22
夜。誰もが寝静まる時間だ。
そんな時に気配を感じた。
「だれだ?」
急な来訪者へ、テント越しに声をかける。
その気配の主はビクリと震えた。じゃり、っと踵を返しそうな音も聞こえるが、踏みとどまったようだ。
「わ、私だ。ちょっと良いか?」
一拍置いて、上ずんだ声が聞こえた。
フィルだ。
「ああ、大丈夫だ」
「入る……ぞ」
テントをよけて、フィルが足を踏み入れた。
顔が赤らんでいる。
視線もたどたどしく動いていて、俺と目が合うのを避けているようだ。
しかも両手を腰に回して何かを隠している。
「ほら、座れよ」
「う、うむ。ありがとう」
神聖共和国に用意してもらった個人用のテントの中には家具が揃っている。こういった来客を出迎えるくらいの椅子もある。
フィルが座ったのを見届けると、俺もベッドに腰かける。
「どうしたんだよ? 何かあったか?」
「な、何もないぞっ。変な勘繰りはよせっ!」
フィルが声を荒げて否定する。
しかし、身体は強張っているようで、傍から見るとちぐはぐに見えて面白い。
「……お、おい。時にだな。例の……約束に……ついてなんだが……」
声は小さく、そして震えている。やけに聞こえづらい。
約束?
フィルと取り交わした覚えはないはずだ。
いくら記憶を巡らせても思い出せない。
「悪い、何のことだ?」
「……ス…………」
より聞こえづらくなった。
「すまない。もう少し声量を大きく……」
「――キスの件だと言っているだろう! 何度も言わせるなっ!」
「待て待て、今度は大きすぎだっ」
さっきから声量が不整合すぎて対応に困る。
……ていうか。
キスの件……?
フィルが乙女のようにもじもじとさせている。普段は男口調だし、男らしい態度が目立つ。だからこそ珍しく……
(キスって……あのキスだよな?)
フィルの様子を見るに接吻の方のキスで正しいはずだ。
しかし、それにしても一体なんの……
(あ。そういえばあったな。Sランク試験の時にクエナとシーラとした約束だ)
たしかフィルはそれを聞いていた。
そして、さも自分も約束してしまったかのように反応していた覚えがある。
なるほどな。だから、さっきからたどたどしい態度だったんだな。
そういえば最初に会った時も不審そうだったのは、キスの件について考えていたからなのだろう。
随分と迷惑をかけてしまったようだ。
「ああ。悪いな、勘違いだよ。あれはクエナとシーラのモチベーションを上げるためのものだったんだ」
「なぁ……!?」
ポロリとフィルの腰に回して隠していた手から四角形の包みが落ちる。
落ちた拍子にパカリと中が開かれた。入っていたのは黒と白のペアルック指輪だ。それは露店でフィルが気にかけていたもの。
俺の返事を聞いて固まってしまったフィルに代わって拾ってやる。
「落としたぞ?」
「い、い、いい! いらないぞ……!」
フィルが押し返してくる。それから続けて口を開く。
「わ、私は別に勘違いなどしていない! 別にキスなんて求めてない! その指輪だって適当に買ったやつだからな!」
フィルが涙ぐみながら出ていこうとする。
「待て」
去ろうとするフィルの腕を掴む。
どことなく期待の込められたような上目遣いで俺のほうを見てきた。
「いらないって言われてもおまえのだしな……ほら」
「くそおおおおーううううう!!!」
静かな夜にフィルの泣き声が響き渡った。
……一体なんなんだ。




