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18

 ウェイラ帝国の軍勢が東和国の岸にまで及んだ。


 大量の船舶は一切の攻撃を加えられず、敵対国とは思えないほど不自然に迎え入れられていた。


「これはジードが何かしたな」


 ルイナが不敵に笑う。


 まずは先に陣地を取るべく、海岸沿い一帯に防衛網を敷く用意の指示をするところだった。


 そんな彼女の元に伝令が遣わされる。


「ルイナ様! 東和国第五頭任領の使者が参りました! 神聖共和国の者どもと、ギルドの男もおります!」


「やはりですか」


 ルイナの傍らに構えていた軍長が苦虫を噛み潰したような顔で伝令の言葉を受ける。


 戦いは膠着していない。ウェイラ帝国もまだ戦える上に疲弊までしていないのだ。本来ならばこのタイミングでの使者は追い払うが常だった。


 だが、神聖共和国とジードが出てくればそうもいかない。


「会おうじゃないか。場所は作っているか?」


「まだです。船舶内の軍長会議室はいかがでしょうか」


「いいだろう。そこに通せ。我らも向かおう」


 ルイナが踵を返す。


 それについていく軍長ら。当然、そこにはユイもいた。


 ルイナがユイのほうを一瞥する。


「神聖共和国が来たということは。おそらく『保護領』の申し出だろうな」


「……」


「予期していた事態だ。疫病が蔓延していたのだからな。やつらとしても都合のいい口実だ」


「……」


 ルイナの独り言のようにも見える。


 だが、その実はユイの表情の機微を見定めてルイナが語りかけていた。


「安心しろ。おまえの望み通りにする」


 その言には優しさが含まれていた。


 冷徹な女帝とは別の、なにかが。







 ルイナとの謁見を申し出た俺たちが案内されたのはウェイラ帝国の軍船だった。


 中でもひときわ巨大なもので、内側だけを見るならば城だと言われても納得できる迷路だ。


「久しぶりだな。ジード、ソリア。そして初めましてだな。第五頭任アトウ・ハルキヨ」


 そこは何か会議でも行うような一室だった。


 ルイナは中央の席に座り、こちらを見ている。ユイがその背後にいて、周囲を見たことのある軍長らが待機していた。


 ソリアとアトウが一礼する。


「お久しぶりです」


「初めまして。女帝ルイナ様」


 かなり緊張が走る一場面だ。


 少しのことで戦いが起こりそうな、そんな気配がある。


 俺も遅れて、


「ああ、久しぶりだな」


 と、返しておいた。


 ……いや、敬語のほうがいいのか?


 改まった場所だしな。


 でも俺、敬語をいまだに覚えていないから下手に非礼に当たりそうで怖い。


「先に確認しておきたいことがある。ジードは何故ここにいる?」


 ルイナが俺を見て聞いてきた。


 たしかに彼女からしてみれば違和感のある存在だろう。


「ソリア達の手伝いだ」


「手伝い?」


「薬の運搬だよ。竜が飛んでたの見たろ?」


「ああ、やはりおまえの仕業か」


 くく。とルイナが笑う。


 なにが面白いのか俺には分からないが、納得してもらえたようだ。


「では我らに敵するわけではないのだな?」


「ああ。そのつもりはない」


 戦争に介入する予定は最初からなかった。


 黒竜たちを引き連れることによって間接的に関わってしまったが。


「そうか。ところでクエナは元気にしているか?」


「ん? ああ、元気だよ」


「ふむ。なら良かった」


 まさかルイナからそんな問いが来るとは思わず身構えてしまった。


 クエナの話では身内の関係なんて希薄なものだったからだ。クエナが使えるとわかったから気にかけだしたのだろうか?


「さて。それでは本題に入ろうか。どうして私に会いに来たのかな」


 ルイナの問いにはソリアが返した。


「今後、第五頭任の領土は我ら神聖共和国の保護領となりました」


「おまえにその采配も任されているのは知っている。だが、おめおめと『はい、わかりました』と我らが二つ返事するとは思っていないだろうな?」


「こちらもタダとは申しません。相応の補償金を第五頭任に代わって神聖共和国がご用意させていただきます」


「金か。金も大事だな。では領土はどうするのだ? 東和国は他にもあと四つもあるだろう」


「……今、保護領の打診を行っている最中です」


「それを待てと? 迎え撃つ準備をさせておけ、と?」


 ここからは金で補える部分ではなくなった。


 それにルイナとしても金だけで解決させようとは思っていないはずだ。


「どうか、一週間お待ちいただけませんか? それから一切、神聖共和国は東和国とウェイラ帝国の争いにはかかわりません」


「一週間か。そこまで待ってやる理由がないな」


「……理由」


 ルイナも当てのない模索をしているわけじゃないはずだ。


 彼女が欲している何かがある。


 ソリアはそれを探ろうとしているが、どうにも見当たっていない。


 ルイナがほほ笑む。


「仮に保護領の打診を断られた場合、その領土をウェイラ帝国がいただく」


「それは神聖共和国も関知できないことですので――」


「ただし、ジードも一緒に東和国を攻める。これでどうだ?」


「な!」


 ルイナの申し出にソリアが言葉に詰まる。


 なるほど、そう来たか。


「ジ、ジードさんに敵地の侵略をさせるなど……!」


「しかし、それ以外に我らが一週間待つ義理をもたらせられるのか?」


「それとこれとは……っ」


 ソリアがあくまでも反論に徹する。


 だが、その実でソリアも持っているカードがない。返す言葉を探そうとして見つからない様子だ。


 あるいはソリアも別の妥協ラインがあったのだろうが、ここにきて俺のご指名は意外だったのだろうか。


(案外、考えてみればルイナが提案してきそうなことだな)


 俺を投入すればウェイラ帝国の被害を抑えられる。


 海戦の分の補償に加えて、ほかの領土も手に入れば美味しいことこの上ないだろう。


「――私が責任を負います! だからどうか、これ以上は辞めていただけませんか――ユイ様!」


 不意にアトウの声が響いた。


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