりですか!?」
「――いや、俺は構わない。何よりも急がないと病気で苦しんでいる奴らもいるんだろう?」
「……ジードさん。わかりました、あなたが仰るのなら」
渋々、ソリアも頷いてくれた。
陽も暮れる夕方。
俺はユイと合流した。
「よ。手ぶらで来てるけど問題ないか?」
「……」こくり
ユイが一度だけ首を縦に振る。
いつもより物静かだ。いや、気配を殺している。一瞬でも目を逸らせば気配を見失ってしまいそうなほどに。
もう仕事モードに入っているわけだ。
「……」
ユイが合図もなしに走り出す。とりあえず彼女の背を追う。
かなり早い。何よりも足音がない。耳を澄ませば風を切る音が微かに届くくらいか。それも近くにいて、ようやく。
「場所は分かるのか?」
「……」
返事はない。
まぁ、こうして走っているのだから分かっているのだろう。
ここは彼女の故郷だし、ウェイラ帝国が道順を抜かるはずもない。事前に地図やらを調達しているだろう。
「……」
「……」
沈黙が続く。気まずさなどの嫌な空気感はない。
しかし。
(ユイがいつも以上に静かなのは……仕事モードに入っているから……か?)
もしも俺がユイの立場だったら、と考える。
ユイにとって領主達は全員が仇だろう。今から、それら領主達を制圧あるいは――殺すことになる。
そこに市民を救うという正義はある。だが、人を殺すことに抵抗がないわけではない。ましてや少なからず親交はあっただろう。
いろんな感情がない交ぜになっているはずだ。
「……大丈夫か?」
そんな言葉を投げかける。
しかし、やはり返事はない。
ただ一心不乱に眼前を見ている。
(任務に没入しているか。考え事をしないだけマシだろうが……)
何かしらの原因で私情が溢れれば、きっと止まらなくなる。
気持ちの整理はつけてから仕事に出向くべきだろう、とは思う。しかし、これは難しい問題だ。
「……まぁ、あまり気は揉むなよ。ここら辺は探知魔法を使っている。敵はいないからな」
うるさくしすぎないようにサポートする。
ユイ単体でも領主達を殺せるかもしれない。ルイナもそれだけの期待をしているはずだ。
それでも俺を付けたのは確実性を増すためだ。
ならば、どうして。
単純な実力だけか?
いいや、それだけじゃない。
きっとユイの心理面も考慮してのことだろう。
俺がいることで余裕が生まれるはずだ。仮にユイが動かなくとも、俺が動けばなんとかなるかもしれない。そんな余裕を生ませるための。
原作三巻目と漫画版一巻目が2020年2月25日に販売されます。今回も特典などありますので、そちらは活動報告に残してあります。




