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戦いは夕方にまで伸びた。
「ふはははははっ!」
高笑いが山中に響く。
胃を揺らすほどの声圧だ。
「楽しい! 楽しいぞ、人族ッ! ――いや、ジード!」
「……そりゃどうも」
黒竜王の叫びだ。
土竜王に言われていた一週間は誇張ではないらしい。少なくとも未だに数千の竜が戦いに明け暮れている。
その中で竜王は赤が沈んで、残るは青と黄色と緑、そして黒だ。
竜王同士でも戦っているのにこうも時間がかかる。
その理由はこいつらの異様なまでのタフネスさだろう。
(いつぞやの神聖共和国で戦った魔族のことを思いだすな)
人から魔力を奪って自らの物にした男だ。
戦闘技術がないためか上手く扱えていなかったのが欠点だった。
だが、尋常ならざる魔力を使いこなせていれば危なかっただろう。
それを竜族と重ね合わせる理由は一つ。
(竜族のバカげた体力……)
赤竜王は一撃で倒れ伏した。
しかし、他はどうだ。
「行くぞおお!」
黒竜王が嬉々として迫る。
両翼を強く羽ばたかせて地面を蹴り、息を吸うのも憚られる風圧が生まれる。
それだけでもキツいのに山一個分はある巨体が正面から衝突してくるのだ。当然接近戦は圧倒的に不利。
故に。
「肆式――【雷槌】!」
距離があるうちに魔法を放つ。
バカでかい図体を覆うほどの魔法は作り上げる時間もない。そんな贅沢な魔力を使うほどの余力も他の竜王が残っているのを見ると絶対にない。
成人男性四つ分。
黒竜王の額を打ち付けられるくらいの大きさだ。
普通ならこれだけで住宅街の一つに大穴を開けるくらいのクレーターは出来上がる。――はずなんだがな……
「痛い痛い! はっはっはっは!」
(……バトルジャンキーが)
喰らってなお黒竜王はピンピンしながら迫る。
もう何度も俺の魔法をぶつけている。なのにこれだ。
魔法だけで抑え付けるには足りない。
「うぉぉぉぉッ! ジィードォーー!!」
「――ッ!」
両手で抑え込む。
力と力の純粋なぶつかり合いだ。
全身と全身を纏うように魔力を張り詰める。地面がゴリゴリと削れて黒竜王の勢いに押される。
「我が初動の一撃で吹き飛ばせんとはなァ! こんな人族は歴代の勇者でもいなかったぞ!」
「……ちぃ!」
黒竜王の勢いを押し殺せた。
右腕を振りかぶって思いっきり殴りつける。
ダメだ。硬すぎる。
腕が跳ね返された。
黒竜王が大口を開けた。
「――」
ブレス。
「ッ転移!」
上空に出る。辛うじて飛べた場所がそこしかなかった。
俺の背後にあった連なる六つの山がブレスで吹き飛んでいる。
仮に転移がなかったら防げただろうか。……どうだろうな。
(今はそれどころじゃないか――)
さらに第二波を飛ばしてくる黒竜王に俺も呼応して魔法を飛ばす。
ブレスは魔法だ。
口から魔力を放つ巨大な魔法だ。
四足歩行である竜が極めた、最も簡単かつ最速なまま威力を載せられる方法だと俺の目が見た。
ならばそれを崩す。
結局は魔力の塊が自然に干渉して魔法を作り出しているだけなのだ。
(だから――)
これは応用だ。
体内の魔力を吹き飛ばすのと同様のものだ。
左腕を突き出す。そこが軸だ。
「第伍式――『激震』」
きっと俺以外は何も見えていない。まだ魔法を生み出す一歩手前だと考えているはずだ。
だが、俺の目にはたしかに存在している。
無色の波状の魔法がブレスに――地上に向かっているのを。
「なにッ!?」
黒竜王が俺の魔法を認識したのはブレスが掻き消えたタイミングだった。
成功だ。
魔法を消す魔法。
魔力が人よりも視える俺だからできるもの。
(それに)
ブレスを消すだけではない。
魔力の波は黒竜王を覆う。
「お……おぉ!?」
グラリと黒竜王が揺れる。
さらに他の竜王や竜達も一様に崩れた。
激しい轟音を鳴らしていた戦場が時の止まったような静寂に包まれる。
二度目の成功を確信する。
自然の法則に従い地面に着陸したころには、ほとんどの竜達が崩れていた。死んではいない。多くを無効化しただけだ。
しかし、これは……
「……なんじゃこりゃ」
とんでもない威力だ。
正直ここまでのダメージを残せるとは予測できていなかった。
その場で適当に思い付いた魔法だ。他の魔物からコピーしたものでもない。だからここまでの被害を出すとは到底思わなかった。
……次からオリジナルの魔法を使う時は試してからにしよう。
「ジ、ジィードさぁん……」
土竜王が情けない声で俺の名前を呼ぶ。
どうやらこいつも喰らっていたみたいだ。
「少しだけ我慢していてくれ」
出て行った分の魔力は自然に回復する。
それまでの辛抱だ。
太陽はもう沈む。