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 誰もがアトウに視線を向ける中で、彼はユイを見つめながら体勢を崩した。


 両手と両膝を地面につけて、視線を下げる。


「あなたのご両親を殺したのは……隠す必要もない。私です……! すべての責任は私に……!」


 突然のカミングアウトだ。


 ユイとルイナは知っていたのか、平静なままだった。


「ああ、そうだろうとも。はっきりとユイは見ていたからな」


「……面目……ありません!」


「だが、その決断ををくだしたのはおまえか? いいや。違うだろう?」


「それは……」


「ほかの領主が協調を乱したため目障りだから殺した。下手人はおまえでも首謀者は違う」


 ルイナの静かな問い詰めにアトウは口を開けなくなっていた。


「さっき、おまえは『すべての責任は私に』などと言ったな。本当にそう思っているのか? この戦争のきっかけを作った……と?」


「は、はい……! それはもちろ……!」


「よしんば、そう思っていたとしよう。それは誤りだ」


「な、なにがっ」


「どうして今回の戦争が起こったと思う? 簡単だな。おまえ達がユイを暗殺しようとしたからだ。我がウェイラ帝国の軍長を」


 その事実に疑いはない。


 アトウも聞くに徹している。


 ルイナが続けた。


「しかし、おまえ達が気づけたのはどうしてだ?」


「それは大陸側から来た情報を頼りに……」


「ああ。おまえ達が動向を探るために遣わせている密偵からの情報だろう。だが、ではどうして今までユイの存在を知らなかった?」


 回りくどい言い方だ。


 それでも核心には近づいてきた。


 ユイはかつてギルドのSランクだった。しかし、彼女は目立っていなかったそうだ。いや、目立とうとしなかったが正解か。それはかつてリフから聞かされていたものと同様だ。


 Sランクは嫌でも目立つ。それは経験している俺だからこそ分かる。だからこそ、最年少でSランクに至ったユイが目立たないのは不自然だ。


 しかもウェイラ帝国に引き抜かれてもバシナのような軍長ではなく、裏方の暗部に徹していた。


「それらすべてユイがおまえ達から隠れていたからだ。――しかし、おまえ達は気づいたな。なぜ? 簡単だ。私がそう仕向けた。おまえ達に届くように軍長にして目立たせたんだ」


「……!」


 相変わらずエグイものを使ってくる。


 正直ドン引きだ。


「つ、つまりこの戦争はウェイラ帝国が……」


「ああ。こうなるようにしたのは私だ」


 やけにあっさりとルイナが認めた。


 戦争の発端を作った真実を出してきたのだから、それは否定しなくても良い材料と判断したのだ。


 だが、その先にあるものは。


「だから責任をとってやる。私が引き起こした戦争なのだから。傲慢になるなよ。なぁ、ユイ」


「――……滅ぼす」


 寡黙なユイが口を開く。


 一同が凍り付いた。


 アトウの正直な告白は褒められたものだろうが、神聖共和国のソリア側からしてみれば厄介だったな。


 こうも敵意を明確にされてはどうしようもない。


「ど、どうかご勘弁を……! 私が死んで償いますので……どうか!」


「だから言っているだろう、貴様の死などに価値はない。所詮は傀儡だ。どうせ今回の戦争だってユイを殺すよう指示したのは第一頭任らだろう?」


「……ぐっ」


 お見通しだと言わんばかりの様子だ。


 一方的な会話にソリアも口をはさむ余裕がない。


「くく。安心しろ。滅ぼすのは人ではない。貴様らの思想だ。それがユイの望みなのだからな」


「思想……?」


「くだらない和とやらの同調圧力を滅ぼしたいのだよ、ユイは」


 ルイナに視線を配られ、ユイが頷く。


「で、では……」


「端からおまえの責任など誰も興味がない。ユイの恨みは人ではなく、考え方そのものだ。たかが命一つを代償にできる代物ではない」


 蚊帳の外であることを面と向かって伝えられ、アトウは押し黙るほかになかった。


 この場は既にルイナが支配している。


「ならば我ら神聖共和国が解放しましょう。合議制あるいは民主制に基づいた国家の基盤を作り上げます。一つの個が絶対的である今があるから強いるような圧力が生まれているのです。その状況を覆しましょう」


 そんな場をなんとか封じようとソリアも動く。


 不意にルイナが俺を見た。


 その目はどこか試すようなものだ。


「このままでは無駄に平行状態が続くだけだ。ここはジードに決めてもらおうではないか」


「俺……?」


「ああ。竜を送り込んで戦場をかき乱したんだ。どちら側から見ても功績と存在感は無視できない。だからおまえの意見を聞かせてくれ」


 一斉に目が向けられる。


 俺の一言に誰もが集中している。


(ソリアの頼みを聞いたから来ただけで別に意見なんてない……が、一度整理してみよう)


 ルイナの目的は思想の改革。裏には領地と資源の拡大もあるだろう。


 ソリアは平和のために戦っている。特効薬を使って人々を治したい。そして疫病によって弱っている他の領地も囲い込みたいという考えがあるはずだ。


 そして、アトウは国と人々を守るために戦っている。これに裏はない。ただ唯一の純粋な気持ちだ。


 大陸の思惑に巻き込まれただけの東和国に不遇の同情が湧き出るのは自然か。あるいは余計な手を出して自滅したとでも思うべきか。


「東和国は神聖共和国に任せてほしい」


「「「――」」」


 各々の表情は容易に推察できる。


 喜びはソリアやアトウだ。


 そして、ウェイラ帝国の人々は芳しくない。それも当然の話だろう。帝国にしてみれば手柄を横取りされたのと同義なのだから。


 だが、ルイナだけは表情を崩さなかった。


「そうか。なら私はそれで良い」


 ましてや、あっさりと俺の意見を飲んだ。


 しかし、俺の言葉には続きがある。


「でも、ウェイラ帝国も監督してくれ」


「――ほう」


 ルイナの瞳が興味深そうに輝く。


「ジードさん、それはどういう……」


「ウェイラ帝国がこの国に来た目的は思想を滅ぼすこと……なんだろ? でも、きっとそれは難しいことだと思う」


「ええ、だから帝国は東和国を……」


 滅ぼす。あるいは人を――。


 その可能性も大いに考えられるほどにウェイラ帝国は強大であり、強硬的だ。


 だからこそ俺の意見だ。


「主導は神聖共和国だ。でも、そこにウェイラ帝国も監督すればいい。そこで折り合いを付けられないかな」


 きっと面倒になる。


 ウェイラ帝国が主権を握ろうと難癖を付けてくるかもしれない。


 でも、それは俺の知ったことではない。


 だって俺が対処するものではないからだ。


 きっと、この場で俺が求められているのは折衷案だったはず。そして、俺が考え付いたのがこれだ。


「面白いじゃないか。ウェイラ帝国はジードの話に乗ろう」


「……わかりました。神聖共和国も賛同しましょう」


 こうして話は相成った。


 それは必ずしも満足のいく答えではないのだろう。


 しかし、そこは素人の意見である俺の話を聞いたが運の尽きだと思ってほしい。


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