4
東和国の暗殺者に襲われた、夜。
宿に来訪者が現れた。怪しいフードに身を包んだ二人組だ。
扉をノックされて開けた時はまた狙われたのかと思ったものだが、二人の醸し出す魔力の波長は見知ったものだった
二人がフードを取る。
どちらも見知った顔だ。一人は桃色、もう一人は茶色の髪を持っている。
「ソリア、フィル。どうしたんだ?」
「お、おおお、おう。中に入っても良いかっ?」
「ああ、そうだな。何もないがどうぞ」
「お、おおおおお、お邪魔しますねっ、ジードさんっ!」
久しぶりに会ったからか、ソリアは前のように戻ってしまっている。
だが、フィルも酷い動揺をしている。前までこんなではなかったのだが……。
とりあえず二人を中に通して、ベッドやら椅子やらに座らせる。
「それでどうしたんだよ。わざわざフードなんかして」
「フ、フードはだな。あれだ、私達は知名度もあるしだな。顔を出すと人々が集まってきてだな。あ、ある程度は隠しておかなければいけないんだ」
「なるほどな。その挙動不審な口調以外は納得した」
クエナの家は一等地だから人通りも少ないが、ここらは普通の店や宿、家がある。彼女らも迂闊に顔を出すわけにはいかないのだろう。
フィルがうまいこと顔を合わせてくれない。
「それで用事は?」
いよいよ本題だ。
ソリアが真剣な顔で口を開く。
「どうやらユイさんに関連する人々が狙われているようです。私達も先日、襲撃に遭いました」
「ああ、俺もだ。ついさっき襲われた」
「!? 大丈夫でしたか!? お怪我などは……!」
ソリアが立ち上がって近寄る。
きっと聖女として、回復魔法の使い手としての癖のようなものだろう。
「いや、大丈夫だ。何人かは自害してしまったが騎士団に突き出しておいた」
「そうですか……あっ、し、失礼しました……!」
近い距離だと今更ながらに感じたソリアが離れる。
…………やりづらいな。
橋渡し役としてフィルがいるのだが、どうにもよそよそしい。
そんな乙女な顔をするな。こっちをちらちら伺うな。顔を赤くするな。
かつてのソリアを思い出すほどに重症だな。
「……どうしたんだよ、おまえ」
「な、なんでもない! 約束とかそんなもの覚えてなんかいないからな!?」
「約束……?」
しばらく思い返してみる。
「ああ、試験の件か。あれはだな」
Sランクになったらキスをする。
だが、それはクエナとシーラに限った話で別におまえと交わしたつもりは。
そんなことを言おうとしてフィルが剣を持ちだしてきた。
「うるさい! 今はそんなことどうでもいいだろう!?」
「そうか……」
「そんな残念そうな顔をするな! 私はべつに……!」
フィルが続きを言おうとして躊躇う。
たしかに残念には思う。補足弁解させてくれないから。このままの状態が続くのはイヤだからだ。
けど、これ以上はきっとマジで凶器を振り回してくる。それは避けておこう。
「それで心配して来てくれたわけじゃないだろ? それだけなら冒険者カードで連絡できるからな」
「え、冒険者カードで連絡を取り合えるんですか!?」
「ああ。ギルドで最新と取り換えればできるらしいぞ。クエナがそうしていた」
どうやら知らなかったのは俺だけじゃないみたいだ。
「でしたら今度、取り換えてみますのでご連絡させてください……!」
「そうだな。試してみよう」
俺もギルドで変えておかないといけないな。
「……すみません、話が逸れてしまいましたね。実を言うとジードさんにはお願いに来たんです」
「お願い?」
その顔は苦痛が滲んでいた。
言い辛いが、言う他ない。そんな様相だ。
「ユイさんを止めて欲しいんです。いえ、ウェイラ帝国を」
「なぜ?」
「ウェイラ帝国は戦争に積極的です。その属国も潤うため協力的な姿勢を見せています。……しかし周辺諸国は違います」
「まあ、そうだろうな」
なんであれ巻き込まれる形にはなる。あるいは、いつ巻き込まれるのか心配する声だってあるはずだ。
しかし。
「なぜ俺なんだ?」
「それは違うぞ! ソリア様は頼まれて……!」
フィルが強く反論して、尻すぼみした。
「ええ。私としても本来ならジードさんにお頼みするのはお門違いだと思います。ですが、ユイさんは私達ギルドでのパーティーの仲間。『どうしてあなた方が率先して止めないのか』という世間の声もあるのです」
「……めんどうだな」
非常にめんどうくさい。
それをダイレクトに受けてしまうのも定めのようなものか。
「世間の声が存在しているのも事実ですから……」
否定はしない。
責任をぶつけた方が楽だからな。意見の出す方面は間違っているが、戦争を止めて欲しいという話自体は分かる。
その上で。
「俺は止めない」
