15
東和国が放った魔法が迫りくる。
だが、それらを塗り替えるような遍く閃光が上空を過った。
ブレス。
黒竜の炎がすべてをかき消した。
「貴様、なぜっ!」
アトウが副官に詰め寄る。
「我々は東和国の人間だ。東和国の特効薬でなければ和を乱す」
「先ほどの会話を聞いていただろう!? それはもう――」
「それが裏切りだと言うのだ」
副官がするりと刀身を抜く。
もう彼の意見を翻す暇はない。
アトウも応じて一騎打ちとなり――副官の男の首を刎ねた。
意図せぬ事態にアトウが東和の軍勢に声をかける。
「待て! 仕掛けるな!」
だが、その叫び声は虚しくも届かない。
彼らの大地を踏み込む音と、奮い立たせる声は大きい。
副官の首が飛んだことに気づいた前方の兵士でさえ、立ち止まれば後方の兵士たちに踏みつぶされてしまう。
その勢いは止まらない。
仕方ない。
「少し眠らせるぞ」
アトウの前に立ち、半ば強引に許可を取る。
後ろからアトウが慌てた様子を声音に乗せた。
「ダ、ダメです! 彼らは一人一人が鍛えられている――」
「――ジードさん。お願いします」
「無理そうなら私がやるからな」
アトウの声にかぶせて、ソリアの声だ。さらにフィルも続いた。
後ろには黒竜も構えている。
「元からこういう荒事のために来てるんだ」
移動手段は竜の紹介だけでいい。
ここまで来たのはソリア達を守るためだ。
殺気立ちながら迫ってくる大群に片手を向ける。
「第伍式――『激震』」
魔法が波長を生み、視界をぐらりと歪ませる。
かつてウェイラ帝国軍に対しても似たようなものを行使した。しかし、それは自分の魔力を以って、対象の魔力をズラすものだ。そうすることで敵を魔力枯渇に持っていき行動不能に陥れる。
(だが、欠点があった)
それは魔力操作を熟練的に行える者に対しては効かない点だ。
たとえば冒険者でいえばCランク以上には効果がないだろう。
だからこそ、この魔法を思いついた。
(効かないなら、もっとかき乱せばいい)
我ながら馬鹿げた考えだと思った。
しかし、たった一撃で無力化できるのなら試すだけの価値はあるはずだ。
結果は前に竜達へ使ったことで分かった。そしてそれは今回も同様の結果に繋がった。
ただの魔力の塊から、魔法へと昇華した。
「……なんと」
アトウが一言だけ漏らして眼前の景色を呆然と眺めていた。
東和の軍のけたたましい声は静まり返り、数千の兵が沈んだ。
「あの感覚は嫌だのお」
黒竜王が背後から言う
そして、ロロアが呼応した。
「身体が言うことを聞かなくなるもんねぇ……ジードの魔法じゃなかったらムズムズすると思う。逆にジードだったらいくらでも……!」
と。
かつて実際に魔法を受けたことのある面々が語る。
「おまえ……いよいよ人外だと目に見えて分かるようになってきたな」
フィルが呆れを匂わせながら言ってくる。
隣ではソリアも目を丸くさせたまま黙っていた。
「おいおい。血を流さずに終わったんだぞ。もっとあるだろ、褒めるとかさ」
それぞれ思い思いの反応をしてくれるのは良いが、変な罪悪感が生まれてしまうので辞めてほしい。
「か、彼らは生きているのですか?」
「ああ。しばらくしたら起き上がれるようになるさ」
戸惑いを隠そうともしないアトウが軍隊を見つめる。
「それでどうする? 行動不能にさせたから、あいつらはしばらく動けないぞ。病人は今も苦しんでるんだろ?」
「はっ……! ……あまりの衝撃に我を忘れていました。早いところ特効薬を運ばないといけません!」
ソリアが顔を振ってから後ろに指示を出す。
「では、東和軍の馬車をお使いください。兵站にも荷馬車はあります。その代わり竜達に動けなくなった彼らを見守ってはいただけないでしょうか」
「竜に?」
「ここら辺は魔物が出ますので誰かが見ていなくてはいけません。私は領民に説明する必要があるので貴方がたに同行しますが、そうなると副官だけではどうにも」
首を刎ねたのとは別の副官らがいる。
だが、彼らだけでは数が圧倒的に足りない。
そこで竜達の出番というわけだ。
「彼らが起き上がるころには事情も説明できるはずですから抵抗することもないと思います」
「なるほど。頼めそうか?」
「ジードの頼みなら受けるわよ!」
「それは全然かまわないが、そろそろ食糧が尽きそうだ。我らも巣に戻らなければならない」
「……ふむ。それなら兵たちが起き上がったら帰ってもいいんだが。今度は俺やソリア達が帰れなくなる」
「でしたら帰りは我ら東和国の船をお使いになられますか?」
アトウが言う。
一瞬だけ裏切られた時の末路を想像した。
島から出られないかもしれない背水な状況だ。
まぁ、しかし。彼の目に曇りはない。
「それだと楽だな。ソリアはどう思う?」
「私もそれで良いと思います」
にこりと返される。
決まりだな。
「じゃあ、竜達は兵が起き上がれば解散してくれ」
「え~、お別れー……?」
「また会えるさ。迷えず帰れそうか?」
「無用な心配だ。大陸の匂いはここからでも辿っておる」
「鼻も効くのかよ。すごいな。――まぁなんにせよ。ありがとな。ここまで連れてきてくれて」
「次もいつでも呼んでいいんだからね!」
「ああ。また困ったことがあれば頼むよ。おまえたちも何かあればいつでも来てくれ」
そんなこんなの会話をしながら、俺たちはここで別れた。




