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 約一週間という時間は長い。


 アトウが他の領主たちに打診をしている最中はやることもない。だからこそ余計に時間は長く感じてしまう。


 寝泊まりしている野営のテントを出て、軽く伸びをする。


「ふぁぁ……」


 温かな日差しに思わずアクビが漏れる。


 ふと隣から気配を感じた。呆れ顔のフィルがいる。隣にはソリアもいた。


「随分と気が緩んでいるじゃないか。もう昼だぞ」


「万が一に備えて休息をとってるんだ」


「ふん、物は言いようだな。私はさっきまで鍛錬をしていたぞ」


 見ればフィルの首筋から小さな汗が流れている。見栄や偽りではないようだ。随分と真面目だな。


「それで、どうして鍛錬をやめたんだ?」


「私が呼んだんです。今は貴重な休憩時間ですから。ジードさんも一緒に出掛けませんか?」


 ソリアがニッコリと微笑む。


 なるほど。彼女二人が俺のテントに来た理由はこれか。


「俺は構わないが出掛けると言っても森しかないぞ?」


 少し歩けばアトウの治める領地がある。


 しかしながら、前回行った時は街遊びできるような雰囲気ではなかった。疫病が流行っているのだから当然だ。


「それがアトウさんの街が活気を取り戻したみたいなんです」


 ……おっと。俺の予想に反して、どうにも早い復活をしたみたいだ。


「そんなことをしたら身体に毒なんじゃないのか? 東和の人々は」


「薬が行き渡っているのでお祭り状態らしいですよ」


「へぇ、すごいな」


「そうですね。皆さん協力的で薬の奪い合いもなかったそうです。しかも薬が一気に浸透していきました。普通なら閉鎖的になったり、暴力的になったりするものなんですけど」


 様々な場所を見てきたソリアだからこそ言えることなのだろう。


 たしかに混乱が起こることは自然に考えられる。


「それ『和』ってやつなんじゃないのか?」


 不意に連想した。


 ユイが潰そうとしている思想だ。


「ええ。和という名の同調圧力……その良い面です」


 ソリアも俺の意見に理解を示している。


「それで、行くのか? 行かないのか?」


 フィルが待ちきれないとばかりに聞いてくる。


「ああ。行くよ」


 せっかくだから薬の効果も見てみたい。


 前回の重傷者への投与は症状が目に見えて治っていたようだった。それから彼らはどうなるのか。そこが見てみたいのだ。







 もう街の外周からでも分かった。かなり賑やかに騒いでいる。


 風船が飛んでいて、赤や青などの煙が漂っている。


 本当に祭りをやっているじゃないか。


「おいおい、さすがに復活はやくないか? 疫病にかかってなかった奴らだけが騒いでいる……とかじゃないよな?」


 街の中に入る。真っ先に目に入ったのは楽しそうに往来を行きかう人々だ。それから酔っ払いが楽しそうに酒瓶を抱えながら道路の端で寝込んでいる。良い夢でも見ているのか笑顔を浮かべていた。


 他にも子供たちが楽しそうに走り回っている。


「安心してください。ちゃんと薬で治っています」


「おまえ……ソリア様のお言葉を疑うのか?」


「いや、そうじゃないさ。ただただ凄くてな」


 俺は丈夫な身体を持っている。だから疫病とやらにかかったことはない。禁忌の森底を出てからは風邪にすらかかったことがないほどだ。


 だが、それでも人の脆さは知っている。


(あの疫病に侵されて陰鬱としていた街がこうも復活するなんてな)


 神聖共和国の技術力は大したものだ。


 そして、薬一つでこうも変われる東和国の民の強さも目を見張るものがある。


 ユイが言うほどに和とはそこまで悪くないのではないのだろうか。そう思えるほどに。


「あ、ジードさん! 見てください。アクセサリーが売ってますよっ。この耳飾りなんて綺麗じゃないですか?」


「ほー、いいなこれ」


 小さな赤い宝石が埋め込まれたイヤリングだ。マグネットだから耳を傷つけなくとも付けられるタイプになっている。


「良かったら付けてみますかい?」


 店主が勧めてくる。


 ソリアも目を輝かせながら、俺の付けている姿を見てみたそうにしている。


 まぁ、拒否する理由はない。それにアクセサリーというものに触れる機会もさほどなかった。


「それじゃ、ありがたく試させてもらうよ」


 イヤリングを持ち上げる。


 案外、簡単に取り付けられた。少し力を入れてアーム部分を開かせて、耳たぶの上にはめるだけだ。


「……どうだ?」


 少し億劫に答える。


 これで似合っていないとか言われたら一生トラウマになりそうだ。


「――!」


 ソリアが驚いたような顔を見せる。それからポッと顔を赤らめて視線を逸らしてきた。


 えっ、なにこの反応は。


 そう思う俺をよそにソリアが右腕を突き出してサムズアップをした。


「素晴らしいです……!」


「……あ、ああ」


 笑われている……というわけではなさそうだ。


「そちらのお嬢さんの言う通り、とてもよくお似合いですよ」


 過剰なまでの反応を見せるソリアと対照的に、店主は至って普通のおべっかを披露する。


「な、なあ。たしかにそのイヤリングも良いがこの指輪とか……!」


 フィルが横から露店にあった指輪を手に取って見せてくる。それは白と黒の指輪だ。


 だが、さらに隣から店主が続けた。


「こちらのイヤリングなのですが、ペアのものもあるのです。お嬢さんもきっと似合うと思いますよ」


「ぺ、ペア……!」


 とても商魂逞しい。


 青色の宝石が埋め込まれたものをソリアに見せる。たしかに形状が似ている。宝石も色こそ違うが大きさまで一緒だ。


「ジ、ジードさん……! よ、よよ、よろしいでしょうか……!?」


 ソリアが震え声で尋ねてきた。


 かなり縮こまった様子で申し訳なさそうにしている。


「ああ、一緒に買おう」


「い、いえ! ジードさんに払っていただくなんて……! 今回手伝って頂いた分のほんのお返しをさせてください!」


 ソリアが有無を言わさずに代金を支払った。


 その光をも置いていくかのような速度には俺でさえ着いていけなかった。


「へへ。毎度ありがとうございます!」


 店主がにこやかな一礼。


 それからソリアがイヤリングを付けた。


「ど、どうでしょう……!?」


 元々が戦場に咲く花の美少女だ。そこに綺麗な耳飾りが付くと心地良いアクセントになる。


「ああ、似合ってる」


 素直な感想だ。


 それを聞くとソリアは嬉しそうに頷いた。


 俺たちは大きな事件のない、東和国での日々を過ごしていた。


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