そう告げた。
続けて言う。
「ユイの自由を阻害するつもりはない」
彼女の事情は察せる。
それが大きな被害に繋がるとしても俺に止める権利はない。そんな義務が発生するなら捨ててもいい。
「――ええ。私達も同じ考えです」
そう答えるソリアは意外だった。
彼女の考え方は非常に救世に傾いているとばかり思っていたからだ。
もしくは、その究極にユイの自由が存在しているから同意したのかもしれない。
「なら放置するしかないな」
「……それとは別件でジードさんにお願いがあるのです」
半ば先ほどの話題が前座であったかのようにソリアが切り出す。
「別件?」
「実は神聖共和国は特効薬を作っていました」
「特効薬?」
「東和国には疫病が流行っているんです。それを治療することのできる薬を神聖共和国で作っていたのです」
ああ。
クエナから聞いたやつだ。それで東和国が弱体化しているとも。
「東和国は十数年かかっても未だに疫病が流行っているんじゃなかったか? よく作れたな」
「かねてより少ないサンプルで尽力していましたが実を結びませんでした。遠い陸地でのことでしたから割ける人員と費用も限られていましたから。ですが――これのおかげです」
言ってソリアが小瓶を取り出す。
それはエルフの里で土竜王から貰った樹液の入っていた瓶だ。
「へぇ、それが役に立ったのか」
「そのようです。私も関わってはいないので詳しくはないのですが、いくつかの疫病に対して応用ができたそうなのです。それもオリジナルではなく、量産可能な複製で」
「東和国の疫病もその一端ってわけか」
「はい。……本当にちょうど良かったです」
しみじみとソリアが言う。
「――あ。そっか。東和国の暗殺者……」
「ええ。既に数十単位が上陸して来ていました。彼らのうちの一人でも疫病を持っていたら大陸も大騒ぎでしたから」
そう考えると俺が騎士団に引き渡したのもマズかったのか。
ソリアが特効薬を持っていたから良かったが。
「それで、その特効薬をどうするんだ?」
「運びます。東和国まで」
「ほー……」
イメージが湧かない。
だが、大変そうなことくらいは分かる。
そんな、どこか他人事であった俺をソリアが引きずり戻す。
「ジードさんにはその運搬をお願いしたいのです」
「運搬? でも海なんだろ? 俺は泳げないぞ」
「意外だな。おまえにも弱点があるとは」
なぜか嬉しそうにフィルが言う。
いたのか。レベルで久しぶりに喋りやがった。
「なんだよ。あっちゃ悪いか? 今まで陸地で生きてきたからな。足の着く湖が限界だぞ」
「いや、可愛いなと思って。その弱点を知る者は少ないだろうからな」
秘密を共有したような。そんな感覚で接してくる。
別にこの程度なら誰にでも言うが……
「ご安心ください。私達は海運を行う予定はありません。ただでさえウェイラ帝国と東和国が戦争していますので警戒は厳重なものでしょう」
「ん、東和国とは話していないのか?」
「ええ。そもそも連絡手段がありませんから……」
そりゃまたすごいな。そんな人々にまで手を差し伸べようって言うんだから、ソリアが聖女と呼ばれる理由が分かる。
「じゃあどうやって?」
「ジードさんの『転移』を使っていただきたいのです」
「俺の転移?」
「探知魔法と転移魔法の組み合わせで見たことがない場所でも行けると伺っています。そのジードさんのお力をなんとかお貸しいただけませんでしょうか……!」
「うーん」
と、いっても転移魔法や探知魔法にも条件がある。
まず真っ先に気になったものをぶつける。
「距離はどれくらいだ?」
「魔力噴射による船舶でも数日はかかります。整備されていない平坦な道だと仮定しても歩いて一週間から数週間といったところでしょうか……」
「ふむ……」
その距離は実際にやってみたことがないから分からない。最大でギルドから依頼された元魔王の超大型のダンジョンくらいだが……話を聞く限りではもっと距離がありそうだ。
「厳しそうですか……?」
「経験から考えて難しいかもな。たとえば迂回して秘かに運ぶとかじゃダメなのか?」
「量が多いんです。あちらで作成できるか分からないので、せめて重病者に投与できる分は送りたくて……」
「……そうか」
なんとかしてやりたい。それは心の底からそう思う。
だが手立てがな。
海運はムリ。転移も恐らくムリだろう。試してみることはできるが……
「あ」
ふと一つの案を思い浮かべた。――あれなら。
「どうされました?」
「俺に考えがある。冒険者カードでまた連絡する」
「? わ、分かりました……?」
思い立ったら行動だ。
部屋を出て冒険者カードをギルドで新調してもらい、目的の場所に直行する。




